第一話 : 哲学って良い言い訳になるよね
「おい、お前なんだこの作文。舐めてる?先生のこと、舐めプ?」
十二時半を少し過ぎた昼下がり。
他の同級生達は、昼休みを大いに、また充実してすごしている頃。
俺は案の定、課題作文の件で呼び出された。
呼び出した教師は、田中太郎という例文で出されそうな名前をした、俺のクラスの担任だ。右手には昨日書いた作文があった。
クラスの担任だし、趣味が何かと合うのでよく下らない話をしている。ソシャゲとか、アニメとか。
太郎は部活を持ってないので、放課後に集まって、ガチャ大会や推しキャラ討論したりする事もある。
俺は自分がそこそこのオタクだと自負しているが、太郎はレベルが違う。
推しキャラへの愛は引くほどだ。
課金額もヤバい。
……うん。ヤバい。
顔はイケメン眼鏡なんだけどねぇ……。
教卓にフィギュア固定はいかんでしょ。
他の先生困ってるから。
だから、独身なんですよ。
閑話休題。
呼び出し自体は覚悟してたので、そこまで不満はないけど、納得いかないのはその時間帯。
大切な睡眠時間が減った。
なので、腹いせに太郎で遊ぼうと思う。
まさに舐めプだ。
「おやおやぁ?どこら辺がお気に召されなかったですかぁ?」
こういう時は敬語を使うに限る。
敬語は良い言語文化だ。
理由は相手を敬いつつ煽ることができるから。
するとその俺の邪な考えを感じ取ったのか、太郎が、弁慶を二発ほど蹴ってきた。
「あぁん!あの、結構痛いんだけど」
「デカイ声出すな。あと変な声出すな。キモい。俺が怒られるだろ」
ダメだ、この教師。保身しか考えてねぇ。
いや、自分でもキモいとは思ったけど。
割りと本気で痛いので、舐めプ終了。
足首を擦りながら、真面目な口調に戻した。
「……で、ホントにどこが駄目でした?今回は普通に書いたつもりですけど」
「独身教師三十路手前」
「それは事実でしょう!」
「冗談だ。全部」
「うそぉ……」
この教師は冗談は口にするが、嘘はつかない。だから、『全部』って本当と云うわけなんだが……
「全部って、まるまる全ての全部っすか?臀部の言い間違いじゃないんですか?」
「」
「無言は止めて!死にたくなるから!」
太郎が吐瀉物を見る目をしていた。
臀部とは尻のことである。
こいつおっぱい星人だからなぁ……。
俺は太郎の性癖を思い出して、若干引いた目でエロ教師を見た。すると、ふっ、と太郎は微笑み、
「さて、冗談はこれぐらいにして、言うけど、俺はこの作文を読んで心配した。お前のことが、だ」
「……どういうことですか?」
意味がわからなくて、訝しげに太郎の顔をみたが、本気だった。
「あのなぁ、幸せがなんだ、自分が薄っぺらだ、考え過ぎなんだよ。そのうち鬱るぞ、お前」
「哲学って呼んでください。それと別に良いじゃないですか、自分を客観視するぐらい」
少しムッとしたので言い返す。
だが、太郎は笑って、
「そもそも哲学というのは、暇潰しなんだよ。昔って、何にもなかったろ?スマホもウォークマンないし、唯一の本だって高級品だ。手持ちぶさたに生まれた妄想が、哲学や倫理なんていう格式ばった言い方されてるだけだ」
太郎の論理展開は妙に納得してしまうものがあった。
「いや、でも実際、俺暇ですし」
俺も負けじと屁理屈を重ねる。
「勉強しろ、勉強」
高校教師として至極全うなことを言ってきた。そして、右手に持ってた作文を机に置いて、背もたれに寄りかかる。
古びたオフィスチェアがギィィと高い音を上げた。
「……まあ、真面目に考えすぎんな。しんどくなるぞ」
そう語った彼の顔は何だか暗い色を帯びているように見えた。
「先生……」
俺も何か言わないと。
ある種の脅迫観念に突き動かされた俺は、自分なりの太郎への心配事を口にした。
「課金はほどほどにね」
「うるせぇ!!」
哲学者の方ごめんなさい。デカルトさん好きです。
『コギト・エルゴ・スム』
魔法みたいで好きです。