遊戯街は女人禁制だそうです。
数日経つとエマも一人で歩けるようになってきた。
シドラは相変わらず馬車馬のようにこき使われている様である。
もっとも夜はドームの外に帰ってしまうらしく姿を見ることは無い。
幸いエマの骨には異常が無く、ただ健を痛めた為動くと痛みはまだある。
「ああんもう、退屈だわ。どこかに行きましょう。」
「わかりましたそれではご一緒します。」
シドラもいそいそとエマを連れて宿の外に出ていく。
杖を付きながら宿の周りを散策して見る事にした。
源泉の近くに何軒もの旅館が軒を連ねている。
落ち着いた風情のある旅館街になっているようだ。
しばらく歩くと旅館街の一角には店屋が集まっている場所に出た。
「お、薬屋が有る。敵情視察するわよ。」
「敵情視察?ああ、薬草の相場を調べるのですね。」
店屋と言っても薬が店頭に飾ってあるわけでもないので商札を調べる訳にもいかない。
ましてや若い娘が強壮剤の値段を聞く訳にもいかなかった。
仕方なくエマとシドラはしばらく薬屋の向かいにあるお茶屋でお茶を飲みながら薬屋を観察することにした。
やはり湯治の客が多いせいか比較的年を取った客が多かった。
「これではあまり薬草は売れそうにありませんね。」
「やっぱり町の方に降りて行かなくちゃだめなのかな~っ。」
その時町の向こう側に見知った人が歩いているのが見える。
「おや?あれはサツキさんではありませんか?」
「あらホント、ゴンジさんも一緒だわ。そういえば2人とも今日は休みだとか言ってたわね。」
ゴンジが荷物を持ってサツキの後ろに付いて歩いている。
「次のお店に行くわよ。」
「はい、サツキ様。」
「どうやらお買い物の様ですね、ゴンジさんは荷物持ちの様です。」
「なんだサツキさん休みの日くらいゴンジさんこき使わなくてもいいのに。」
「そうでも無いようですよ、ゴンジさんとても嬉しそうにニコニコしていますけど。」
いや、あの人一年中ニコニコしているから……。
エマは一口お茶をすする。
「おじさーん、お団子追加して頂戴。」
「へーい。」
………………
「おや、またあのお二人ですね。」
「なんか、荷物増えているわね。」
「ゴンジ急いで、特売終わっちゃうわよ。」
「はい、はい、サツキ様。」
ふたりそろってトットットッと歩いて行った。
「うんホント、ゴンジさんなんか嬉しそう。」
エマはお団子の最後の一口を飲み込む。
「おじさーん、お茶お代わり。」
「へーい。」
………………
「ああ~、疲れた~、少し休みましょう。」
「はい、はい、はい、サツキ様。」
山の様な荷物を抱えたゴンジと一緒に二人そろってエマのいる茶店に入って来た。
「お疲れさま~。」
「あら、エマさん、もう歩けるようになったんですね。」
「こんにちはエマさん。」
ゴンジは相変わらずニコニコ笑っている。
「こんなに荷物を持たされて大変だったでしょう。」
「いんや~、こんただ荷物軽いもんだで全然何ともないだよ。」
いやいや軽いという量ではないと思うけど。
「でもせっかくの休みなのに。」
「いや~っ、サツキ様が誘って下さらねばどこさも行く当ても無いんだもんで。」
「こんな風に連れ出さないとゴンジはどこにも出かけないんだものね。」
サツキはゴンジの頭をナデナデする。
「はい~、サツキ様には感謝しとりますで。」
なんだそのデレた顔は?
