摘んだ薬草はアレに効きます。
エマ達の馬車は通路の外周側に踏み固められた道路に沿って通路に入っていく。
通路はドームと同じような透明な材料で幅は200メルカ程有り、100メルカ位の高さのかまぼこ型の形状をしていた。
根元の部分はやはり不透明になっており外を見ることは出来なかった。
通路にもドーム同様ウィザーの為の出入り口が所々に設けられており、地元住民が社を作って祭っていた。
この通路は小川に沿っているだけに比較的平坦になっていた。
他の通路は川が通っていなかったり大きな起伏を迂回するように作られていたりして交易通路としての使い勝手が悪いものも有るらしい。
エマのドームではメルダとフォルタが幹線通路となっており多くの交易者が使用していた。
「なんか通路に入ったとたんに暖かくなってきたわね。」
「はい、ドーム本体と違って天井が低いですから熱がこもりやすいのです。」
小川沿いに畑が沢山出来ており植物の生育は良いようである。
柵の中に動物も飼われていたりしていて、通路の中で暮らす人々も多い。
むしろドーム内とは違う食物の生産地として米や野菜をドーム内に供給している。
ドーム内からは通路の住人に対し小麦や芋、工業製品の交易を行なっている。
行商はドーム外に出ていくよりもドーム内での交易の方が活発なのである。
所々に10軒程の家が集まって集落を作っているが、木が家々の周りには何本もの植えられている。
これは風よけではなく次に家を建て替えるための材木を育てているのだ。
ドームの端の方はやはり雑木が育ってて道路と畑を分けている。
これらの比較的育ちの良い雑木がこの通路の住人に燃料を供給しているのだ。
通路の中はドームの中より気温が高い。天井が低いから当然だろう。
それ故に作物はよく育ちドーム内部よりも暖かい場所で育つ作物の育成に向いているとも言える。
しかしここは通路であり中心のドームから離れれば離れるほど物流の問題が出てくる。
それ故そこには運送を請け負う人間が出現するのは当然であり、運送ギルドが発達することになる。
その運送を担っていた人間がドームの外を目指すのは必然であり、ドーム外の行商はそのようにして発達してきたのである。
ドームの反対側にある通路をドームに向かう馬車が通り過ぎて行く。どれも穀物を満載にしている。
通路は意外なほど豊かなようである。
ドームの天井の所々にヤギ位の大きさの磨き虫が張り付いている。
8本の足で器用天井にへばりつきながら天井を磨いている。ドームの磨き虫の縮小版といったところか。
彼らは天井を磨くだけでなくドームの補修も行っているようであり、神の使いとか、ドームの精霊とか呼ばれ大事にされている。
もっとも彼らにしてみれば人間は興味の範囲外であり、人が近づくと逃げていく。
修理の途中であれ人が近づくと逃げ、人がいなくなると再び戻ってくるのだ。
アルトの通路の末端は現在湖になっているため通路としての使用は出来ないらしい。
川が通っていないためトリト通路同様の畜産と畑作による農業が行われている。
フェブリナの領主はこの通路を利用をするために通路内に水路を建設中であり、農閑期の仕事として多くの人びとが仕事に従事している。
これらの通路にも水が通れば畑作に向いた土地が増える事になる。
道端を見ていたエマが突然大きな声を上げる。
「待って!待って!止まって!止まって!」
「どうしました?エマさん。緊急事態ですか?」
エマは速度を落とした馬車から飛び降りると通路の端に向かって走り始めた。
シドラも何事かとエマの後について走る。
エマはドーム通路の脇にある雑木林の根本に着くと、藪をかき分けて何かを掘り始めた。
「どうされましたエマさん。何をしていらっしゃるのですか?」
エマは掘り出したばかりの草の根をシドラに見せる。
「見て!天然物のインドラニジスの群生よ。」
「はあ、確か薬草の一種で強壮剤に効くとか言われている薬草ですね。」
「そうよ、中でも天然物は かなり高い値で取引されているのよ。この辺一帯に群生しているの。」
「はあ、しかしこんな所に生えていても誰も気づかないものなのでしょうか?」
「これは毒草のインドラモドキとの区別が素人にはつかないのよ。だからこんなに生えているのに誰も取らないみたいね。」
「この根を干して粉にして飲むとすごく元気が出て、男のアレも一発だって。おばあちゃん言っていたわ。」
「アレ?アレとは一体何でしょう?」
「知らないの?男の人のアレといえばアレに決まっているじゃない。そんなのみんな知ってるじゃない?」
「申し訳ありません、私はウィザーとしても未熟でして世事にも疎いのです。」
こう聞かされてエマは戸惑った。自らを未熟と言い切るようなウィザーにエマは会った事が無かったのだ。
