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第17話 : 元医者との出会い

  

 俺は家の外に出て、とりあえず深呼吸をした。

 澄んだ空気が肺を満たす。清々(きよきよ)しい気分になった。

 空は相変わらず木々に閉ざされているが、昨日の見たよりは明るく目に映って、緑の葉を通した陽光が綺麗だった。

 若干経ってから時雨も出てきたが、すっごく不機嫌な顔をしている。それでも顔は整っているから不平等極まりない。

 俺が不機嫌な顔をすれば、何人か()ってる不審者にしか見えないだろう。あぁ、神は何故二物を与えるのか。


時雨に続いて出てきた、ミルが俺に鞄を手渡してきて、


「この中に色々入っているから、生活に必要なモノ買っておいで」


「そのお金は国宝から……。いや、ありがたいけど」


 俺はジト目でミルを見た。


「そんなのとっくの昔に使ったよ。今は普通に働いて稼いでる」


 それを聞いた時雨は不思議な顔をして、


「森の奥なのにどうして仕事があるの?」


「内緒~」


 ミルは人差し指を立てて口に当てて黙秘のポーズをした。

問い詰めても効果はなさそうだ。

てか国宝って売れるのか?


「言い忘れてたんだけど、昨日寝違えて背中バッキバキなんだよね。だから途中までしか道案できないと思うけどいい?」


 そう言って、赤い線が引かれた地形図が手渡された。

 多分、道を示している。


「……読図しろって?」


 読図とは、地形図からコンパスなどを使い現在位置を特定し、正しい道を進むための山では必須の能力である。


「うん、そゆこと。読図できる?」


「コンパスがあれば一応な」


「大丈夫。きちんと鞄に入ってるよ」


 あぁボーイスカウトに無理矢理ぶちこまれた過去が思い出される。

 そしてミルから、鞄の中に町の地図と、知り合いの医者に渡す手紙が入っていることを告げられた。

しょうがないと鞄を肩に担ぐ。少しだけ重かった。

 

 朝とも昼とも言えない時間帯。

 俺たちは町に向けて出発した。因みに今から行く町の名前はトレンデルブルクという小さな町らしい。

 トレンデルブルク。名前が長い。


 

 小一時間ぐらい歩いただろうか。

最初にミルの背中に限界が訪れたらしく、休憩しようと言ってきた。俺もそれなりに疲れたので、その言葉には素直に従う。

歩いている間、俺は時雨に分かりやすく、且つ簡潔にこの世界のことを教えた。と思う。知らんけど。


苔の生えた倒木に三人揃って腰をかけると、


「イツッ……。やっぱり痛いなぁ。案内ここまででいい?」


ミルは背中を擦りながら言ってきた。


「別にいいけど。どちらにせよミルは犯罪者だから町に顔だせないしな」


「まあね」


犯罪者って部分を皮肉が効いた様子がないので、全く反省してないなこいつ。

ミルが国宝を盗んだ云々も時雨に言ったが、「あの時何故可愛いと言ったのか」についてしつこく聞いてきたので、絶対に色々頭に入ってない。もう一度説明すんのは嫌だ。

さっき不機嫌そうな顔をしていたのもそれが原因だろう。

しっかりごめんって謝ってるのに……。


何分か休憩したので、俺は重い腰を上げた。


「そろそろ行くか」


俺は時雨に確認をとったら、頷いたので側にあった鞄を手に取る。


「最近、本当に治安が悪いから気をつけて。あとお医者さんにヨロシク言っといて」


「はいはい」


欠伸混じりの声でミルは手を振った。



 町に着いたのは、それから1時間半ぐらい経った頃だ。


石造りの家屋がまばらに並んでいて、全体的に灰色の風景。

だが空は朝と同じように澄み渡っていて何ともちぐはぐな景色に見える。


ここまでの道程は、体力には自信がある俺でも疲れるものだった。

しかし隣の時雨はケロッとしている。

そういや運動もできたんだっけ。

ここまで完璧だと嫉妬も起こらないほどすごい。


鞄の中から町の地図を出すついでに水筒を時雨に投げた。


「なにこれ?」


「最後の方、水無くなってただろ?喉乾いてるんじゃないかって」


「ぁ、ありがと……!?」


時雨の急に動きが忙しなくなった。

俺は不思議に思い、一旦足を止めて振り返る 。


「どうした?水入ってないのか」


 時雨は飲み口の所を見つめながら、


「……これ、あなた飲んだ?」

 

あっ、回し飲みが気に障ったの?

