温泉で三助さんに肩を揉まれるのは最高です。
「んだばまずは頭を洗うべ、洗い場に上がってきてくんろ。ほれ、大きなタオルで前を隠すだ。」
エマは渡された大きなタオルで体の前を隠して立ち上がろうとした。
ところが湯からあがろうとした途端に足の痛みでお湯の中に倒れこむ。
慌てて三助がお湯に飛び込んでエマを抱き起す。
「でえじょうぶだか?まだ手足が相当いたむだか?」
「大丈夫かい?アンタどこかぶつけなかったかい?」
おばちゃんも心配そうにのぞき込む。
「み、見た?」
「「はあ?」」
おばちゃんと三助が同時に声を上げると、二人共一緒に笑い始める。
「いやいや、若い娘はいいねえ、アタシなんか誰も見ちゃくれないからねえ。」
「だいじょうぶだで、オラな~んも見てねえだよ。それよっかほれ、オラの腕をつかむだ。」
エマは三助の腕を掴んで立ち上がると促されて洗い場に座る。
「んだば、まず頭にお湯さ掛けっから目ェつぶってくんろ。」
三助はエマの頭からお湯を掛けると頭を洗い始める。
エマは風呂に入ることはもちろん他人に頭を洗ってもらう事すら初めての事であった。
シャボンを擦り込んで頭をガシガシと擦る。
「シャボンが目に入っとしみるだから目えあけたらなんねえど。」
「わ、わかった。」
「うん、思ったより髪さ痛んでねえだな。」
「そ、そうなの?」
「髪に指の通りがええだ。乾いたらしっかりとブラッシングするだな。」
一通り洗い終わるとシャボンを流して頭を拭いてくれる。
「遠慮するこたねえだ。おら三助だからお客さんの面倒見て体を洗ったり髪を洗うのが仕事だで。」
これがドワッフ族の習慣なのだろうか?
「お風呂の管理人の事を三助って言うの?」
「おおそうだ。風呂の掃除から備品の整理、湯加減の調整までするのがオラ達三助の仕事だ。」
「ほれ今度は背中さ流すだで。」
三助はタオルにシャボンを付けると背中をゴシゴシと擦り始める。
「さっきあっちの部屋に行ってたのはなんなの?」
「あの部屋には井戸が有ってな、それそっちの水の入った浴槽の水を汲んでいただ。」
時々水を混ぜてお湯の温度を調整するための水をいつも切らさないようにしているんだ。
「ふーんさすがは温泉の村なんだ。そう言った事までちゃんとしているのね。」
「商売をするってことはそういう事だそうだで、サツキ様がおっしゃってただ。」
「しかし嬢ちゃんの背中はずいぶんでっかいんだな~っ。」
エマとて農業で鍛えられていた。もともと身長も男並みにあり背中の大きさも男並みにあった。
「まあオラよりだいぶんに背が高いだで当たり前のこった。」
「やだ、恥ずかしいこと言わないでよ。」
「恥ずかしくなんかねえだ、ドワッフ族では頑丈な女性はそれだけで男が寄ってくるだ。」
ぜんっぜん、うれしくない。
「おじさんもやっぱり大きな女の人の方が好み?」
「おじさんと言うほどの年でもねえだよオラまだ19歳だで。」
「ウソ~~~~ッ!!」
どう見ても30歳過ぎにしか見えなかった。
「どうもオラたちの種族は他の種族の人から見ると老けて見えるらしいだな。」
「ドワッフ族ってみんなすごい筋肉しているのかしら?」
ゴンジは背こそ低いが、隆々たる筋肉はものすごい物があった。
「ああ、ドワッフ族は男はみんなオラ位の身長で身幅もこれくらいは普通だで。」
「女の人も背が低いの?」
「いんや女はみんなでけえだ。」
「あたし位?」
「そんだな、それぐれえだで、でけえだけじゃねえだ体中の筋肉も太くてオラ達男よりも力が強いだ。」
かかあ殿下そのものの種族だな。
「んだでオラ達の村では女は稼いで男は育児をするだ。」
「え?だってお乳はどうするの?」
「元々ドワッフ族の女は乳の出が悪いだ、何しろ胸の膨らみは筋肉で出来とるだからな。」