殆どのウィザーは驚くほどの知識を持ち、自信たっぷりにふるまっているように見えたからだ。
「ふ~ん、あなたウィザーになる前は旅をしていたんでしょう。私より世界を見てきたんじゃないの?」
「いいえ、旅をしただけだったものでして。」
「世界も見ないで旅をしてきたの?」
「いえいえ、よく見てきたつもりでしたが、結局間違った道を歩んでしまったようでして、まあ、その…………。」
「あなたも結構苦労したみたいね。」
言い淀むシドラになんとなくこれまでのウィザーとは違う人間的なものを感じ、少しシドラに親近感を持つエマであった。
「苦労などと言うほどのものではありませんがまあ、当初の目的とはだいぶ違ってしまったことも確かです。」
「それでウィザーになったの?」
「はあ…………。」
まったくよくわからない経緯でウィザーになったらしいが、はっきりしている事はこのウィザーはかなりの世間知らずらしいという事であった。
「道理で世間知らずだと思ったけど、人生諦めてウィザーになるかしら…………?まあ、いいけど。」
「それで、アレとは何でしょうか?」
「腕っ節に決まっているじゃない。男は何と言っても力よ。仕事で物を言うのは肉体だから。」
「はあ…………そうなんですか。」
シドラはなんとなく納得しかねる様に答えた。
エマは草を根っ子ごと丁寧に引き抜くと川に降りて根っ子を洗う。
「随分たくさん取れましたね。」
シドラはエマの作業をを手伝うことはない。ウィザーは個人の行動に手を貸すことはないのだ。
そういった意味で今回エマの旅を手伝うことは非常に異例であり、その裏に何かの思惑があると考えた方が良かったであろう。
もっともエマはそんなことには無頓着で、何も考えることなく薬草を取っていた。
「路銀の足しにしなくちゃならないから、早々にこんな物を摘めるなんて運がいいわ。」
「それで、それをこ れからどうするつもりなんですか?」
「もちろん干すのよ。」
そう言って機動馬車の荷台にロープを張るとそこに薬草を引っ掛ける。
「こうやっておけば明日までには乾いてくれるわ。」
「ぴい~っ、ぴいいい~~~っ。」
「ミーちゃん何て言っているの?」
「かっこ悪いと言って泣いております。」
自我が弱いと言っている割にはしっかり自己主張しているな。
「ああ~ん、ごめんね~っ、キューちゃんそんなに嫌がるなんて思わなかったわ~。」
「みゅうう~っ。」
「私にとってはこれから旅に出る大事な路銀を稼ぐための手段だったのに。」
「きゅうう~っ?」
「でも仕方ないわね、キューちゃんが嫌がるんだった らここで干すわ。今日中に次の宿にはつけないけど。仕方ないから今夜は野宿ね。」
「きゅう~っ、きゅうう~っ」
「え?なに?なんて言っているの?」
「若い女性をこんな所で野宿させる訳には行かないと言っております。」
「ああっ、でもいいのよ、野宿の1回や2回、稼ぎの為ならなんとでもなるわ。それくらいこの薬草はお金になるの。」
「きゅううう~っ。」
「エマさんの為ならかっこ悪くても我慢しますと言ってます。」
「ああ~ん、ありがとうキューちゃん、大好きよ。チュッ。」
「きゅいいいいいぃぃぃぃ~~~~っ。」
機動馬車が少し揺れながら車高が下がっていく、……落ちたな。
「キューちゃん少し足元がおぼつきませ んよ。」
「きゅうう~っ」
車の揺れが止まると急激に車高が上がる。
おっ、足元が戻った。この子どんな構造しているんだろう。
「エマさんの為ならたとえ火の中水の中、必ずあなたの役に立ちます。と言っています。」
ちょろい。
「それじゃあこのまま出発しましょう。風に吹かれてちょうど良く乾くわね。」
コトコトと馬車は二人を載せて次の街を目指す。荷台に張られた紐には何本もの薬草がはためいている。
「え~っと、確かこの薬草の売価はこの位だから原価はこんなものだった筈。そうすれば一本これ位で仕入れているからここまでは押せるわね。すると一本これで、全部売れば…………、うんいい稼ぎになる。売るなら絶対大きな街ね。2つ以上の薬屋のある所…………と。」
エマは一人でブツブツと皮算用をしています。
「きゅううう~ん。」
「よしよし、あなたはとても良いことをしているのですからね。」
「あ、シドラ、村みたいな物が見えてきたわ。」
アクセスいただいてありがとうございます。
作者注
ドーム同士を繋ぐ為に通路状のドームが作られています。
幅200メートル、最高高さ100メートル有り、ヘックスの端まで約40キロメートルの長さが有ります。
水が有れば農耕にも適しておりドーム内部とは違った生活が営まれています。
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