三助さんは毛むくじゃらです。
一方エマはぬるめのお湯に浸かってすっかりくつろいでいた。
まだ時間が早いのか大きな浴場をにエマ一人が占領していた。
お湯に浮いた状態で力を抜くと痛みを感じることなく動くことが出来てすごく快適であった。
「あ~、すごく気持ちいいっ」
エマのドームではこのようにお湯に体を浸す習慣は無かった。
風呂屋も有ったがそれは蒸気を部屋にこもらせるサウナのような物であった。
サウナで汗を流しお湯で体を洗うのが普通である。
温泉のような物が無い限りそんなに大量のお湯を沸かすような不経済な真似が出来る訳が無かった。
そんな事をすればたちまちドーム中の薪がなくなってしまうからだ。
その時、誰かがお風呂に入ってくる音が聞こえる。
誰か別のお客が入って来たのかと思ってエマは気にすることなくお湯に浸かっていた。
「初めましでお客ざん、三助のゴンジと申しますだ。」
野太い男の声が背後から聞こえる。
エマが振り返るとそこにはは背の低いそれでいて体にものすごく筋肉の付いた男であった。
男はふんどしを絞めており、胸までしか無い着物を羽織っていた。
その為、体に腕と言わず足と言わず体中生えてるが濃い体毛が丸見えになっていた。
髭は綺麗に剃ってあったが、頭には強い癖のある太く黒い髪が生えていて頭から盛り上がる感じであった。
「お客ざんの入浴のお手伝いをずるよう言いづかって来ましただ。」
男はそう言ってニタッと笑うとエマの前に立った。
エマは思わず悲鳴を上げた。
「いまのはエマさんの声ではありませんか?」
旅館の外をうろついていたシドラはエマの悲鳴を聞きつけるとすぐに声の方へ走って行く。
旅館の裏手に着くと高窓から湯気が上がっているのが見える。
「この部屋のようですが中の様子が判りません。」
シドラが高窓を見上げて言った。
「きゅうっきゅいい~っ。」
カポンと言う音がして馬車の御者台の横から小さな楕円形のボールの様な物が飛び出す。
箱には硬いロープのようなものが付いておりそれに支えられてボールは蛇のようにうねうねと持ち上がった。
「おお、外部視覚ボールすなわちキューちゃんの目ですね。これを使えば中の様子がわかります。」
「きゅうう~っ。」
「視覚同調!」
シドラがそう叫ぶとシドラの視覚と馬車の視覚が同調しボールに付いているキューちゃんの目を通してシドラは物が見えるようになった。
「むむむむむむっ。」
キューちゃんの目はゆっくりと旅館の壁に沿って上がっていく。
壁に向いた視覚装置越しにシドラが見ている景色には壁がするすると下に下がっていくように見える。
「そうそう早く持ち上げて下さい。」
「きゅいっきゅいっ。」
馬車はするするとロープを伸ばし、やがて高窓の下までやってくる。
「おお、窓の下まで届きました。もう少しです。」
「きゅううっきゅいいい~っ。」
窓の下枠を超えて窓の中に入れる所までミーちゃんの目が伸びて風呂の中が伺える。
「よっしゃ!」
シドラは気合を入れた。
「エマさんはどこにいるのでしょう湯気で良く見えません。ミーちゃん赤外線照射を……。」
シドラがそう言った途端、いきなり視覚が引き戻され目の前に旅館の外壁が現れる。
「きゅ、キューちゃんどうしたんです。もう少しだったのに。」
「へええ~っ、ウィザーは覗きもするんだ~っ。」
幼く聞こえる少女の声にシドラは凍り付いた。
いま自分がどのような行動をしているのか初めて他人の視点で考える事が出来たのだ。
「し、しまった~っ、これではまるで覗きではないか~っ。」
自分のやっていることが覗き以外の何物でもないと言う認識の無い所がこの新米ウィザーの新米たるゆえんなのだろう。
とにかく自分の行動に全く自覚が無かった。
「ウィザーが女風呂を覗くなんて世も末だわね。」
自分の置かれている立場をあらためて認識したシドラの全身から冷や汗が噴き出す。
恐る恐る振り返るとサツキが馬車の上に乗っかり視覚装置のコードを持っていて、じっとシドラを睨みつけてくる。
サツキの後ろには先ほど玄関で対応したドワッフ族の男が腕を組んで睨んでいた。
シドラの顔が、絵画ムンクの「叫び」のように大きく歪んだ。
「い、いえいえいえ これは、覗きなどではありません。」
全身から汗を吹き出しながらシドラは答える。
「それじゃあこれはなんだって言うの?」
カズサは馬車の視覚装置を掴むとシドラの顔前に突きつける。
「きゅうううう~っっっっ!!!!」
キューちゃんが悲鳴のような声を上げ車体がガタガタ揺れる。
「エ、エマさんは私の保護下にあります。彼女の安全を確認するのは当然の責務であります。何より十分に手足を使えない状態で風呂に入るなど危険ではありませんか?」