「げげげっ!なにそれ?嘘~っ。」
いやいや、やめようよそんな話まるで悪夢じゃない。
「嘘じゃねえだぞ。何しろ鍛える為に胸の筋肉で鉄球のお手玉をするだから。」
「あはあははぁぁ……冗談みたい。」
「だから子供はヤギの乳で育つだ。男は子供を育てながら畑を耕したり鍛冶を行なったりするだ。女はもっと稼げる仕事をしに出かけるで。」
そんだけ女が強けりゃそうなるのかな?逆ハーレムだな。
「もともと三助はドワッフ族の習慣だで、あっちにも温泉が有ってなそこでは女たちの世話を男がしてただ。」
「ワシがこっちに働きに来てその話をサツキ様にしたらやってみようという事になっただ。そしたらそれが評判になってな、ほかの旅館でも同じことを始めただ。」
「ふ~ん元祖って訳か。」
「腕ぇ持つと痛いだか?」
「うん、結構響く。」
「そうだか?じゃそっと持ち上げるでな。」
エマに限らず他人に背中を流される経験は幼小時を除けば無いのが普通である。
ゴンジは腕を持ち上げると脇の下をゴシゴシと擦るがつい腕に力を入れて引き戻そうとする。
「痛くねえだか?そっとやるだで痛かったら言ってくんろ。」
「背中を流すだでお湯をかけるぞ。」
ゴンジはエマの背中にお湯を流してシャボンを流す。
「ドワッフの村でも温泉は出るだから行ったら入るとええだ。」
「うん、そうしてみるわ。」
「前の方は自分で洗うとええだ、さすがにオラに流されたら恥ずかしいべ。」
「ゴンジさん今度は背中のマッサージお願いするわ。」
先ほどのおばさんがゴンジに声を掛けた。
「ええですだよ。」
「浴室の一角にあった人が寝れるくらいの木の台の上にゴンジは布をかぶせる。」
先ほどのおばさんがお湯から上がると台の上にうつぶせになる。
ゴンジは体の上に布をかぶせるとその上からマッサージを始める。
「ああ~っ、いいね~っ、こうやって体を揉まれていると寿命が十年は伸びるね~っ。」
「お、体洗い終えただか?すまね、ちょっとお湯さ流してくっから。」
「あいよ~っ。」
おばさんが眠そうな声を上げる。
「ほれ、きれいになっただ。お湯さ入ってまたゆっくりあったまるだ、ほれ手え貸すから。」
「ありがとう。」
すぐにおばさんの所に行ってマッサージを再開する。
考えてみればこの暑さの中でのマッサージは結構大変なんだろうな。
「ゴンジさんは奥さんはドワッフ族じゃないの?」
「ゴンジさんはまだ独身だよ、なんでも好きな人がいるらしいよ。」
「やめるだよ、奥さん。」
ゴンジは苦笑いをする。
「あら、ごめんなさい。ほら若い男の人がいるとついそんな事が気になってね。」
「外に着替えを置いておくだからそれに着替えて来るだ。もし歩くのが辛かったらどなるだ。オラが手伝いに来てやるでな。」
ゴンジはそのまま隣の部屋に入って行った。
「ゴンジちゃんはね、どうもドワッフ族の女の人が苦手みたいなの。」
ゴンジが出ていくとおばちゃんがひそひそ話を始める。
おばちゃんがこういう話好きなのはどこも変わんないなー。
「聞くところによるとドワッフ族の愛情表現はかなり過激らしいのよ。」
「過激って?」
「すごい暴力的なのよ。」
「殴るとか、蹴るとか?」
「そう、だけどドワッフ族の男の人ってあの体でしょ。何されても平気で耐えちゃうらしいのよ。」
いや~っドワッフ族の風習ってすごいみたいだな。
「ただそれに耐えきれない人は外に出てきてお嫁さんを探すみたい。」
「じゃ、ゴンジさんも?」
「ピクシー族の人が好きみたいよ。」
のんびりと風呂に浸かって出てくると脱衣所に着替えが置いてあった。
前で閉じる形の一枚の薄い服で上から羽織る物も一緒に入っていた。
