第16話 : この世界について・4
「ここまで説明すると、転移させられた理由にもう気付くでしょ」
「えっと、絶賛戦争中って言ってたから、新たな戦力の確保?」
当てずっぽう。
絶賛戦争中とか言われても王国が戦争に参加しているとはかぎらない。
まあ、ミルの言い方的に100%あってると思うけど。
「うん。本質的に正解」
やっぱりか……。
嫌な予想ほど当たるのは世の常。
ミルは言葉を続ける。
「今のところ、流れは共和国側にある」
「そもそもこの世界の情勢が分からないから流れとか言われても……」
王国は俺達を喚んだ国だ。でも、それしか知らない。
共和国とかいきなり言われても、「君主を掲げない」ぐらいしか分からない。
てか、共和国が戦争してるとか闇が深そうだな。実質、独裁国なのかも。
もしそうなら70年前を見てるみたいだ。
「そうだねぇ。地図見た方が分かりやすいか。ここ見てもらえる?」
机に広げてあった地図のある部分、ヨーロッパの中心辺りを指さした。ちょうどスイスやオーストリアがある場所だ。
「ここが国境。約半世紀前からヨーロッパは大きく二分されている。その二大勢力がルナマグナ共和国とレヴァレンシア王国。長々戦争やってんのもそいつ等だよ」
ミルは国境を指でなぞる。
北側がレヴァレンシア王国で、南側がルナマグナ共和国らしい。
それを見ていたら、確かに南側の領土が大きく示されていた。
「ま、その中の一国が僕が働いてた国なんだから、本当はこんなこと言ったらいけないんだけどねぇ」
ため息交じりにミルは愚痴った。
「王国は、以前に優秀な能力者を立て続けに失ってしまって、正直戦力的に手詰まりなんだ。だから共和国に流れがある。それを打ち破るために君たちが喚ばれたんだ。これが召喚された一番の理由……かなぁと昨日の夜に仮説を立てた」
「なんで最後が自信ないんだよ……」
「だって、僕が王宮にいたのもう二年も前だよ。新しくて正しい情報なんて頻繁に入ってくるわけないじゃん。ただでさえ王国から逃げ出したんだし」
逃げ出した、か。
王制の国で、宮廷勤めとかゴリゴリの上流階級じゃねえか。
そんなおいしい居場所を捨てるなんて、いったい何が彼に有ったんだろうか。
でもこれは深く掘り下げない方がいい、そう思った。
「だからこんな森にいたんだな。何かおかしいと思ってた」
「まあ、ただの逃亡じゃここまでしなくていいけどね」
「え?」
「あっ、僕ね、逃亡の時にちょっと国宝をくすねて資金を作ったりしたんだよ」
……?
国宝を略奪したって今言わなかったっけ?
「はぁぁぁぁぁ!?それは追われるに決まってるだろ!」
ナニ笑顔で言ってんのこの人?
まぶしいぐらいに清々しい笑顔だった。
犯罪目録を武勇伝とでも考えてるのか、こいつは。
「でもチョコッとだよ、ほんの二~三個。国宝なんて何百個もあるし、倉庫の隅っこの方のやつとか見向きもされないじゃん。有効活用」
「いや、一個でも立派な重大犯罪だし」
こいつ、ヤバいとは思ってたけど本格的にヤバいやつだった。
俺がミルに割りと強い嫌悪感を込めて分かりやすいように丁寧な侮蔑の視線を送ると、等の本人は頬を搔いて、
「……あそこに有っても悪用されるだけだったんだけど」
と小さな声で言い訳した。
♢
「一段落ついた所で質問ある?」
ミルは嫌悪の視線をものともせずに、会話を続けた。
反省も後悔もしてないそんな感じだった。
「一ついいか?」
「どうぞ」
「なんでわざわざ『隣界の地球』にしたんだ?もっと違う、それこそ攻め込んできた魔族がいた世界とかから拉致れば、凄まじい戦力になっただろ」
「拉致ね、言い返せないなぁ。理由を一言で言うと、色々都合が良かったからかな」
拉致って言葉にミルは苦笑した。
「都合ってなんだ?拉致ってくるのが簡単だったとか?」
隣と言葉にあるように、近い世界からの方が連れてくるのが楽なのだろうか?
「それもあるね。あと意思疎通が簡単とかもある。けど、一番の理由はこれじゃない」
「じゃあ何なんだ。勿体ぶらずに教えろよ」
「う~ん。それを説明するには、さっきの『数字』について話さないといけなくなる。けど話したら時間的な問題で多分町に行けないから、帰ってからにしようか。右腕、まだ痛いはずだろ?」
俺の右腕を指さして言った。
言われたら何故か痛みが増した気がした。
今まで忘れていたからだろう。
忘れたままでいたかった。
今は朝の9時ぐらいで、急ぐような時間じゃない。
時計がないので感覚だけど。
まさか……。
「あの、ここから一番近い町まで何分かかるの?」
「分?単位が違うよ。3時間ぐらいかかる。もちろん歩いてね」
さ、3時間。片道だろうから往復で6時間か……。
今からここを出でも、色々含めて17時ぐらいになるか。
まあ、山の中だからそんなもんかなぁ。
バリバリの都会ッ子だからよく知らないけど。
「夜になったら危ないから、早めに仕度しようか」
そう言ってミルは立ち上がった。
思い出したように手に持ってた俺のカードを渡してきた。
「そう言えば、ギフトの使い方は分かる?」
「いや全く。教えてもらってない」
「凄い、昨日のはたまたまだったんだ!よく生き延びたね」
「そう、だな。運がよかった」
昨日の熊のことは本当に死ぬかと思った。
「運は大事だ。最後に決めるのはいつも運だから。運がいいことは才能があることよりも結構重要なんだよ」
「まぁ、その考えは一理あるな」
「さて知らないとあらば、ギフトの使い方を護身用に一応教えとく。沸騰の下にLev, 1って書いてるよね。その横に少し文が書いてあるの分かる?」
掠れた字体で何かが綴られていた。
目を凝らせば読めないこともない。
俺はその文を読みあげる。
「えっと、lev,1 触れた対象を沸騰させる……」
「レベル表記の横には、そのレベルでの効果が書かれているのが多い。また、使用法も同時に併記されてるね」
「と、いうことは発動条件は触るだけってことか?」
「まぁ、能力を使いたいっていう意志はいるけど。けど別に魔法みたく詠唱は必要ないのが楽だね」
「へぇ、魔法はやっぱり詠唱がいるんだ」
「そうそう。それも複雑で面倒な文章をね。人類が魔族との戦争で引き分けることができたのは、この無詠唱によるところが大きいって考える学者もいるほどだ。僕は違うと思うけど」
「なるほどな」
「どう?ギフトの使い方は大体分かった?」
ミルはいつの間にか革の鞄を手にもっていた。
用意しながら会話してたらしい。
「それなりに」
「そりゃ良かった。悪いやつに目をつけられることはないと思うけど、一応ね」
そう言って、鞄の中に色々詰めていく。
そして準備できたようで、よし、と一度頷いた。
「じゃあ僕は知り合いの町医者に手紙書いてくるから、時雨ちゃん起こしといて」
「了解」
◇
どうやって起こそうか悩んだ末に、頬を人差し指でつついたら強めに噛まれた。
どの程度って言われたら、小さく歯形が付くぐらい。
地味に痛いし、涎が少しついてるから何かくすぐったい。
昨日から変わってないボロボロの学生服で拭った。
てか、寝起き悪いなこいつ……。




