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第15話 : この世界について・3

「魔獣の話は置いといて。──ギフトが発現した理由は未だに解明されてないんだ。まぁ、みんな生きるのだけで精一杯だったから当時の文献なんてほとんど残ってないし。だから代わりと言ってはなんだけど、それを元にお伽噺話が沢山作られた」


「お伽噺話ですか……」


「ギフトって言葉から、神からの贈り物だ~とか、逆に悪魔からだ~とかね。良く作られてるからまた時間があれば見てみなよ」


「はぁ、分かりました」


 と、いうか今ふと思ったんだが何で外国人と日本語で話が通じているんだ?どう考えてもミルは外国人で、日本人じゃない。気になって思わず訊いてしまった。


「そういや、何で言葉が通じているんですかね。もしかしてミルさんは日本語習いました?」


 するとミルは笑って、


「僕は別に日本語喋れる訳じゃないよ。勉強した記憶がない。母国語は王国語」


 手帳についていた万年筆をクルクル回しながら、


「でも、僕が日本語喋ってるように聞こえるだろ?」


「はい。それはもう流暢に」


 流暢すぎて早口になるぐらい、とは口には出さなかった。


「僕には宗君が王国語をちゃんと使ってるように聞こえる。不思議だよね。これ、ギフトとは別に言語一元化現象って呼ばれてるんだ。気になって数少ない文献を読んだけど、ギフトと同時期に起こったぐらいしか分からなかった」


「色々分からなさすぎでしょ……」


 ミルは遠い目をして窓の外を見る。

 木漏れ日が窓に乱反射して、外の景色が柔らかく見えた。


「奇跡の解明に費やす時間は依然としてないからね。実際、今も絶賛戦争中だし」


 思いもよらない言葉がミルの口から出た。


「まだ戦争が続いている……?五百年前に休戦したってさっき言ってましたよね?」


 ミルは笑い声をあげて吹き出した。その声音はとても乾いた笑いだった。どうにもならないものに対する自らの無力さへの嘲笑に見えた。


「アハハハハッ!それは人類対魔族の話だよ。人間対人間は含まれてない」


「あ……」


「笑っちゃうよね。魔族と休戦してからずっと続けているんだよ。休む間もなく余った土地の奪い合い。何の為に休戦したのか分かってない。本当に愚かだよ人間は」


 この言葉を聞くまで俺は半信半疑だった。

 異能力なんてあり得ない。ただ、それだけで否定していた。

 ヨーロッパらしき地形が描かれた地図を見ても、普通のグリズリーがいると言われても、この世界が俺が元居た世界と同じだとは思えなかった。

 いや、思わなかったの間違いか。

 心のどこかで一度は憧れた異世界だと思っていたのかもしれない。あの退屈で無意味な世界から抜け出したんだ、と。

 けれど皮肉にも『人間は愚かだ』という言葉がストンと自分の中に落ちてきて、十分に納得してしまった。あぁ、ここは元居た地球と同じなんだ。そう、納得した。

 失望はしなかった。それ以上できないから。


 別に異能力が有っても変わらない。人は人のままなんだな。


「本当に愚かだよ──僕を含めてね」


 後から付け足されたミルの呟きはあまり聞こえなかった。



「不本意ですけど、今の言葉を聞いてやっとここが地球だと信じることが出来ました……。でも、ここが地球なら俺がいた地球はどこいったんですか?まさか上書きとかじゃないですよね」


「あれ、まだ気づいてないの?さんざんヒントはあげたからとっくに、分かってるものかと思ってたよ」


 その言い方が妙にムカついたが、キレたりはしない。太郎だったら分からないけど。ぶん殴ってたな。うん。


「ここは君たちの居た世界のもう一つの可能性の世界。俗に平行世界って言われているところ」


「平行世界……」


 ミルの言ったことを反復する。

 一般的なのは選択肢によって分岐する世界だったっけ。

 ロストベルト的な?

 あ、急に運命(フェ○ト)やりたくなってきた。


「専門用語で隣界とかいうよ。でも今はそれほど重要じゃない。宗君には今はこの世界の基本を教えてるから。隣界は応用だからね」


 げ、今でももう一杯一杯なんだけど。これ以上あるのかよ。

 内心でいやだなと思っていたが顔に出てしまったらしい。

 ミルが頭をかいて、


「君は変なところで素直だね~。面倒くさいって思ってるのバレバレ。残念なことにまだキホンのホぐらいだよ」


「じゃあ、あとンだけですね」


「そうだね。しか~し、キホンのンが一番内容が濃いと思うんだ」


「へ~。あっ、水もらって良いですか?」


 グラスの中の水はいつの間にかなくなっていた。

 ミルとの会話の最中に無意識に飲んだんだろう。

 空になったグラスをミルに手渡す。


「別にいいけど、今の話聞いてた?」


「内容が濃いってやつですよね」


「……テキトーな相づちでもちゃんと聞いてるんだ。損だよそれ」


「もう何年も人と喋ってない人間に会話のアドバイスを貰うとは!屈辱的だ!」


「うん、聞こえてるから。まったく君も隣で寝てる彼女も言葉に容赦がないよねぇ」


「え?寝てる?」


 隣を見たら、時雨は机に突っ伏したまま寝落ちしていた。

 おい、昨日スゲー寝てただろ。まだ寝るんかい。

 

 起そうとしたけどやめた。

 俺自身が、気持ち良く寝てるときに起されるのが嫌だから。

 自分がされてイヤなことは人にするな、か。

 耳がタコになるほど聞いたな。

 

 いや待てよ。

 もしかすると今までの説明全部聞いてないんじゃ……。


「もう一度説明するのは煩わ、オホン、疲れるから、時雨ちゃんへの説明は宗君、ヨロシクね」


 グラスに水を入れてきたミルが笑いながら言った。


「デスヨネ-」


 こいつ今煩わしいって言おうとしたよな。

 自分がされてイヤなことは人にしたらだめなんですよーーー!!!

 俺の方がこの世界のこと、まだよく分かってないから余計に時間がかかる。すなわち煩わしい。時雨にノロマって罵られるの見えてんじゃん。

 口に出さない咆哮は脳内で響くだけ。

 ささやかな抵抗としてもうミルには敬語は使わないと決めた。


「それじゃあ、気を取り直してキホンのンについて話そうか」


「ミル、分かりやすく説明しろよ」


「出来るだけそうするつもりだよ」


「え、タメ語はスルー!?」


物事って口に出して、他人に説明した方が理解しやすいですよね。

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