「おじさーん、お茶とお饅頭ふたつ~。」
「へーい。」
エマはゴンジの感じがいつもと違うと思っていたら、今日は黒々とした髭が生えてることに気が付いた。
「今日はゴンジさん髭を伸ばしているのね。」
「は?ああ、今朝剃ったんだども、もう昼だもんで伸びて来よりますね。」
げっ、すごい成長速度。
「そういえばドワッフ族の皆さんは髭を生やす習慣がおありと聞いていますがゴンジさんは剃っておいでですね。」
「ああ、三助はお客さんの世話をする商売だで、髭が素肌に当たったら気持ち悪いだべ。」
「ゴンジはとってもまじめな人だから。」
「いんや~田舎者だで……。」
なんか照れてるゴンジさん見てるとすごくかわいいな~。
「それよりエマはんこんな所で何してはりますねん。」
「え?ああ、薬草を売りたいんだけど、どこに売ったらいいかと思って薬屋さんを見ていたのよ。」
「薬草ですか?なんの薬草でっか?」
「天然もののインドラジニスよ。」
「へえ~っ、結構貴重な薬草や無いですか~?」
「ただ、前の雑貨屋では需要が無いって言われて。」
「インドラジニスゆうたら強壮剤でしゃろ。」
「だから売るところが難しいらしくて。」
「ほたらこんなとこの薬屋に売ったらあきまへん。この向こうに遊戯街が有りますさかいそこの薬屋にしましょ。サンプルはありますか?」
「キューちゃんのトランクに入ったままだけど。」
「それならキューちゃんを呼びますからこれからご一緒していただきましょう?」
シドラは通信魔法でキューちゃんを呼び出した。
「キューちゃんってあの目玉の伸びる馬車の事?」
「なんで?サツキさんキューちゃんの目玉が伸びる事知っているの?」
「ああ、前にあの馬車が……。」
「エマさん!!あまりお金に余裕が無かったと理解しています。なるべく高くあの薬草を売らなくてはなりません。」
「なんやエマはんそんなにお金に困ってはるんか?」
「はい、それはもうあまり長居すると支払いに困ることになるかと。」
「ちょっとシドラ、旅館の娘さんの前でそんな事言わないでよ。」
「大丈夫よ、その分くらいはシドラが働いてはるから。」
「そ、そうなの?あたしの為にシドラはサツキさんの所で働いているの?」
「ああ、それは違うのよそれはね……。」
「わ、わ~っ、す、すぐにキューちゃんが来ますからその遊戯街と言う所に見に行きましょう。」
シドラは話題を切り替えようと必死だった。
「なんで?まだ二人ともお饅頭食べていないよ。」
「いえいえ善は急げと申しまして、ほら、キューちゃんもすぐに来ますから。」
「ぎゅおん、ぎょお~ん!」
ドドドッと土煙を上げて何かがこちらに突進してくるのが見える。
「ぎゅおお~ん、ずざざざざーっ。」
恐るべき速さでキューちゃんが滑り込んできた。
「な、何が起きてはりますの~?」
土煙のが治まって中から馬車が現れる。
「エマさんキューちゃんのトランクから薬草を取りに行きましょう。」
「い、いや何もそんなに急がなくても。」
シドラはエマの背中を押して馬車の方に向かう。
「あ、サツキさん今、薬草を取ってまいりますから、ゆっくりお饅頭を食べていてください。」
なぜが今日のシドラはやたら愛想がいい。
「なんであないに急ぎはりますんやろ?」
「まあ……ウィザーは変わり者が多いだで……。」
ゴンジは呑気にお茶を飲んでいる。
………………
という訳で温泉街の一角にある遊戯街にやってきました。
「なにこれ?店がみんな閉まってるし、誰も歩いていないじゃない。」
お昼時だと言うのにゴーストタウンのように閑散としている。
もっとも道には提灯などが飾られてなんとなく祭りの後の様な雰囲気がある。
「遊戯街どすからなあ、夜でなきゃ店は開きまへんで。」
「そう言う物なの?」
それでも何軒かの店は開いている。サツキはその店の一つに入って行った。
「まいど~っ、おっちゃん久しぶり~っ。」
「おお、サツキはんやあらへんか。いつもお世話になっとります。」
腰の低そうなピクシーの叔父さんが挨拶する。
「ウチのお客さんようこの店紹介しますんね。」
「はあ、少し旅館から遠いような気もしますが。」
「このかたは何をお求めしてはります?」
「ああ、天然物のインドラジニスが有るんですけど、この人が売り先を探しとりましてな、おじさんのとこも結構売り上げてましたな。」
「ほう、天然ものとな?ほな見せてもらいましょか?」
