シドラを丸太に乗せたなら
「珍しく考え事をしていますね。エマさん。」
「ひえっ!」
物思いにふけるエマの背後でいきなりシドラの声が聞こえる、反射的にエマは後ろ回し蹴りを放った。
蹴りは狙いたがわずシドラのこめかみに当たる。
「ぐへえっ。」
気の抜ける声を上げてシドラは地面に頭から突っ込む。
いったいいつから反射的に蹴りを放つようになったんだろう?
ふっ、またつまらん物を蹴ってしまった。
「あんたねェ、いきなり後ろから声を掛けないでって言ったでしょう!」
「いえ、エマさんのそんな姿を見るのは初めてだったものですから。」
毎度の事ながら速攻で回復してくる奴だな、神経有るのか?
「はい、神経はありませんが同じ役目をするものは有ります。」
「なにそれ?」
「冗談です。」
「つーか、どうしてあたしの考えていることが分かった?」
「はい、エマさんの思考は単純ですから簡単に推測が付くだけです。」
そういった途端にシドラは頭を下げる。
ふっ、あまい!
エマは胴体部分に後ろ回し蹴りを蹴りこんだ。
そのままシドラは道の反対側まで吹っ飛んで行った。
「防具を付けてからますます蹴り方に容赦がなくなって来ましたね。」
ケロッとして戻ってくるアンタの方が脅威だわ。
「それよりせっかくですからこの周囲を散策してみましょう。」
「それもそうね、しばらくとはいえここで働くんだから周りを見ておかないとね。」
「町の方に行って見ますか?」
「ううん、先に仕事場を一周してみるわ。」
「そうですか?では行きましょう行きましょう。」
コイツこういう時は嬉しそうだな。
「とは言ってもどこから見に行けばいいんだろう。」
「私思いますに、この辺りの山の木だけ切っていたのではたちまち刈りつくしてしまうでしょう。湖に浮いている大量の木材はどこから来たのでしょうか?」
エマは湖に流れ込む川を見た、山の中をかなり奥まで流れている。
川の流れる先をたどって行くと山肌の所々に木を刈った跡が見て取れる。
「そうか、山で刈った木を川に落とすんだ、川の流れに沿って流れて来た木は黙っていても湖に流れ込むわ。」
「そうですね、ご明察です。エマさんもその位の理解力は有ることがわかってとても僥倖です。」
僥倖って……たまたま正解したので幸運でしたって意味だろ…それ?
「細かい事はともかくとして、川によって運ばれてきた木材の引き上げから見に行きましょう。」
エマの次の言葉を聞かずにシドラはトコトコと湖に向かって下りて行った。
クソッ、ごまかされた……。
エマはシドラの後を追って湖の方に降りて行った。
湖の出口の部分には土塁が出来ており、これが人口の湖であることを示していた。
排水口の手前には網が這ってあり流れて来た木材が沢山溜まっている。
数人の男たちが手に長い木の棒を持って溜まっている材木の上に乗っかっている。
棒の片方には何か金物が付いておりそれで木を引掛けて動かしている
周りの木を押しどけながら浮いている木を溜まりから引き離し桟橋の方に誘導していく。
桟橋の周りには木材が整然と並べられており男達がそこを木から木へ飛び移って木を見ている。
「こんちわー、おじさーん。」
エマは屈託なく話しかける。うん、若い乙女の笑顔は値千金だぞ。
「やあ、お嬢さん。何か用だか?」
初老の男性が返事をしてくれる。ドワッフ族の男だが髪や髭に白い物が混じっている。
「今度製材所の方でアルバイトをすることになったエマです。」
「そうだか?ワシは貯木場の場長のダンタルだで。」
「よろしくお願いします。」
エマは愛想良く頭を下げる、うん最近処世術も身についてきたな。
「ここに上流から流れて来た木を置いておくんですね。」
「そうだ、ここで製材の順番が来るまで置いておくだ。
「いつもどの位ここに置いておくんですか?」
「ああ、最低はひと月位だかな?」
「最低って?」
「ああ、木の中のヤニが出て行くまでだ、そうすると乾燥しやすくなるし水の中に沈めておくことで木の中の虫も死ぬでな。」
へえ~っ、そんな事も考えているんだ~っ。
「まあ、先代たちの知恵がいろいろ詰まっとるで。」
「切るときはどうするんですか?」
「ほれ、あそこにスロープが有るべ、あそこに引っ張って行って鎖を付けて馬で引っ張るだ。」
ダンタルの指さす方を見ると丸太で作られたスロープが水の中まで続いていた。
スロープの先には何本もの太い丸太が置かれていた。
「あそこで丸太を必要な長さに切って製材所に回すだよ。」
2人の男が大きなのこぎりを使って丸太を輪切りにしているのが見える。
「すごいわねえあんな太い木を輪切りにしているじゃない。」
「ひとつ伺わせていただいて宜しいでしょうか?」
「なんじゃウィザーがわしらに質問するのかい?ウィザーはなんでもしっちょると思っとっただが。」
「それは誤解です。私たちは人間の知恵をとても大切にしていますから。」
あらまー、シドラにしてはすごく謙虚な事を言うじゃない。
「ほほーっ。こんな風に人のいう事を聞くウィザーは初めてだで。」
「いいえ、ちゃんと戒律の中にありますから。」
なんだ戒律の受け売りか?
