ふたりの宝物
エルーラ姉妹がゲオラ・ドームにあるエスペランの経営するエヴァン孤児院の前で保護されたのはエルーラが4歳に近い頃であった。
ふたりは孤児院の前でうずくまっている所をエスペランに発見された。
エルーラはまだ当時8ヶ月の赤ん坊のティンカーを抱いており、空腹を訴えたティンカーの鳴き声にエスペランが気がついたのである。
ふたりの所持品を調べた所一冊の本が有り、その背表紙の裏に名前とウィザー暦による生年月日が書かれていた。
本はイリュージャ・ドームで作られたものらしくエルフィン語で書かれていた。
二人には読めなかったのでエスペランが翻訳して読んでくれた。
中身はどうということのない童話であったがふたりは何度もおねだりをして読んでもらっていた。
やがてふたりは自分たちがこの世界では少し違った存在である事に気が付き始めた。
この世界の住人は男は背が低く太い体をしており髭が濃かった、子供でも髭が生えている同級生も多かった。
女性は皆大柄で男以上に筋肉質な体をしていた。
胸は皆驚くほどに大きく10歳になったエルーラはまだ胸は出ていないが同級生は立派な夏みかんを胸に付けていた。
身長もエルーラより頭ひとつ大きく、休み時間などはみんなでその胸お手玉をして遊ぶ子達も多かった。
無論エルーラにはそんな事も出来るはずもない。
彼女たちに取って胸の大きい子が美人だそうでこの遊びは胸を大きくする訓練らしい。
まあ、エルーラには生涯彼女たちには勝てそうもなかったし胸も動かなかった。
そう言って何度もエスペランに泣きついたのでは有るが、エスペランは人種の違いだから考えても仕方が無いと答えるのが常であった。
もっとも孤児院にいた子供達には学校に来ている子供達と同じ種族の子供はいなかった。
エスペラン先生によれば学校に来ている子供達の大半はドワッフ族と言う種族でこの孤児院に居る子供達は人族と呼ばれる種族だそうである。
私達姉妹はエルフィン族と言う種族で黄色の髪や褐色の目が特徴なんだそうです。
それでも大人になれば身長もドワッフ族に負けないくらい大きくなるし、胸も訓練しなくてもそれなりに大きくなると聞いて喜んだ物である。
エスペラン先生は人族と私達には学校とは別にそれぞれの種族の言葉を教えてくれていた。
将来国に帰る時に言葉や習慣を知らないと困ることが有ると言っていた。
学校に来ている女の子達はみんなすごく気が強くて悪く言えば乱暴である。
ただ乱暴なのは同じドワッフ族の男の子に対してだけで有ってそれ以外の種族に対してはあまり乱暴ではない。
ドワッフ族の男の子達は女の子達の乱暴に平気な顔をして笑っている。
私達が同じことをされたら大怪我をしてしまうだろう。
ドワッフ族の女の子が男の子に対する乱暴とは裏腹に他の種族や同性にはものすごく優しい性質を持っている。
実際種族が違うにも関わらず学校でいじめられた事は無くみんなとても親切にしてくれる。
でも、あとでわかった事は親切なのはドワッフ族の男の子に関心が有るので男の子を乱暴に扱うみたい。
逆に異種族には関心が無いから優しくするということに気がついた。
だからなのか孤児院にドワッフ族の子供はいなかった。
最初はドワッフ族と私達を分けているのかと思ったのだが実はドワッフ族の孤児はめったに居ないということだった。
身内が死んで孤児になったとしても親戚が必ず引き取ったして、引き取る親戚がいなければ友人や近所の顔見知りが引き取るらしい。
ドワッフ族の習慣のせいか家族は血縁というものにあまり重きを置いていないようである。
大家族主義の家庭では育てられる者が共同で子供を育てるものだと言う考えが浸透していた。
もっとも子供はあまねく労働力であり学校はウィザーが無料で提供してくれる社会ゆえの構造であったろう。