シドラはそう言い切って胸を張る。
「エマさんの面倒はうちの三助さんが見ています。あなたに見ていただく必要はありません。」
サツキが上から目線でシドラを見下ろす。
「い、いやそれは……。」
「ウィザーが使い魔を使って女性のお風呂を覗き見するなんて、ギルドに知られたらウィザーの面目丸つぶれよね~っ。」
うんうんというように隣にいるドワーフの男も頷く。
「ひえええええぇぇぇぇぇぇ~っ。」
絶体絶命のピンチにシドラは何かに踏み潰された様な悲鳴を上げる。
「どーしよーかなーっ、ギルドに言いつけちゃおかな~っ?」
「すいません、おねだいします、まだ私新米ウィザーなもんで、唯々エマさんが心配だっただけです~っ。」(汗、汗、汗、汗)
お~お、必死だわ。
「そんなにエマさんが心配ならエマさんの近くにいさせてあげるわ。」
サツキはニカッと笑った。
「なんだい?なんだい?いったい何が起きたんだい?」
脱衣所から人族のおばちゃんが顔を出す。
「ああ、ダルデさん。どうやらこのお客さん三助を見るのがはじめてらしいんだべ。」
突然の風呂場に現れた不審な男にエマは胸を抱えて鼻までお湯に潜っていた。
「若い女の子じゃないか、だめだよゴンジさん子供を脅かしちゃ。」
「どうも……面目ねえですだ。」
ゴンジは頭をかいた。
「お嬢ちゃんこの人はね風呂に入るお客さんの髪を洗ったり背中を流してくれる人で三助って言う職業の人なんだよ。」
エマはまだ状況が理解出来ずに風呂の中で目を丸くして固まっていた。
「あたしも今入るからちょっと待っててね。」
そういうとおばちゃんは脱衣所の中に姿を消す。
「お客さん、そんなにいつまでも顔を湯につけてっど溺れちまうだよ。」
エマは鼻までお湯に浸かっていたことにようやく気が付いた。
「ばふっ!!はあっはあっ。」
慌てて顔を上げると大きく息をついた。
いかん、あまりのショックに我を忘れて溺れる所だった。
「おらがいると落ち着かねっべ、おらあっぢ行って湯加減みてっがら用があっだら呼んでぐれや。」
ゴンジは風呂場の奥にある扉を開けると中に入って行った。
「ほほほほ、男の人がいきなり入って来たんじゃ驚くわよね。」
先ほどのおばさんが風呂に入って来た。
体にザブザブとお湯をかけるとエマのいる浴槽に入って来た。
「ああ~っいいお湯だわ~っ。」
おばさんはお湯に入ると気持ちよさそうに体を伸ばす。
「家じゃこんな風にお湯に浸かるなんで出来ない物のねえ。」
「は、はい。」
「あなたまだ若いから三助さんなんかが入ってきたらびっくりしちゃうわよね。」
「す、すみません。いきなりだったもので驚いちゃって。」
おばさんの話ではけがや病気の人たちが湯治に訪れるのでその世話をする為に男の人がいたのが、そのうち入浴サービスをするようになったらしい。
「最初はびっくりするけどそのうち風呂桶位にしか感じなくなるわよ。」
「風呂桶……ですか?」
浴場の隅に桶が積み重なって置いてあった。
「三助さーん頭をお願いします。」
「へーい、今行きやす。」
先ほどの部屋から三助さんが出てきて風呂から上がったおばさんの頭を洗い始める。
「背中もお願いね。」
「へいっ。」
頭を流し終えると垢すりにシャボンを擦り付けて今度は背中を流し始める。
「へいっ、前の方はご自分でお願いいたしやす。」
背中を擦った垢すりを渡して前の方は自分で洗う。
体を洗い終わるとお湯をかけてシャボンを流してくれる。
最後に頭の水分を拭うと肩を揉み始める。
「いかがですか?」
「ああ~っ、いいわ~っ、すごく肩がほぐれる。」
最後にもう一回お湯を掛けると浴槽に戻ってきた。
「いいわよ~っ、あなたもやってもらいなさい。」
「い、いや……私は……。」
「ええだよ、無理しなぐども、すぐになれるだから。」
三助はニコッと笑う。最初は驚いたけれど笑うとすごくかわいい。
「いえ…お願い…します。」
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ドワッフ族(男)
成人身長140センチ前後、全身が太い筋肉に覆われている。
頭髪や髭が濃く多くの男たちは髭を伸ばしている場合が多く、体毛も非常に濃い。
頑丈で力も強くタフで有るが、性格は温厚で家族思いである。
見かけによらず器用なため物造りが得意である。
性格的に戦闘には向かない為、家にいて子供を育てながら仕事をしている。
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