エマは干したインドラジニスを取り出した。
「これはどこで見つけはりました?」
「旅の途中で群生地を見つけたのよ。」
「それはどちらどすか?」
「薬師が群生地を教える訳がないでしょう。」
「ほう、こちらはお若いのに薬師でいらっしゃる?」
おやじは薬草の匂いを嗅ぎ、ナイフを取り出すと少し切って口に含む。
「あきまへんなお客さんこれは栽培したインドラジニスですわ。これだと一本銅貨一枚程度ですな。」
「これは私がこの手で摘んできた天然ものよ。」
「そんな事言わはっても匂いが薄うて味も棘が有りまへん。あんさんも薬師ならお分かりやろ。」
店主はエマの事を頭から馬鹿にしている。どうせ薬草の区別などつかないと高をくくっているのだ。
「何言ってんの?間違いなく天然物の基準に入っている品質よ。」
エマは少し興奮してきたが店主は柳に風と受け流す。
「そうは言わはりましてもなあ、ウチとしてはこの位しか出せまへんなあ。」
シドラは興味深そうにこのやり取りを聞いていた。
おそらく店主はこれが天然ものだと分かっていて値段を下げる交渉をしているのだろう。
果たしてエマさんにこのまま言い負かされるか?店主を説得しきれるのか?興味深々で見つめていた。
「つまりおっちゃんはエマさんの薬師としての力に疑問があるといわはるの?」
「いや、そういう訳ではあらへんが、薬屋としてはそれなりの信用が大事だもんでな。」
「よっしゃ、エマはん、薬草の自生の物と栽培した物の区別はつきはります?」
「も、もちろんよ。」
「よっしゃ、おっちゃん。この人にお宅のインドラジニスを見せたって!エマはんに区別がつかなければエマはんの負けや。」
「よしよし、そういう事なら。」
店主は奥に入ると薬草の根っこを持って出てきた。
「さあ、あんたならこれがわかるだろう。」
「これが栽培ものか自生物か分かればいいのね。」
エマは薬草を取り上げると匂いを嗅ぐ。
「これは栽培物のインドラジニスね。」
それだけでこれが栽培ものであると断じた。
「残念、これは天然物のインドラジニスだよ。」
「おじさんの鼻はそんなものなの?これを少し切ってかじってごらんなさい、あたしの物とは全然味が違うはずよ。」
「そんなバカな?」
店主は少し切って口に含む。
「………………。」
店主の表情が険しくなる。
「どう?違いがわかる?」
「す、少しは薬草の知識が有るようだね、お嬢はん。」
店主は奥に入って行く。
「それならこの薬に何が混じっているか言い当ててごらん。」
亭主は瓶に詰まった粉の薬草を持ち出してきてエマの前に紙を置きそこに少し盛る。」
「これはインドラジニスを粉にして飲めるようにしたものの様ね。」
「………………。」
「エマは匂いを嗅ぎ少し舐めてみた。」
「栽培物のインドラジニスにセンチョウニンジンを混ぜたものね、それに?ああ、ジンショウガが少し混ぜてあるわね。こうすると匂いが強くなって天然物に近い香りがするのよね。」
店主の顔色がいきなり変わった。
「ほおお~~っ。おっちゃんはそういう商売してはりますの?」
いきなりサツキが亭主の顔をのぞき込む。
「な、何を言ってる。うちは信用第一、パチモンなんか置いてはおりませんぞ。」
「そやな~、おっちゃんの店を紹介してきたうちのメンツもあるでな~。」
「わかった、わかった、あんたの薬草は確かに天然物だよ。その値段で買い取らせてもらうよ。」
「ほおおお~~っ、おっちゃん、それだけなんか?」
「な、なんだいサツキはん。」
「エマはんの薬師としての力量をはなから馬鹿にしていなはったわなあ。」
「わかった、あんたの友達に免じて色を付けさせてもらうよ。」
「頼むで~っ、うちのお客はんにお宅を紹介出来なくなっちゃうものね~っ♪」
シドラはこのやり取りを見ていて商売と言う物を改めて認識しなおした。これが人間というものらしい。
エマの持ち込んだ薬草はエマの見立てより高く売ることが出来た。
「ありがとう、サツキさん。おかげで助かったわ。」
「なんの、ウチの大事なお客さんだからな、その代わり支払いはばっちりお願いしまっせ。」
「うん、これなら大丈夫だよ。」
エマは久しぶりの収入にホクホク顔で有った。
よアクセスいただいてありがとうございます。
うやくお金にありついたエマ、ほっと一息ですが前途は多難です。
それにしてもこんなにのんびりしてても良いのだろうか? 以下次号
感想やお便りをいただけると励みになります。