川には海の魚が上ってきていました
「学校に行く途中に川を渡ると大きな魚がひしめきながら川を上って行くのに出会う。
「なんでしょうか?この魚たちはなぜこんな川にこれ程の魚があふれているのでしょうか?」
シドラは疑問に思った。この川の流域がそれ程豊かな餌場が存在するはずはない。
これ程の魚が集まれば餌が無く遠からずすべての魚は死んでしまうだろう。
シドラが川を渡って少し坂を上ると学校が有る。
しかし学校には校庭のような物は無くただ建物が有って少しの空き地が有るだけだった。
おそらく平地は貴重であり畑になってしまっているのだろう。
学校はひどく古い木造であったが太い木材が使われていてとてもしっかりしていた。
建物に限らず庭も良く手入れされており、古びてはいてもどこも壊れている所は無かった。
「おや先生様、今日は学校は休みでは無かったのかい?」
学校の中からドワッフ族の老人が顔を出す。
「私は旅のウィザーでシドラと申します。この学校はとても良く手入れがされていますね。」
綺麗に磨き上げられているのみならずあちこちの補修の後も実に綺麗に仕上がっている。
「ああ、わしはここの建物の管理を任されとるドントじゃ。隠居仕事に村から頼まれておってな。」
老人の出てきた方には何やら工具が置かれてあった。
「建物の補修をなさっていたのですか?」
「ああ、今はな椅子が壊れてきたからな、新しいのを作っておるんじゃ。」
「椅子を作っておられるのですか?」
見ると組み立て前の椅子が何脚か置かれていた。
「若いもんに頼んで裏の山から木を切ってもらってきたんじゃ。間伐材じゃから少し細いがなに組み上げれば綺麗になるさ。」
「これはなかなか出来上がりですね。」
ドワーフ族は職人が多いと聞いている。この様な仕事をする人も少なくないのだろう。
「ウィザー様が子供たちの為に学校を開いてくださるんじゃからのう、大切にせねばならんよ。わしもこの学校で授業を受けていたんじゃ。」
老人は半分ほど白くなったがまだふさふさの髪の毛を掻いた。
校舎の中にはベンチの様な椅子と机が並んでいた。幾つか欠けている所が有る、おそらくその部分を補修しているのだろう。
「この建物は建ってからどの位になるのでしょうか?」
「だいたい200年くらいだそうじゃ。」
「私は木の家はそんなに保たないと思っていましたが。」
「それは手入れが悪いからじゃ。木組みが緩んで来たらちゃんと締めてやればいいし空気の流れを良くしてやればいい。そうすれば何年でもつんじゃ。」
「千年持ちますでしょうかねえ?」
シドラはつい自分たちの寿命の事を考えてしまう。
自分が死ぬまで自分が過ごした学校が残っていれば、とても幸福な気分でいられるのかもしれない。
ウィザーでありながらシドラはそんな事を考えてしまった。
「さあどうかのう?だがわしはそこまでは生きてはおらんからなあ、生きている間はこの建物を大事に守ってやるだけじゃで。」
「ドントさんはずっとこの村におられるのですか?」
「ああ、3人のかみさんとの間に4人の子供がおってな、みんな大きくなりよった。孫も10人おる。」
「奥さんもごいっしょですか?」
「出稼ぎに行ったまま帰りよらん者もおるが2番目のかみさんが帰って来たので一緒に暮らしておるよ。」
老人は穏やかな笑みを浮かべて家族の話をする。
「ご家族に囲まれて仕事が有って、とても優雅な生活ですね。」
「わしらは仕事をせねば食って行けんし、食っていけても仕事をしなけりゃ生きている意味が無いのでな。」
「ご立派な考え方だと思います。」
旅をして目的を失ってしまったシドラにとっては老人のいう事は心にしみた。
「ワシが死んだ後もこの建物は残るだろうし残してほしい。ワシの前にもこの建物の管理をしておった者がおったが、ワシの後にも誰かが引き継いでくれるだろう。畑も家も、そして村もじゃ。」
「それはとても素晴らしい考え方ですよ。」
人の命は短くウィザーはその何倍も生きる、しかしウィザーが人の生涯より充実した人生を送れているのか?シドラには自信が無かった。
「ドントさんはウィザーの寿命をうらやましいと思ったことは無いのですか?」
「むろん思わなかった者はおらんだろう。」
「しかしなあ、人にはそれぞれの分と言う物が有ってな、分を超えた望みをもってはいかん。」
「そうなのですか?しかし人の中には自分が楽をするために他人を傷付けることをいとわない人もおりますが。」
「なさけないのう。人として、人の生き方の出来ない者は。」