そう考えた時にエルーラは何故自分たちが捨てられたのか考えてしまう。
自分たちはエルフィン族である。
エルフィン族は隣のドームに住む種族である。
エルフィン族の習性は分からない。しかしエルーラは薄っすらと覚えている記憶が有る。
母がエルーラと別れる時に見せた悲しげな顔である。
ティンカーを抱いたエルーラに向かって母はこう言った。
「ミルクを買って来るからここで待っているのよ。いいこと?ここを動いちゃ駄目よ。」
そこはエヴァン孤児院の扉の前であった。
後に当時二人が着ていた服を見せてもらった。
仕立ての良い高い服であった。そして持たされていた本もまた高い装丁で出来ていた。
持っていた本を見たエスペラン先生が私の名前を呼んだ。
「エルーラさん。今日からここがあなたのお家でですよ。」
母が生活に困って二人を捨てた訳では無いようである。エルーラには分からない理由が有ったはずだと。
エルーラにはその事がずっと心にわだかまりとして澱のように淀んでいた。
エルーラは机の中から宝箱を出す。
エスペラン先生が作った宝箱できれいな装飾が施してある。
子供達にひとつづつくれる物で孤児院に来た時に身につけていた服以外の小物を入れて置くように言われた。
おそらく大きくなって両親に会いたくなった時にこれを手がかりに探すようにとの心遣いだと思う。
宝箱を開けると拾われた時に持っていた本とペンダントが入っている。
エスペラン先生は多分そのペンダントはいつか両親と再開を果たした時の証となるものだから大切に持っているようにと言われた。
「お姉ちゃん。」
隣でティンカーが声を掛けてくる。
この部屋は私達姉妹の部屋、ベッドが2つに机が2つ、それに物入れも付いている。
ティンカーが5歳になった時から二人で過ごしている。
エスペラン先生が私にティンカーの面倒を見るようにと言って二人に部屋を与えてくれた。
この孤児院では過ごすには自分の事は自分で行わなくてはならない。
掃除、洗濯、その他生きていくのに必要な様々な事を教えてくれる。
院内には工房が有り、その工房で小さな時から様々な技術を教え込まれ才能の有りそうな物を選んで生涯の技術としていく。
普通の家でもみんな家の手伝いをするので有るからここで仕事をしていても誰も不思議には思わない。
むしろ自分の作った物が売れればそれだけ孤児院の収入になるのだと教えられる。
院長はウィザーのエスペラン先生だけど食事を作ったり身の回りの世話をするのはドワッフ族の人を雇っている。
エスペラン先生は手芸や彫刻が得意だけど料理は全く駄目だと言っていた。
ウィザーにも才能と言う物が有るみたいだ。
「またご本読んでくれる?」
ティンカーが本を読むようにせがんでくる。
エルーラは最近になってようやくエルフィン語を流暢に喋れる様になってきた。
ティンカーは聞き取りは出来るが文字はまだ曖昧で、しゃべる事はまだまだである。
エルーラがティンカーに音読してあげることが二人のエルフィン語の習得には大きく役立っている。
「何を読んで欲しいの?」
「母様のご本。」
他にもエルフィン語の本は有ったがティンカーはこの本が特にお気に入りのようだ。
エルーラは本を取り上げると読み始める。本の内容は子供に読ませるような童話であった。
エルフ族と呼ばれる樹の上に住む種族が他国からの侵略を受け森を追われ、種族は大きく人数を減らしてしまう。
しかしそこに少年の勇者が現れ人々を率いて圧政を行う侵略者と戦うと言う話である。
特徴的なのは勇者は決して超人的な人間ではなくどこにでも普通にいるような若者が少しだけ魔法を覚え、人々の不信と嘲りの中、徐々に人々の信頼を得て強大な侵略軍を撃退するのである。
物語の中で登場する母親は常に少年を信頼し溢れる程の愛を注ぐ、しかし少年は母親の愛に気づく事無く母親の手を振り払い戦場に向かう。