着替えをして風呂から出てくると何故かシドラが床の雑巾がけをしていた。
「……あんた何やっているの?」
「はい、床を磨いています。」シドラは頭を上げて答える。
「いや、そこじゃなくて何であなたが旅館の床を磨いているの?」
「はい、これには一言では言えないくらい深~くて複雑な理由が有ります。」
ウィザーは住民の尊敬を集めてはいるが実は奇行も多い。
おしなべて善良ではあるが時折理解不能な行動を取る。
ただウィザーの持つ戒律とやらで彼らは人間同士の行為には介入しないというのがある。
つまりウィザーが人間の下で働くなんて事はありえないことであり、エマにしてもこんな事は見たことも聞いたことも無かった。
「そう?それじゃ頑張ってね。」
そのままエマは足を引きずりながら部屋に戻っていった。
なぜかエマ後ろのほうから暗黒領域の気配が濃く漂ってきた。
背筋に寒い物を感じ、ぶるっと震えて部屋に戻って行った。
部屋に戻ると女中さんが床を敷き直していた。
「おかえりなさいませ。お風呂はいかがでしたか?」
両手を付く丁寧な挨拶にエマは少しとまどった。
エマの村ではこんな旅館に泊まることなど無かったし父親と泊まった宿ではこんな挨拶など無縁のものだったからだ。
「は、はい。すごく広くてこんなお風呂は初めてでした。」
エマたちの村では風呂などには入らない。せいぜい大きな桶にお湯を沸かして中で体を洗う位であった。
「それは良うございました。はじめまして私はこの旅館の女将のツバキと申します。」
「あ、はい、私はフェブリナ・ドームのエマと言います。」
「エマさんでいらっしゃいますか。ウィザーさんと旅をするなんて変わった事をしておりますなあ。」
「あはは、ギルドが推薦してくれたものですから。」
「えらい怪我をなさって大変でしたなあ。治るまでゆっくりとご逗留して下さいませ。」
「は、はい。ありがとうございます。」
とは言ってもなあ、あの薬草が売れない事にはそんなに長居は出来ないけど。
「娘のサツキの方からうかがっておりますがお連れのウィザーさんがぜひエマさんと一緒にいたいので、エマさんがいる間は宿で下男の仕事をしたいとおっしゃっている様です。変わったウィザーさんでらっしゃいますな~。」
あはああっ…ものすごく変わったウィザーだとは思いますがね。
「サツキさんのお母さん?でいらっしゃるんですか?すごいお若いですね~。」
確かに着ているものはやや年齢を感じさせるがその容姿や皮膚の張りはサツキと変わることなく姉妹と言っても十分通る位であった。
ピクシー族恐るべし、これで胸が大きかったら無敵だな。
「やですわ~っ、お上手でいらっしゃいます事。」
「いえいえ、ホント、マジお若いです。」
つーかピクシー族だから子供にしか見えんわ。
「それじゃ、今度はサツキさんがこの次の女将さんになるんですね。」
「いや~っはあ、その前に誰かいい男と結婚してくれへんと、もう行き遅れでおりますさかいになあ。」
「いえいえ、サツキさんはまだまだこれからですよ。」
「いやいや、これはお客さんに益体もない愚痴をこぼしまして、申し訳ありません。」
「大丈夫、サツキさんすごく魅力的な人ですから。」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします。」
そう挨拶をして女将は部屋から出て行った。
アクセスいただいてありがとうございます。
かかあ天下のドワッフ族。
男は気立てが良くて優しい種族の様ですが、果たして?
ドワッフ族の本性が現れるまでもう少しお待ちください。 以下次号
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