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第七話 : 覚醒

 鼓膜ををつんざく獣の悲鳴。

 俺と京香はとっさに耳をふさいだ。


「ちょっと、今大事な所なんだから邪魔すん……な~んて通じるわけないよね……」


 冗談まじりで呟く。

 見た目は、熊。ただし、キバや爪が本来の熊よりも何倍も大きく凶悪。茶色く変色した血液がこびりついている。間違いなく、一回の攻撃で俺は死ぬ。まあ、普通の熊でもしっかり死ぬけど……。


 熊のバケモノは俺と時雨を一目見ると巨大な腕をゆっくりと振り上げた。今でもいくつもの命を葬ってそうな爪が木漏れ日に照らされ鈍く光る。

 それは目の前に迫り来る『死』だった。


 俺は、呆然としている時雨を突飛ばす。


「キャッ!」


 時雨は驚いて尻餅をついたが、気にしている余裕はない。

 凄まじい音と共に地面が簡単に抉り取られ、土が宙を舞う。

 それほどの威力。


 俺は少し遠くに落ちていた、アジダスの袋を指さし、


「あれ持って早く逃げろ!!」


「あれって何よ!?」


「ほら、あそこに落ちてるアジダスの……!早く!!」


「ッ!こ、腰が抜けて動けないの……」


「はぁ?」


 無理もない。どんなに優秀でクールな人間でも、この状況は焦る。実際、劣等生の俺でも心音が鳴り止まなくてうるさい。


 やり取りをしている間に体勢を整えた熊のバケモノが二撃目を放ってきた。

『次は外さない』

 言葉無くとも、雰囲気でわかる。

 一撃目を避けれたのはまぐれ、ビギナーズラックだ。

 側にあった、ついさっき時雨が持ってたボーリング大の石を手に取る。そしてバケモノに全力で投げつけた。


「」


 一応、顔に当たった。が、タダでとはいかず俺も攻撃をくらってしまった。右腕の上部分が抉られ知らなかった凄まじい痛みが全身を駆け巡る。鮮血が辺り一面に飛び散った。声にならないほど痛い。


「ギャァァァァァァ!!」


 当たり前のようにバケモノは激昂する。

 近くの木々に八つ当たりし、簡単にへし折られた。

 あぁ、あれが俺の未来か、そんな締観がふと頭に浮かぶ。


 片目を潰されたバケモノが、仇を探している。


 バケモノの眼が、時雨を捉えた。


「ヒッ……」


 息を詰まらせる時雨。

 ゆっくりとバケモノは獲物に近づいていく。

 このままだと時雨は必ず死ぬ。

 

 もし、俺が二次元の主人公ならこの場面、熊のバケモノなど一撃で倒せるだろう。

 実は凄腕の剣術使いだったとか、元から異能力使えたとか。

 でも俺にそんなご都合主義な背景はない。ただの高校生だ。自分が生きることで精一杯の平凡で善良な一市民。


 でも、何故かこの時だけは時雨を救わないといけない。

 そう思った。


 ぶら下がった右腕を引きずって、バケモノに体当たりした。

 

 一瞬だけバケモノの体勢が崩れる。


「こっち向けよ、バケモ……」


 言い切る前に、俺は弾き飛ばされた。

 為すすべもなく倒木に打ち付けられる。


 内臓がやられたのか、口から血が出た。


 バケモノは、止めを刺すためにゆっくりと迫ってくる。


 時雨を庇おうとしたのか。

 どう考えても合理的じゃない。

 その結果、腕は引き裂かれ、傷口からは止めどなく血が溢れている。

 人は自分のために生きるべきだ。

 けれど今さら考えてももう遅い。

 凶爪が目の前に迫り、死を連れてくる。

 

 その瞬間、脳裏にノイズが走った。


『正義を求めるなら、自分がまず人として正しいことをしなさい』 


 俺が世界で一番尊敬した、今は最も嫌いな男の声。

 理想に裏切られ、自ら命を捨てた男の顔が浮かんだ。

 そして同時に思い出した。


 そうだ。あいつが自殺した時、俺は決めた筈だった。

 死ぬまで精一杯生きることを。

 例え絶対死ぬ選択だとしても、命を諦めないことを。

 あいつの人生を否定することが、あの男への復讐になると信じて。


 このまま死んだら何にも復讐できてねぇじゃねぇか!!


 嫌悪感が俺を突き動かす。

 

 抉られてない左腕を必死にバケモノに伸ばした。

 何にもならないとしても、まだ生きていたい。

 その一心だ。


「ああぁぁぁぁあッ!」


 体に激痛が走る。右腕の神経がやられたのかもしれない。骨も折れているだろう。


 けれど……


「そんなの知ったものか!!」


 そして左手がバケモノに触れた瞬間。


 バケモノは爆発して、ただの肉隗になった。


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