川の中でバシャンと魚が跳ねる。
「そういえば川にはずいぶん魚が多い様ですが、この川にこれだけの魚を養える能力が有るようには思えませんが?」
「ああ、しかしあの魚はなあ、わしらが食う以上にわしらに恩恵を与えてくれるものなんじゃ。」
老人は川の中の魚が一生懸命上流に向かって泳ぐ様子を見ていた。
「確かにこれだけの魚がいればとても重要な食糧源だとは思いますが、この魚はどこからやってくるのでしょうか?」
「ああ、女房の一人が昔行商人に聞いたことが有ったそうだ。なんでもこの魚は橋の下の川から上ってくるらしいべ。」
「通路の先に有る橋の下を流れる川ですね。」
「あの川の元はウィザーの世界の外側を流れておるが、その一部はウィザーの世界も流れ込んでこのドームの中にも入ってきよるだで。」
それはシドラも理解していた。、すべてのドームの川はウィザー世界を通って川上側からドームの中に入って来ている。
「あの山の上の方の湖で産卵するんだがそこにたどり着くまでにだいぶん熊や狼に食われてしまうらしい。」
「魚はどこからやってくるのでしょうか?」
「行商人によればこの世界の果てに海と言う大きな水たまりが有るらしい。水たまりと言ってもわしらのドームが何千個も束になってなお足らないほど大きなものらしい。」
無論ウィザーであるシドラは海の存在もしっていた、しかしそんな事を自慢しても老人に不愉快な思いをさせるに過ぎないと思って黙っていた。
「どうやら魚はそこで暮らしていて子供を産むために川をさかのぼって来るらしいのじゃ。」
「ほう、それは私の様にすごい魚ですね。」
「いんや、本当にすごいのはそこじゃねえだ。」
「はあ?」
ここは海から何百ケールも離れている、そこを川の流れを遡ってくるのだ、これを凄いと言わずして何がすごいのだろう?そうシドラは思った。
「その魚は川を上りながら熊に食われる。熊の食い残しは狼に食われる。」
「はい、あんな狭い川を泳いでいたら簡単に熊に捕まるでしょうね。」
「魚を食った熊たちは森に入って行って糞をする。」
シドラは老人が何を言いたいのか分からなかった。
「この川では海で育って丸々と太ってきた魚を森の中に糞の形でばらまくんだ。」
「ほおお~っ、それはすごい。」
海の事は知っていたがそのような食べ物の連鎖が有ることをシドラは失念していた。
シドラが凄いと思ったのは、この老人がこんな場所にいながら自然の摂理をはっきりと理解していたからだ。
「その糞を肥料にして森の木々は育つ。この山の森は信じられないほど豊かなんじゃ。」
確かに今まで見て来たドームの中にあった森に比べてこの森は大変豊かな森であることは簡単に見て取れた。
「多くの木の実がなり、それを食ってウサギやシカが増える。それを食う狼も増える。そうやってこの山の動物は森を育てておるんじゃ。」
「素晴らしい食べ物の循環ですね。」
「ウサギですら穴を掘って山を耕しておるんじゃ。しかし木々が実を付けなければウサギは減る、ウサギが減れば狼も飢えて死ぬ。」
「だから川を上ってくる魚は山にとってはとても大切な物なのだ。」
「かつてふもとの製材所の湖を作った時に魚が上がって来なくなってしまったんじゃ。」
「その時の騒動はそれは大変な物じゃった。」
この老人はその時の騒動を知っているらしい。
「その時は川の出口の構造をを変えてあの湖を魚が遡上できるようになったら、また魚が戻って来たんじゃ。」
「何でも隣のチェンジャリー・ドームではそんな事を考えることなく遡上してくる魚をどんどん捕って周りの国々に輸出していたんだそうじゃ。」
「結局魚は絶滅してしまいもう魚が川を上ってくることは無くなってしまったのじゃ。」
「だから製材所の人間が植林をするときに一種類の木を植えようとしたんじゃがわしらは頑強に反対した。熊やシカが死んでしまうでな。」
「今では実のなる木を混ぜながら切り出すときの事を考えた植林をしている。」
「なるほど全く見えないところで多くの生き物のつながりが有るのですね。」
シドラは人間が予想以上の知恵を持っており、これからももっとその知恵を増やしていくであろうことを確信したのだった。
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この勝負は必ず欲の深い人が勝つのです。残念!! 以下次号
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