多くの人の信頼と裏切りの間、戦場で荒んだ心を癒やしたのもまた少年の母親であった。
ティンカーは物語の中の母親に自分の母親像を重ねていたのかもしれない。
目的を果たし母親の元に帰る少年のくだりではいつもティンカーは涙を流していた。
エルーラは薄っすらとでは有るが母親の記憶が有る。美しく優しく笑顔が素敵な母だったと記憶している。
しかしティンカーに母親の記憶は無い。
それ故に物語の中の母親に憧れていたのかもしれない。
しかしエルーラには母親の最後の記憶があった。二人と別れる際のあの悲しみに満ちた顔を。
「ミルクを買ってくるからここで待っているのよ。」
そう母は言って二人から離れて行った。
その時エルーラの心にはもう母は帰って来ないと言う事をはっきりと感じ取ってしまったのだ。
ティンカーを抱きながらうずくまっているとお腹が空いたのかティンカーが泣き出した。
一生懸命あやすが泣き止む事は無かった。
途方に暮れているとドアが開いてウィザーが姿を表した。
「どうして泣いているの?」ウィザーが尋ねた。
エルーラが黙って首を振るとウィザーはティンカーを抱き上げる。
「いらっしゃい。」そう言ってエルーラをドアの中に導いた。
その時から姉妹はこの孤児院で過ごしている。
何故母親が自分たちを捨てたのか?その理由は分からない。
ただ余程の理由が有ったのだという言うことだけは確かなようである。
捨てられる前に馬車に載せられ橋を渡った様な記憶がおぼろげに有る。
おそらく隣のドームからやって来たのだろうと思っている。
隣のドームに私達を置いておきたくない状況が有ったのかも知れないがそれが何なのかは全く分からないままである。
エスペラン先生に聞いてみた事も何度か有った。
しかし先生も分からないと言うばかりであった。
「お姉ちゃん。」
「なに?」
「お母さんの事また話して。」
「私だって殆ど覚えていないよ。」
「覚えていることだけでいいの。」
何度同じ会話をしたことだろう。
それでもまた、飽きること無く妹は母の事を聞いてくる。
記憶にない母の事を一生懸命心に焼き付けようとしているのだろうか?
母さんに会いたい!
大きくなるに連れてますますその思いは強くなってきているようである。
エルーラは記憶がわずかでも有るために母への思いには実体が有る。
しかし母の記憶のないティンカーにとっては実体がない分だけ母を求める気持ちが強いのかもしれない。
「ティンカー?」
母の話を聞きながらまたティンカーは寝てしまった。
おそらく夢の中で母さんと遊んでいるのかもしれない。
エルーラはティンカーを起こさないように気を使いながら本をしまおうとしてうっかり本を落としてしまった。
「あっ。」
大切な本であったが何度も読み返しだいぶ痛んでいた本は背表紙の部分が外れてしまった。
「ああ~っ。」
大切な本を壊してしまった後悔が先に有った。
直せるかな?そう思いながら本の壊れた部分をよく見る。
すると背表紙の隙間に何か紙が入っているのが見えた。
紙を取り出して見るとそこにはエルフィン文字が書かれていた。
「エルーラ・トロル
ティンカー・トロル
あなた達を捨てた私を許して下さい。
私は今命の危険に晒されています。
あなた達の安全を考えて私はあなた達をゲオラ・ドームのエスペランに託しました。
いつかこの手紙を読む時が来てあなたたちが十分に大きくなっていたら、イリュージャ・ドームのエルロンドを尋ねて下さい。
私につながる手がかりを見つけたらその手がかりに従ってください。
いつの日かあなた達を抱きしめられる日が来ることを願っています。
ジュリア・トロル」
エルーラは裏表紙に書かれた文字と見比べる。確かに母の字と同じ字であった。
母の想いを、そして自分たちが置かれた状況を記した紙をエルーラは抱きしめた。




