旅の宿は幼女の誘い
橋を渡った後通路を進んでゆくと再び大きなドームの入り口が見えてくる。
ジョライ・ドームである。
ドームの入口にはやはり大きな街が出来ていた。
たくさんの馬車が行き来しており活気のある街である。
無論住んでいるのはピクシーばかりであり、建物も小さくまさしく小人の街のようであった。
たまに歩いている人族やウィザーはまさに小人の国の巨人の様である。
ただここは通商の要所となっているらしく人族専用の建物もそれなりに有り、隊商などが利用していた。
エマは宿屋のおかみさんの言っていた人族相手という事にようやく思い至った。
ピクシー族に合わせた旅館ではすべてが小さくで使いにくい事だろう。
昼食を取ろうとも考えたがまたシドラのお姫様抱っこも目立つのでやめにした。
シドラに屋台で売っているものを買ってきてもらって昼食はそれで済ます事にした。
水はシドラが自前で作ることが出来るそうなのでこういう時のシドラは便利であった。
街を過ぎると田園風景が広がり遠くに山々が見える。
山の中腹あたりでドームは終わっているがどうやらこの先は山の多い場所にドームが有るのかもしれない。
温泉はあの山のふもとらしいが周りはまだ田園風景である。
山から流れ込出る水が豊富に有るようで周りには小川や用水路が沢山流れていた。
エマは通路を通って来る間ずっと馬車の荷台で寝ていた。
たたまれた幌の上に寝かされているだけなので体は痛むが手足も痛くてうまく動けない、その上幌は埃臭い。
挙句の果てに体の痛みの半分は筋肉痛ときている。
「最低!」
「何かいいましたか?エマさん。」
御者台からシドラが振り返る。
キューちゃんは勝手に走るので御者は必要ないのだが、エマの手足の腫れもだいぶ引いてきたのでシドラもすることが無くなってしまった。
じっとにらめっこをしていても仕方が無いのでシドラは御者台に上がっていった。
「なんでもないわよ。それより目的の村はまだかしら。」
すっとドームの天井見つめてきた。今はそれしかやることが無い。
「日が暮れる前までには着くでしょう。」
周りの景色が少しづつ変化してきて木立が多くなり道の上り下りが増えてくる。
もはや行き来する人もピクシー族しかおらずその数すらもまばらでしかない。
道を行きかう馬車もたまにあるが荷馬車ではなく乗用馬車が意外に多い。
どうやら交通インフラはかなり発達している様子でよく見てみると街道も整備されている。
馬車に付いている文様を見てみるとエマのドームにも同じ文様の馬車が有った事を思い出す。
「ねえシドラ?あの馬車の文様はフェブリナ・ドームでも走っていたよね。」
「はい、そうですね。どうやら同じ商会の馬車の様ですが、それが何か?」
「結構手広く商売をしている商会が有ったんだなあと思って。」
「グラスドームで案内をもらい損ねましたのでジョライ・ドームの事はわかりませんが、ピクシー族に関しては前のドームの案内を読んだ時に記述がありました。」
「どんなふうに書いてあったの?」
「非常に勤勉で知恵が回り商売がうまいとありました。
エマさんの言われるように大きな運送商会を起こしてドーム間の運送を大々的に行っている様です。」
ドームの外の空がだんだん茜色に変化していくのをじっと見ていた。
「もうじきですよ。」
もうだいぶ日も暮れてきたが大きめの林が見えてきた。村は林の中にあるようだ。
木々の中を縫うように作られた道を進んでいくといくつもの家が見えてくる。
草で覆われた屋根に木の板で作られた外壁、家そのものは一つひとつがかなり大きく、廊下によって各々の建物が繋がっている家も有った。
周辺には畑も多かったが宿の周辺は大きな木がたくさん茂っている場所で、木陰の間に間に旅館の明かりが見えるようになってきた。
温泉が豊富に湧いて出ると言っていただけに村のあちこちから湯気が上がっている、確かにお湯は豊富なようである。
