第12話 : 始まりの終わりと、ミルの行動
「嘘です。嘘つきました。宇宙なんてありません」
俺は長考モードに入ったミルに嘘をついたという嘘をつく。
「いや、君の言い方には真意があった。だから多分本当なんでしょ?」
「……もういいでしょ、俺も宇宙の構造なんて説明できないし。はい、この話は終わりです」
「納得いかない」
我が儘だ。それとも甘えを許された次男坊か。
これも全部テキトーな俺のせいだけど。
俺は知らない間にもうミルと打ち解け初めていた。
多分ミル自身の素直すぎる性格が一番の理由だ。
しつこく聞かれる方が鬱陶しいと思ったのでミルが納得できるように手身近に説明する。
「はぁ……じゃ、簡単に解説します」
「おお!よろしくね!」
ミルは目を輝かせて、説明を待った。期待させすぎて申し訳なく思う。言い訳として『簡単に』をつけたことに気づく様子はない。
「多分、俺達は違う世界線から来たんですよ。で、宇宙というのは、その私たちが元いた世界で言う、とてつもなく大きな空間のことです」
「違う世界……。あぁ、そういうこと。納得した。ということは、宗くん達は王国に召喚されたと」
彼は俺の言葉を一つ一つ丁寧に吟味していく。
「……ふ~ん。あいつら成功したんだ」
ぼそりと小声でミルは呟いた。
眼鏡に映る瞳の奥側が一瞬だけ暗くなった気がする。
「ーーさて、宇宙についてできるなら中身まで詳しく知りたかった。しかし残念なことに今この瞬間、私にはもっと気になることが出来てしまって、そっちを優先したい欲望が溢れている」
ミルは得意の早口で一気にまくし立てる。
まだ慣れなくて、聞き取りづらい。
「はぁ、また質問するんですか?」
「いや、今回は質問じゃないと思う。よし、今日はもうお開きだ。寝ていいよ」
ミルは椅子を引いて立ち上がった。
俺の手から水の入っていたコップを取る。
結果オーライか?よくわからん。
ミルの発言の中で一個だけ、気になることがあった。
「質問じゃないなら何ですか……?」
「ん?君の知りたいことと多分同じだろう」
ミルは寝室を出ようとしていて、一旦振り返った。
「この世界の仕組みを踏まえた、君の今置かれてる環境についてだ。僕も自分で状況を整理してから君に教える。ちょっと難しい問題だしね。そして、それについてどう思ったか教えて欲しい。それと、君の彼女も聞いていた方がいいだろう?」
「は、彼女?誰がですか?」
全く縁のない言葉に心を刺された。
彼女?知らない言葉ですねぇ。
「ハハッ!面白いぐらいに反応が一緒だねぇ」
「うわっ、何か嫌だ」
「えぇ何で?実際相性とかいいんじゃないの?」
「いや全く」
「ふ~ん、嘘臭いけどまぁいっか。それじゃ、今日はゆっくり休みなよ、大怪我したんだし」
「こんな夜中まで起こしていたのはあんただろ……」
「変な時間に起きた君が悪い」
そう言って、ミルは笑って部屋を出ていった。
扉が閉まる音がして、一時静寂が訪れた。
何故か寒気がする。
そうだ。俺は本当にひとりぼっちになったのだ。
誰も助けてくれない。
異世界に来ると言うことはこういうことか。
不意に心にきたホームシックに頬を濡らす訳がない。だって、元の世界でも血が繋がった人はいなかったんだし。この手の寂しさなど慣れてしまった。訓練されてる。ただ不安なのが国籍がないこと。今までは国が国籍さえ有れば俺を守ってくれていたが、ない今はそれに当てはまらない。……な~んてな。
「ぅん……」
隣から小さな声がした。
時雨だ。
シングルベッドなので、ほぼ抱き合ってるように見える。……アウトだよなぁ。
こんなヤバい状況なのに、時雨は幸せそうに寝ている。
その寝顔を見ると自然と優しい気持ちになってしまう。
下らない強がりも全部剥ぎ捨てられた、そんな気がして俺は今日初めて気絶じゃない眠りについた。
長いような初日が終わった。
でもそれは本当に始まりでしかなく、これから始まるいくつもの試練を俺は知るよしもない。
◇
部屋を出て、ミルは暗い廊下を歩く。
もう何年も住んでいるので、明かりが無くとも自分の位置が分かるようになっていた。
若干埃の被ったの研究室にもどった。
手には未知の素材で出来た袋がある。
太郎が宗に渡したアジダスだ。
「勝手に見ちゃ悪いけど……仕方ないね」
その袋の中から、内容物を出して机の上に置く。意外にも机の上はきちんと整理されていた。案外几帳面なのだろう。
まず、六花ちゃん人形を手にとってまじまじ見ると、怪訝な顔をして、元の場所に置いた。
そして、隣にあった梅干しほどの緋色の宝石を手に取ると、苦い顔をして、
「……まさか、これを持ってるなんてねぇ。この袋渡した人間は一体何を考えているんだか……」
その姿は因縁の相手との再開のようにも見えた。
「ますます放って置けなくなってしまったなぁ」
壊れかけの椅子に座って、本棚から手帳らしきもの出す。
刺してあったペンをとって何かを書き付け始めた。
「まぁ、彼らはいささか無防備すぎるけど」
もはや癖になった独り言を呟く。
「知らない人間の家で寝るのは危機管理能力が甘過ぎる。彼らに言わせれば、元いた世界が平和だったんだろう。このままだと悪い大人に騙されるのは時間の問題だね。いや、もう巻き込まれてるのかもしれない」
長い独り言。
ペンの走る勢いは止まる気配はない。
手帳からひらりと紙が床に落ちた。それは古びた一枚の写真のようで若い頃のミルと、もう一人白髪の少女が写っていた。
「あっ……」
少ししてミルはその事実に気づいた。
それを手に取るとじっと眺めて、
「……もう、この子の二の舞にはしない」
絞り出すかのような声だった。
ミル自身も気づかずに写真を握る手が少し強くなる。
それから数時間彼が寝ることはなく、結局眠りについたのは朝日が登り始めた頃だった。
机の上で寝落ちしたので、体じゅうがバッキバキになり悲鳴を上げるのはまた別の話。
あっ、ここまでがプロローグかもしれない。