第九話 : 薄れゆく意識の中で
「……ぇ」
何が起こったのか理解するのに、少し時間がかかった。
今分かるのはまだ自分が生きているということだけ。
目の前にいたはずのバケモノは忽然と姿を消しており、生暖かい血液が柔らかに降り注ぎ俺の体を赤色に染め上げた。
全身から力が抜けて、その場に座りこむ。
たまたま触れた地面に生えていた背丈の短い草は、朝露がまだ残っていたらしく俺の体と対照的に冷たい。
力が抜けたせいで忘れていた右腕と内臓の痛みがぶり返した。
その痛みに思わず顔をしかめる。
「ゲホッ…ゲホッ……。あぁ、くそっ、生臭っ」
噎せかえるほどの激臭が辺りに漂っていた。
状況を察するにどうやら助かったらしい。
助かった理由は全く理解できないが。
でもまあ十中八九、この世界でいう異能力でも発現したのだろう。
目に血が入ったので視界が悪い。
嫌な霞み方だ。
眼球自体が痛い。
さっきまで極限状態だった事も関係しているのかもしれない。
緊張が一気に緩んだ。
目を擦りたくても、肝心の手のひらも血でべっとりで拭いても意味がない。
不快だが放っておくしかない。
そんな視界の端で動くものがあった。
多分時雨だろう。
時雨は、少し遠くの場所にいた。
一応、怪我だけしてないか聞いておかないと。後々大変なことになりそうだ。
俺は残り少ない力を込めて立ち上がった。
ぬかるみに足を取られて、ふらついてしまう。
ガクンと、体が沈んだ。
駄目だった。
思ってたよりも出血していたらしい。
込めたはずの力が膝から抜けて、あっけなく地面に倒れ伏した。
口に広がる泥と鉄の味。
その時顔面を強かに打ったが、それほど痛くは感じなかった。
時雨の声が聞こえた気がする。
傷口が熱い。まだ血は止まってない。当たり前か……。
このまま死ぬのかななんて、弱気なことを考えてしまった。
折角助かったのにな。
意識が薄れている。
白くなってきた。
……まだ、生きたいなあ。
そう思った瞬間、不意に俺の背中に誰かの手の感触がした。
死にません。まだ死にません。