道を行き交う人や馬車も大分多くなってきてこの村が客で賑わっていることを伺わせる。
「エマさんクジョウ温泉街に着きましたよ。まだ手足は痛いですか?」
「うんだいぶ腫れは引いてきたみたいだけど、まだ自由には動かせないわ。」
エマは寝たまま答える、怪我をして以来シドラは甲斐甲斐しくエマの世話をしてくれた。
「シドラにはずいぶん世話になっちゃったわね。」
「お気になさらずに。これはこれで楽しい経験でしたから。」
「楽しくなんか無いわよ、体中痛いし。」
「人間は生きていますから、自分の体の性能以上の事を行えば必ず壊れます。壊れすぎれば命を失いますからね。今回はそうはならなかったことを幸運に思う事にしましょう。」
確かに3人もの人間と素手で戦えばこうなるのも当然だったろう。
むしろ骨折せずにこの程度で済んだことを感謝して反省をしなくてはならない。先は長いのだ。
「村の子どもたちと遊んでいるときは無敵だったんだけどな~。」
「子供の遊びと命のやりとりを一緒にしてはいけません。人は本気になると意外な力を出しますし、人間の体は結構丈夫なものなのですから。」
人間の頭は頭蓋骨が有り脳を保護している。
人の顔を殴ると言う事は、同じ大きさの丸太を殴るようなもので有る。
その頭を思いっきり殴ったり蹴ったりしたのだから確かにエマも無事で済む筈がない。
「このクジョウ温泉も温泉の効能には怪我の治療に良いと書いて有ります。
ぬるい湯でゆっくり体を温めると怪我の治りが早いそうで、周囲のドームからの来客も多く湯治によく使われるそうです。」
「うう~っ、しばらく足止めか~っ。」
「ちゃんと直して置かないとこの先旅は続けられませんよ。」
「まだ旅は始まったばかりなのに先が思いやられるわ。」
元々あまり家から持ちだしてきた金は多くない。
隊商に小間使いとして雇ってもらいながら旅を続けるつもりだったからだ。
そのうち運が良ければ父親とも会えるかも知れなかった。
無論会えなくともエマには薬草の知識があるので旅を続けていく程度の稼ぎを作り出す自信は有った。
どういうわけかウィザーギルドがエマの支援をしてくれることになったが宿代まで出してくれる訳ではない。
逆に隊商に雇われている訳では無いので宿代は全部持ち出しなのだ。
「体を直したら早速稼がなくちゃ……。」
やがて宿屋が集まる一帯に入ってくる。
温泉街とは言ってもここはピクシードームではかなり大きいようで、道の両側にはいくつもの宿屋が建っており宿の前で呼子が客を呼び込んでいるのが見える。
「いらっしゃいませ~っ。」
「長期の湯治にどうぞ~。」
「お泊りはこちらへ~っ。」
可愛い顔をした少女のような娘が客を呼び込んでいる、ピクシー族の衣装なのか前で合わせる服を帯で縛っている。
ピクシー族は体が小さいだけではなく容姿も全体に幼く見える。
成人してもエマの10才頃の身長しか無く、幼い容姿と相まって本当におとぎの国に迷い混んだような錯覚を覚える。
所々にピクシー族と同じ位の身長でありながら異常に体の幅の広い男が混じって力仕事をしている。
「あの人達もピクシー族なの?」
「いいえ、あれがドワッフ族です。ドームが近いのでピクシー族とドワーフ族の交流は多いようですよ。」
「ふ~ん、そうなんだ。」
エマたちのドームにはあまり他の種族が来ることは無かったので異なる種族が一緒に暮らすという経験は無かった。
それはエマのドームが交易の主要通路からは外れていた事によるものであったがエマには知る由もなかった。
ただ大きな事件も少なく穏やかな日々が当たり前に思っていた。
「あの旅館で教えて貰った宿は判る?」
「もちろんです。シドラにお任せください。」
しばらくしてシドラは可愛い女の子が客引きをしている宿屋の前で馬車を止める。