「それにしてもだ、ウィザーというのはみんなで知識を共有しているんじゃなかったんだか?」
「私少し落ちこぼれておりまして、その魔法は使うことが出来ないのです。」
「なんだ、立派な事言うと思ったらただの仲間外れだか。」
「な、仲間はずれ……?」
シドラは2,3歩後退する。
あ、シドラが落ち込んで隅っこで丸くなってる。
「だめよおじさんシドラは仲間外れにされてみんなにいじめられているんだから。」
「おお、こりゃ悪い事言っちまっただな。」
「大丈夫よシドラいくらみんなに仲間外れにされたってこれから成長すればいいんだから。」
エマはにっこりとシドラに笑いかける。
「え、エマさん。」
「そうです、私はいかなる困難にも怯む事無く立ち向かう新米ウィザーなのです!」
おお~ったちまち立ち直ったぞ、なんて単純な奴だ。
うん、やっぱり美人の笑顔は値千金だぞ。
「なんかさっきと少しニュアンスが違っていませんか?」
ちっ、気が付いたか。…というか心を読むな!
「で?わしに聞きたいこととはなんだべ?」
「ああ、その使われている棒の事ですが?」
「ああ?このトビクチの事だか?」
2メルカ程の真直ぐな棒の先に鳥のクチバシの様な金属の刃物が付いている。
「ほう、トビクチと言うのですか、これは?」
「ああ、コイツは物を引駆ける道具だで、家の解体なんかにも使うものだで。」
「武器にしては刃先が短く攻撃力が非常に弱いので不思議に思っていました、なかなか面白い道具ですね。」
なに?コイツこの棒を見てそんな事考えていたんだ。
「でもおじさん達ずいぶん身軽に木から木へ渡り歩いているのね。」
「おおさ、まあ慣れだべや。お嬢ちゃんも乗ってみるか?」
「え?でも危なくないの?」
「おおさ、あぶねえだぞ。落っこちたら材木に挟まれるし、潜っちまったら浮かぶ先を材木に塞がれることもあるだで。」
「うわっ、こわい。」
そうだよね~っ、水に濡れた丸太の上だもの、回るし滑るもんな~。
「まあ、だからおら達はこの棒を持ってるだ。これを持ってりゃ水に潜ることはねえだから、材木に少々ぶつけてもおら達ドワッフは平気だかんな。」
「んだで、子供達には近寄んねえようにいってるんだが、これがまた子供はいたずらが好きだでなあ。」
「子供達にがみがみ言ってもいう事なんざ聞きゃしねえで、困っとったら所長が良いアイデア出してくれてな、貯木場体験ゾーンを作っただ。」
「貯木場の体験をするの?」
「んだ、学校の行事に組み入れてもらってな、丸太の上を歩かせるイベントも入っとるだで。」
「それは興味深いですね、ぜひ私も同行させてください。」
「おお、先生以外のウィザーの来場は初めてだで、ぜひ寄って行ってくんろ。」
事務所の隣に併設された建物に展示スペースが有った。
そこには壁いっぱいに絵が描かれてあり、山の上から木を伐りだし枝を払って斜面を滑り下ろす絵が描かれてる。
川を流れた材木はそのまま湖にたどり着くが材木にはその際タグと呼ばれる削り込みを入れる。
これを見るとどこの山でいつこの木が刈られたのか分かるようになっているらしい。
太い木はそのまま流すが細い木はいかだを組んで人と一緒に流れてくる。
それを製材所に運び注文の大きさに加工するとしばらく天日で乾燥させる。
まあそんな事が壁いっぱいの絵になって描かれていた。
「次はこっちさ来るだ。」
そこは何本もの丸太が浮いていた。
その天井には何本もの細い丸太を流しそこからベルトの付いたロープを下ろしてあった。
「靴を脱いでこのベルトを締めるだ。」
なるほど落下防止用の安全ベルトを付けて丸太の上で遊ばせるんだ。
「それでこの草履を履けば、丸太の上でも滑らないだ。」
エマもベルトを付けて丸太の上に乗ってみた。シドラはいつもの格好のままだ。
「落っこちても沈まんが丸太に足をぶつけるとすごく痛いだで覚悟しとくだ。」
