第9.5話 : 時雨視点・接触
「ちょっと、ねえ、大丈夫!?」
崩れ落ちた宗君をみて、思わず叫んでしまった。
彼は全身真っ赤になっていて、こっちまで気を失いそうになるほど痛ましい格好をしてる。
どうしてこうなったんだろう……。
今日の昼休みまではいつも通りだったのに。
いつの間にか知らない世界にいて、その中でも知らない場所に転移されてしまった。
全く自分の運の無さを呪いたくなる。
本当にいつも運がない。
さっきもそうだ。腰を抜して動けなくなるなんて。
動きたくても動けない。
あんなに強い恐怖を感じたのは初めてだった。
あのまま固まっていたら、確実に殺されて死んでいた。
でも、彼、宗君は私を助けてくれた。
昔と変わらずに。
宗君と一緒に、飛ばされたのは不幸中の幸いだったのかも。
でも彼は私の事なんて忘れていた。
名前も顔も。仕方ないか。何年も会ってなかったし。
けどあの時の約束は守ってくれた。
私にとってはかけがえの無いことでも、彼にとっては多分些細なことだったんだろう。
この間も彼はピクリとも動かない。
遠目に見るので、良くは分からないけど、血溜まりが増えてるようにみえる。
本当に死んでしまったのか……。不安で気が気でない。
「ねえ、死なないでよ!まだ言えてないことあるんだから!」
目から自然に涙が零れてきた。
ああ、私はどうしようもなく弱い。
強く見せるために、キツい態度を取るようにした。
宗君には、別の意味で素直になれないけど……。
なんで、私、宗君の名前知らないふりをしてしまったんだろう。忘れたことなんて一度もないのに。
突然背後の茂みから物音がした。
また、さっきのようなバケモノが出てきたらもう死ぬしかない。私は諦めて目を瞑った。
少しして音が止んだ。バケモノではなかったようだ。
恐る恐る、目を開ける。
ヒョッコリと茂みからそれは頭を出した。
それは人間の男だった。
白髪交じりのぼさぼさの髪葉っぱを引っ付けて、特徴的な丸眼鏡を掛けている。
頬は少しだけ痩けていて、無精髭が目立つ。
彼は辺りを忙しなく見回して、私を見つけた。
「あっ、ねえ、君?今大声出してたの?」
私は何が起こったのかよくわからないまま、頷く。
「ん、血の臭いがする……」
また、彼は鼻をならして辺りを見回す。そして、地面に倒れている宗君を見つけた。
そのまま視線を横に移し、
「わあ!森の主が死んでる……。これ君が殺った……ああ、隣で倒れてる彼が殺ったのか」
そして男は、宗君におもむろに近づいて、背中、多分心臓あたりに手を置いた。
「ふ~ん、心音は弱いけどあるっちゃある。でもこのままでは死ぬねぇ」
バッと振り返り、もう一度私の方に向くと
「そこの女子!この死にかけてる男の子の彼女でしょ?」
「ふぇっ?か、彼女じゃないです!」
「ん?駆け落ちとかじゃないの?そうじゃなきゃ、こんな危険な森入らないよ普通。ま、それはそれとして。どうする?このまま放っておくと彼、死んじゃうよ」
「どうするって……私どうすればいいんですか?」
ギフトっていう超常の力は私には無かった。と、思う。
仮にあったとしても、傷を回復させる能力ではないはず……。
「この森の少し先に、僕の家があって簡単な治療ぐらいはできるってこと。ついてくる?」
飄々とした雰囲気に、人の話を聞かなさそうだと思った。
「えっ、あっ、はい。助けてください」
「……怪しい男にヒョイヒョイついてくるのは妙齢の女の子としては減点だね。君、純情そうな顔して案外ビッチなのかな?」
真顔で毒を吐いてきて、私はグサリと刺された気がした。
「なっ、そんなわけありません!!そんなこと言うなら、私を置いてきぼりして、宗君だけ連れていってください!」
私がそう言うと、彼はボサボサの頭を掻いて、
「あ~、うん、ただの忠告だったんだけどぉ。まぁ、いっか。……いつもはね、僕はここに人が倒れてたとしても知らんぷりするんだよ。過去に色々あってさ、国に居場所バレたくないし」
そして、私を一瞥すると、
「うん。服装を見る限り、ここら辺の人じゃないんでしょ?なら、いいかなって、話相手も欲しかったし」
一人でに納得していて、見ていて怖い。
「さってと、こうしている間にも、彼の生存率は低くなっていってる。治療するなら早くした方がいい。もう君一人で立てる?」
彼は私が、立てなかったことを知っていたようだった。
私は頷いて、地面に手を付き立ち上がった。
彼は宗君の応急手当をしながら、思い出したように、
「そうそう。僕の名前は、ミルグラム。ミルグラム・ビュッセル。ただの物理学者さ」
と早口で言った。
書き直しました。