第13話 : この世界について・1
知らない世界での2日目は、床からスタートだった。その理由は昨日どのようにして寝入ったのかを知っていたらまぁ分かるだろう。俺は時雨に突き飛ばされる形で目が覚めた。
「いった……。おい、何すんだ!」
衝撃で宙に舞った埃が朝日に照らされ、キラキラと光っている。顔を真っ赤にしたした時雨が俺を見下ろして、
「なっ、ななな、な……」
その瞳は驚愕に見開いていた。
「なななな?お前、何言ってるんだよ」
「何してるのっていうのはこっちのセリフ!えっ、嘘。一緒に寝たの……」
「あぁ、寝たぞ。一緒のベッドでぇ!」
音速で枕が飛んできた。顔面にクリーンヒットする。そば殻なのか結構痛い。
「俺、怪我人!大怪我したの昨日なんだけど!」
「ぇえ……。私もうお嫁に行けない……」
「はぁ?」
「だって、その、ぇ、エッチなことしたんでしょ?」
「?」
話が見えてこない。えっ、一緒に寝ただけでエッチしたことになんの?俺性教育遅れてるな。どうでもいいし、知らんけど。
「いや、俺お前が寝てる間何にもしてないぞ」
「自分から言うってそういうことよね、変態」
「そういうことって、どういうことだよ!」
「罪を自白したようなものじゃない!」
うわ、こいつ面倒くさい……。何、時雨って熟練の警察官なのかよ。俺はもっと根本的な問いを投げる。
「じゃあ聞くけど、片腕でどうしろっていうだよ」
「どうするって?片手でも触れるでしょ?」
「あ~そういうことね……」
俺はやっと時雨が言ってることを理解した。俺の思考は時雨の考えているものより数歩ぐらい進んでいたようだ。てか、抱きついて来たのはお前だからな。そのせいであんまり眠れなかった。
「何その間?やっぱりしたの?」
「それはキッパリと否定する。俺とお前の考えてている事柄に差違があるなぁってことを考えてた」
「どういうこと?」
えぇこれ説明すんの?俺が意識したみたいで恥ずかしいんだけど……。俺が口にするのを躊躇っていると、時雨は毛布を手にとって振りかぶる。
「言う!言います!だから物投げるのはやめろ!」
俺は覚悟を決めて、時雨にその事実を告げる。
「だからお前は、そのあれだろ?お触りのことをエッチなことって考えててるんだろ? で、俺はそのまま言葉通りに受け取ったってこと」
時雨は一瞬よく分からないって顔をしたが、すぐにその事柄に思い至ったらしい。羞恥からかまた顔が赤くなった。
「そんなこと考えてたの!バカ!私が寝てるのにできるわけないじゃないの。最初は痛いらしいからさすがに目が覚めるに決まってるでしょ!」
なん……だと。
聞き捨てならない言葉があった。
「なっ、バカとはなんだ!馬と鹿に謝れ!せめて阿呆と言え!」
「何言ってるのあなた。馬と鹿のこと好きなの?」
「いや全く」
「もぉ意味わかんない!」
今の「もぉ」は少し可愛かったなぁなんてことを考えていたら部屋の扉が開いて、ミルが顔を出した。
「あの~お二人さん。朝からおアツいねぇ」
「「アツくない!」」
キレイにハモってしまった。ちぃ、こういう所か、ミルが言っていた相性が良いかもってことの理由。
ミルはニヤニヤしながら
「あ、うん、そういう照れ隠し僕には要らないよ。ところでさ、朝食出来たんだけど食べる?」
その瞬間、俺と時雨のお腹が一緒に鳴った。ホントに恥ずかしくて時雨から顔を背ける。
「ん。言いたいことは分かったから、じゃあテーブルまでついてきて」
ミルは笑いを噛み殺してそう言った。
ミルに連れられて入ったこぢんまりした居間にはテーブルとソファがあり、分厚く難解そうな本が積み重ねられている。少し離れた食卓には一般的な朝食が並べられていた。詳しく言うとトーストとスープとサラダが少々。
観察に気を取られて椅子に座るのを忘れていると、
「どうしたの?別に変な物入ってないから安心して食べなよ」
とミルが言って彼はもう食べていた。行動が早い。
そういや昨日変な薬飲まされたなぁなんて回顧しつつ、俺もミルに習い椅子に座り手を合わせる。まあ、片手だけなんだけど。
時雨は単に遠慮していたようで、俺が座ると安心したかのように座った。
「「いただきます」」
数十秒後。
既に居間に気まずい雰囲気が満ちていた。
それもそうだ、時雨とさっきの変な感じのまま隣の席になったから。いや、席がその場所しか無かったからなるべくしてなったんだけど。なんか重苦しいのは苦手だな。だから何も考えずに黙々と食べる!右手使えないから食べにくいけど!
「僕に構わず喋りなよ」
俺の決死の覚悟(嘘)にミルが水を挿してくる。おいぃ……。
隣の時雨が露骨に固まるのが見えた。
「そういう下世話なところが余計に気まずくしているんですよ……」
ニヤついた顔のミルに、俺は寝ぼけ半分呆れ半分の半眼で言った。
「ああ、そっか。ごめんね気づかなかった。人と喋るの久しぶり過ぎて会話の作法忘れちゃってたよ」
「あっ、そっすか……」
何故か凄く悲しい気分になったがまあ気のせいだろう。未来の自分を見ている気分になんかなってない。うん、絶対。
ミルがスープをすくっていたスプーンを置いて、
「さて朝食を食べ終わったところでこの世界についてちょっとだけ話そうか」
「いや、食べ終わってるのアンタだけだから」
俺はモゴモゴしながら突っ込む。俺まだ食っているの見えてるよね?ただでさえ食べるの時間がかかるのに右手が使えないので尚更長い時間がかかる。
「どうしてちょっとだけなんでしょうか?」
と時雨がナプキンで口を拭いながら尋ねた。その上品な所作がよどみなくて、素直に凄いなと見とれてしまった。
「全部を詳しく言うと日が暮れちゃうから今は手短にね。午後は宗君の右腕を医者に見て貰うために町に行かなきゃ」
「ああ、そういうことですか」
時雨は納得したらしい。
なんだ、情報の出し惜しみしている訳じゃないんだな。
「う~んと、じゃあまず今君たちがいるこの場所について話そうか。ここはレヴァレンシア王国辺境の森、通称ラインハルトの森と呼ばれている場所」
そう言って脇にあった古びた手帳から一枚の紙を出して、指で指し示す。
俺と時雨は息を飲んだ。
それは地図だったらしく異なる点はあったがたしかに見慣れた地形が描かれていた。
「あのこれってヨーロッパですよね……」
え、ここって異世界じゃないの?
訳も分からずミルに聞いた。
「あっ、やっぱり知ってたか。そうだよ」
ミルは真っ直ぐに俺達を見て、
「ここは宇宙船地球号ヨーロッパ支部王国エリアさ。宗君の言葉を借りればね」
やっと説明入りました……