なるほど、つまり君はそういうのが駄目な人だったんだな。

エーミールの口癖?を心の中でパロった。

これもセクハラ行為に当たるのか。生きづらい世の中になったもんだ。


「お前、そういうの駄目な人だったんだな。配慮が足りなかった」

 

 そう言って、時雨の手から水筒を取ろうとした。

 が、ひょいっと避けられた。

 は?


「オイ、飲み口洗ってくるから貸せ」


「べ、べつに洗ってこなくて良いわよ。ちょうど喉渇いていたところだったもの」


 じゃあ何で俺が飲んだか訊いてきたんだよ。と、思ったが面倒くさかったのでそのまま流した。

 地図に目を通すと、赤い丸がいくつか書かれていた。よく見ると主要な店の位置だったので、


「取りあえず病院から行くけどいいか?」


「うん……」


 ま~た話聞いてないし。

 意識が別の方向へ向いてる。主に水筒。

 数秒迷ったあげくよしっと言う掛け声と共に悲壮感ただよう顔で水筒に口をつけた。

 

 そんなに嫌なのかよ……。何故だか涙が出そうになった。

 まぁ出ないけど。


 病院、と言うか医院は割とすぐ近くにあった。

 それも二つ。

 片方はピッカピカの真新しいレンガが眼にまぶしい。

 様々な人が出入りしてる。

 

 もう片方は医院かどうかの前に、建物であるのかも怪しいぐらいの荒れようだった。

 ツタが何十にも巻き付いて、壁一面が緑だった。

 葉の間から辛うじて赤十字っぽいマークが見えたから医療機関とは分かったけど。

 恐らく様々な虫が出入りしている。


「なぁ、これどっちなんだ。地図的にはこの草饅頭みたいな方がミルが言ってた病院何だが」


 時雨に地図を見せると、時雨は「ホントだ」と言って


「う~ん……。ミルさんが書き間違えとかはないの?誰にだってうっかりはあるから」


 まぁ無難に考えればそれが一番納得できる理由だ。

 つい、うっかり理論。

 でも、盗みとはいえ国から年単位逃げてるやつがそんなヘマするのか?

 何か引っかかるものがあった。


「一応ノックだけはしてみるか。返ってくるかは知らんけど」


 ペンキの剥げたドアに近づくと左手を伸ばす。

 そして叩こうとした。その時。

 ボロボロで開くはずが無いと思っていたドアが勢いよく開いて俺は吹っ飛ばされた。


「あ、何じゃ今のは?誰かそこに居ったのか?」


 廃墟チックな家から出てきたのは、白髪のおじいさんだった。立派な髭があったらそのまんまサンタさんとして起用できるレベルのロマンスグレーだ。


「大丈夫!?」


 と慌てて駆け寄ってきた時雨に手を貸してもらい起き上がった。

 頭がグラグラする。すり切れた肘がジンジンする。全身が痛い。


 おじいさんは、鬱陶しそうな目で俺たちを見ると、


「はぁ、またいたずらか……。お前等こんな老いぼれの家に何の用じゃ」


「まず詫びの一つとか無いんですか……」


「勝手に突っ立ってたお前が悪いんじゃろう」


 ぐっ。そう言われると言い返せない。


「で、何の用じゃ?」


「医者がいるって聞いたから。腕直して貰おうと思って」


 すると、おじいさんはその言葉に心底驚いた様子で、


「この家に医者がおるって、一体誰から聞いた?」


 その声音は、長年忘れていたものを見つけた時のようだった。

 俺は何も考えずに、


「それは、その、ミルって人だけど」


「ッ!!帰れ!!」


 ものすごい剣幕で怒鳴られ、ドアがさっきと同じように今度は勢いよく閉じられた。


今日、帰宅中の電車の中で、焼き肉と整髪料とが混じり合った男性の横に座ってしまった。

その絶妙に混合された異臭が私の肺胞の一つ一つを満たして吐き気がした。



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