通路の宿屋で再会しました。
長く続く通路ではあるが畑ばかりではない、通路の中間あたりの場所に建物が集まり少し大きな村のようなものが出来ている。
「通路の中間地点位です。あの集落のある場所に私達が外へ出るための扉もあるのです。」
「へえ~そうなんだ、偶然なの?」
「いいえ、おそらくはウィザーの出入りを見た人々が入り口を奉ったのが始まりでは無いでしょうか?周囲の人々が頻繁に集まるようになりますとそこには更に人が集まりますから。」
運搬を行う人々が休んだり食事をしたりするのにちょうど良い場所に人々は店を作る、するとそこにまた人々が集まる。そのようにして村は成長していく。
同じ場所にウィザーの出入り口が有るのもまた利便性のなせる事かもしれない。
「ふーんそんな事もあるんだ。」
「村でも実は同じだと思いますよ。人々が通る道が交差する所に人が家を建てるとそれぞれの道沿いに土地を持つ人々がそこに集まり村ができます。」
「へえ~っ、シドラも結構博学なんだ。」
「一応ウィザーですから。」
シドラは胸を張って言った。
「アイーシャがだいぶ太くなって来ました今夜はここの村に泊まりましょうか?」
天に張り付いた月は一日で満ち欠けが起きる。
太陽が中天に有るときには月の姿は見えない。
陽が傾くにつれ月はその姿を太くしていき真夜中には満月になるのである。
人々はアイーシャを見てその時の時間を知るのである。
集落は大きく広がった空地に面して作られており、空地のドーム際には社の様なものが作られ外に出る扉を飾っていた。
近くに宿の看板を出している家を見つける。隣には馬を入れる小屋も作られていた。
宿の下には酒場があるらしい、人々が集まっていた。
「良かったわ。これで野宿しないで済む。」
「みゅう、みゅうう~っ。」
キューちゃんが悲しそうな声を上げる。
「ごめんね、ミーちゃん、明日までその草をよろしくね。」
「ぴいいい~~っ。」
宿の外にここの主人であろうか?男が馬を柵に入れて飼葉を与えていた。
「こんにちは。今晩は泊めていただけるかしら?」
エマは男に向かって叫んだ
「ああ、お二人さんかね?おや、これはウィザーさんじゃないかね?あんたも泊まるのかね ?」
多くのウィザーはこの街道を通り交易を行っている事はよく知られている。しかし彼らは夜通し歩みを止めることはない。
当然宿に泊まるウィザーなど存在しないのだ。
この人々には不可解とも不可能とも思える行動もそれがあたりまえのことのように繰り返されれば人々はそれに慣れて何の疑問も持たなくなる。
「いいえ、私はそこにある扉から外に出ていきます。荷物の受け取りもありますから。」
「珍しいな、ウィザーが人間を乗せて来るなんて。戒律とか言ってあまり人を乗せたとこなど見たことが無いからね。」
まあ無制限に乗せていたらみんな乗りたがるかもしれないから戒律とか言って乗せないようにしているのかもしれない。
「私は新米なのであまり良く知らないのですが、そんなに珍しいものなのですか?」
「新米のウィザー?あんたも面白いウィザーだな。そんな事を言うウィザーには初めて会ったよ。」
「そうですか?何事にも始まりはあります。私の始まりは今だと言うにすぎないとは思いませんが。」
「こりゃますます面白いことを言うウィザーだな。」
男は豪快に笑う。声も大きかったが体もすごく大きくて太い。
こんな街道で酒場をやるからには多少腕に自信がないとやっては行けないのかもしれない。
シドラは亭主が何を笑っているのか判らないらしくキョトンとしていた。
「なんだ?この馬車は薬草を干しながらの旅かね。」
亭主はシドラの機動馬車を見上げて言った
「ぴいい~~~っ。」
キューちゃんが悲しげな声を上げる。
「ん?何か聞こえたな?なんだ?」
「ああ、馬車の使い魔の出す声ですよ、気になさらないで下さい。」
「なんかえらく悲しげに聞こえたが、気のせいかな?」
この亭主、見かけと違って意外に鋭い。
「こんな風に薬草をぶら下げた馬車を見ると、昔赤ん坊を拾ったとか言って馬車中におしめを干しながらやってきた行商人を思い出すな。」
それ多分アタシだ、昔の事を知っている人がこんな所にいたんだ。
「おじさんそんな行商人を知っているんですか?」
「ああ、此処を通るときはいつも家に泊まっていくよ。」