ポンポンとダンタルが丸太の上を飛んでいく。
真似してエマもポンポンと飛んでいく。見かけより簡単だ。
「ほたらこの手すりに掴るだ。」
丸太の上に人がつかめる程度の手すりが出来ていて、エマをそこに掴った。
「そしたら足で丸太を回すだよ。」
「この丸太を回すの?」
「んだ、丸太の上でかけっこすればええだ、手すりから手を離すんでねえだど。」
エマは丸太の上で少し重心をずらすと丸太はゆっくり動き出す。
「そんだ、その調子で丸太だ動かすだ。」
一度動き始めると丸太はすぐに回り始める。
「わっわっわっ、丸太が回る~っ。」
「そりゃ丸太だからな回るべな、落っこちないようにしっかり手すりを握るだぞ。」
「おおっ、だんだん早くなっていく。」
「ええぞ、ええぞ、その調子だ。」
ダンタルは面白そうにエマをあおる。
どんどん早くなる丸太の回転にエマの足はついて行かなくなる。
「だ、だめっ早すぎるっ!と、止まらない~っ、止めてえ~っ。」
ついにエマが悲鳴を上げる。
はっはっはっと笑いながらダンタルは丸太の上に足を乗せブレーキを掛ける。
「はあっ、はあっ疲れた~っ。」
エマが疲労でぐったりとなっていた。
「あんたもやってみるかね?」
「ふっふっふっ、挑戦されたら受けないわけには行きませんね。」
シドラ?いや、シドラはまずいんじゃないのか?
シドラも最初はゆっくりだったがすぐに丸太は速く回るようになる。
「おおっ、これはどんどん回転が速くなって行きます。」
「ほっほっほっとダンタルは笑いながら見ていた。」
シドラの足元の丸太はどんどん早く回るようになるがシドラは疲れる様子もない。
更に丸太の回転は上がるがそれに合わせてシドラの足もどんどん速くなっていく。
「ちょっとシドラ、それまずっ……。」
既にシドラは手すりから手を放して勝手に走っていた。
丸太はしぶきを上げながら回転していたがシドラは全く気にする様子はない。
「ありゃりゃ、こりゃまずい。」
ダンタルがブレーキを掛けようとするが丸太の速度が速すぎて止まらない。
「シドラ!丸太から降りて!早く!」
ほいっ、シドラは丸太から飛び上がると空中で2回転して隣の丸太に飛び移った。
だから~っ、両手を広げて胸を張るのはやめなさい。
しかしシドラが飛び上がった事により回っていた丸太が跳ね上がりシドラの立ってる丸太に当たる。
「嬢ちゃん、あぶねえだ。」
あわててダンタルがエマの腕を掴むとトビクチを柱に引掛けて体を引っぱる。
「およよっ。」
格好をつけて着地を決めたシドラは丸太に跳ね飛ばされて湖に頭から落下した。
「でえじょうぶか?ここは浅いだど。
慌てて様子を見ると頭から湖底に突き刺さったシドラが足だけ出してじたばたしていた。
「こりゃいかん。すぐに引き上げなくちゃ。」
大丈夫よ。ウィザーはこの位じゃ死なないから。
ダンタルはトビクチに引掛けてシドラを引き上げる。
「やれやれびっくりしただ。」
「このウィザーは馬より早く走れるんだから。」
「おお、そうなのか?こりゃあまずかっただなあ。」
「私もどこまで回して良いのかいささか考察が不足していました。」
「これ遊びなの?」
「ああ、わしらの間での遊びでな、丸太の上で落しっこをして遊んでいたんだが、今じゃ祭りのイベントにしてるだ。」
「イベント?」
「ああ、観客の前で丸太や角材を回して見せるだよ。まあ、あんた程早くは回せないだがな。」
ダンタルはシドラを見て言った。
「ありがとうございます。しかし私はウィザーですから。」
上半身泥だらけにして胸を張るな。
アクセスいただいてありがとうございます。
好奇心満載のシドラです。
しかし加減を知らないウィザーは只の間抜けでしかありませんでした。
次回ではエマは自らの価値観に目覚めます。
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