「その人セルゲイ・オエンスじゃありませんか?」
「おお、そうだよ。良く知ってるな……ってもしかして?」
「あたし、オエンスの娘です。」
「おお~っ、あの時の赤ん坊か~っ?無事に育ったとは聞いていたが、こんなに大きくなっていたんだ。」
亭主は自分の娘を見るかのような目でエマを見た。
おそらく亭主の心の中ではエマはずっと赤ん坊のままだったんだろう。
「それで、一体何だってウィザーがエマちゃんを連れてきているんだい ?」
「おばあさんが無くなったんです。父の母親です。」
「ああ、それはどうも……それであなたはお父さんにその事を知らせに行くのかね?」
「いえ、それもありますが、私は私の事を知りたいと思ったのです。」
「自分の事を?つまり自分の出生を知りたいと思ったのかい?」
「ええ、そう思って家を出てきました。」
「それならお父さんが帰ってきてから一緒に旅をすればよかったじゃないかい?」
「いえ、夢を見ました。その夢で言われた事がなぜかすごくひっかかって……。」
「しかし道中は決して楽なもんじゃないよ。盗賊やなんかも出るしな。」
「でもその事を、学校の先生に相談したらこのウィザーを紹介してくれたんです。」
「なんと、今時のウィザーはそんな事もしてくれるのか?」
亭主はシドラの方を向いて聞いた。
「いえ、私も詳しいことは知りませんが、とにかくそのように言われたものですから。」
「で?あんたがこの娘を送っていくのか?」
ジロッと亭主はシドラを見つめる。
「良くはわからんがウィザーは今までそんな事をしたって話は聞いたこともないがな。」
ぐっ、とシドラの前に顔を突き出すして言う。
「何か思惑でもあるのかな?」
「へ?わ、私が何か?」
亭主に睨まれたシドラは猛獣の前の獲物のように小さくなる。
「い、いや…顔が近……。」
「おまえ、若くて可愛い女の子だからって手を出しちゃあなんねえぞ。」
宿の亭主は低い声でそう言った。
「滅相もありません。私はウィザーですよ。ウィザーは女性に興味は持ちません。」
「な、なによシドラ、あたしには女性の魅力が無いって言うの?」
「い、いえ誰もそんなことは言っていませんが。」
シドラの声は裏返っていた。
亭主はさらにシドラに詰め寄る。
「近い……近いです。」
「ましてやウィザーの仲間に引き入れようなんて魂胆は……ねえよな。」
「ご冗談を、私たちはあくまでも人の営みを支援するだけですから。」
亭主はじっとシドラの顔を見つめる。
「はっ、はっ、は、まあウィザーに限ってそんなことは無いだろうな。」
傍から見てもシドラの足から力が抜けるのを感じた。
「まあこんな所で立ち話も 何だから中に入ろうや。あんたも顔ぐらい出しておけや。」
そう言って亭主はシドラも宿に呼び込んだ。
「おお~い、母さんや、母さんや~。セルゲイの娘さんだとよ~っ。」
「なんだい?あの時の赤ん坊でも連れてきたのかい?」
手を拭きながら奥さんらしき人が出てくる。
「こりゃあたまげた、あんときの赤ん坊がこんな別嬪さんになっているとはねえ。ささ、入んなよあたしの自慢の料理を食わせてやるよ。」
「私も?ご一緒してよろしいのですか?」
「遠慮するこたあない、あんたらにゃいつも世話になってんだ。あんたらが人前で物を食べない戒律が有るのは知っているが旅の話くらいは聞かせてくれや。」
宿の入口を入るとそこは小さな食堂になっていた。数脚のテーブルが有り隅で3人程の男が酒を飲んでいた。
「おや、あの人達は?」シドラが呟く。
その声を聞いて男たちが振り返った。
「「「ああ~っ!!!」」」
全員がお互いを指さして叫んだ。フェブリナ・ドームの村でエマとシドラを襲った3人組であった。
「あたしの胸を握ったチカ~ン!」
「俺のキ○タ○蹴った凶暴女?!」
「おやおやみなさんお揃いで、ごきげんようでございます。」
「てめ?っ、俺の剣を折りやがったウィザー。」
なんか面倒なことになりそうな予感が満載であった。
アクセスいただいてありがとうございます。
馬車が一日に走れる距離は大体4~50キロ位です。
したがって通路の中頃には中継地点となる宿場が作られています。
今回舞台となるのはそういった小さな宿場の一つです。
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