シドラが奮闘します。
「痛みはまだ有りますか?」
「いいえ、ただ少し冷えすぎて痛いくらいよ。」
「それじゃあ少し布を挟んで冷やしましょう。冷やしすぎると今度は体が冷えて来ますからね。」
そのまま進んでいると草原が終わり町に着いた。
町はそれなりの大きさが有った。
荷台の中から見ていると周り中子供達が歩いている様に見えるが所々に大人が歩いている。
いやピクシー族なのだから歩いているのは多分みんな大人なんだろう。
普通の大人も歩いているがあれは出稼ぎにきた人族なのか?
たまにピクシー族より少し背の高いやたらに筋肉の付いた男も混じっている。あれは人族の小人なんだろうか?
「あれはドワッフ族の様ですね。背が低いのですが非常に筋力の強い種族らしいです。」
曖昧な言い方をする、アンチョコには書いていなかったな。
町はやや騒がしくてざわざわしていた。自警団の追加人員を集めて用意をしているみたいだ。
「砦での戦争が起きるのかな?」
「わかりませんがそうなるかもしれません。戦争にならなくてもあの砦の人達はもうこの町に出入り出来なくなるでしょうね。」
エマ達はそのまま街を通り過ぎる事にした。
いくら何でもこの喧騒の中に当の本人が顔を出すのもはばかられた。
そのまま通路に入ると陽もとっぷりと暮れてきた。
「まだ痛みますか?」
「だいぶ楽になって来たわ。」
「通路の中間地点まではもう少しかかります。そこで宿が取れるでしょう。」
少し家の密度が濃くなってきたと思ったら宿屋の目印が見える。
「宿屋が有るようですね。」
「それよりお腹が空いたよ。」
エマはさっきからおなかが鳴って仕方がなかった。考えてみれば昼飯を食べそこなっていたのだ。
「あれだけ暴れたんですからお腹もすくでしょうね。」
空もだいぶ暗くなってきた、シドラは宿屋の看板の有る建物の前で止まる。正面が食堂にもなっている宿だった。
シドラが先に降りて宿と話しをしてきた。
ピクシー族のおかみさんが出てきて話をすると先に食事をしてから部屋に行くことになった。
シドラはエマを抱きかかえると食堂に運んでくれる。
食堂は結構賑わっていた。すでにあちこちで酒を飲んでいる連中もいる。
この近所の人たちだろう、ほとんどがピクシー族だ。
ウィザーに抱き抱えられて入ってきたエマを見てみんな好奇の眼差しを送る。
やはり普段とは違う行動を取るものは注目されるようだ。
その中に何組か人族の男たちの集団もいた。
すぐにおかみさんがシチューとパンを持ってきてくれた。
「部屋は3番目だよ。今夜は一人で寝るのかい?」
「いえ、今夜は私が付き添いをします。」
「その方がいいだろうね。何しろうちには結構な狼がたむろしているからね。」
そう言われて何人かの客は横を向く。
おまえらな~っ。
確かにまともに動けない体で一人で寝るのも怖いけど。コイツと一晩過ごすのもな~っ。
まあウィザー以上に安全な奴もいないとは思うが。
「食べられますか?」
シドラに聞かれてスプーンを取ろうとするが手がうまく動かない。手に力が入らないのだ。
「それでは私が食べさせて差し上げましょう。」
シドラがスプーンを取ろうとする。
「やめてよ。こんな所で恥ずかしいじゃない。」
冗談じゃない。こんな衆目の中でウィザーに食べさせてもらったらなんて思われるかわかったものじゃない。
「大丈夫ゆっくり食べれば何とかなるから。」
エマは両手を使ってスプーンを持って何とかシチューを口に運ぶ。」
ん、おいしい!お腹がすいてるときに食べるシチューは涙が出そうなほどおいしかった。
「なぜかシドラがじっとあたしが食べる所を見ている。」
さすがにパンまではちぎれないのでシドラにちぎってもらう。
ううっ、早く食べて部屋に行こう。でもこのシチュー結構美味しい。
そう思った途端シドラが軽く顔を傾ける。
仮面で表情が見えないが、やっぱりコイツ人の心を読むのか?
「おお、ねえちゃん達ずいぶんひどい怪我をしているみたいじゃないかだいじょうぶかい?」
少し酔っ払った男が声をかけてくる。人族でかなり大柄で髭面の男だ。
「酔っぱらいが、その娘に手を出すんじゃないよ。」
おかみさんが店の奥から声をかける。
「おいおい、せっかく心配してやっているんだぜ。どうだい今夜はオレが看病してやっからよ。」
「いいえ結構です。この方の看病は私がいたしますのであなたの手を煩わす必要はありません。」
シドラが男の方を振り向きもせずに答える。
「そっか?しかしねーちゃんはどう思っているのかな?こんなウィザーよりオレのほうが優しくしてやるぜ。」
「あんたのヒゲを剃って風呂に入った後お腹まわりを半分に減らせば考えるかもしれないわね。」
エマがうるさそうに男に突っかかる。
怪我のせいで多少イライラしているのかも知れなかった。
「おい、やめとけよ。」
一緒のテーブルで酒を飲んでいた男が声をかける。
「まあまてよ、もう少しで口説いてみせっっからよ。」
鏡を見てから物を言えとエマは思ったがエマが口を開く前にシドラが口を開いた。
「この方はあなたの容姿だけではなくその臭い口や何ヶ月も風呂に入らない匂いが気に入らないと申し上げているのですよ。」
おお、珍しくシドラがまともな事を言うじゃないか、見直したぞ。
「怪我をした女性にもう少しやさしく接する事の出来ないあなたは、女性を口説く前に馬小屋のロバを先に口説いてからいらっしゃいと申しております。」
いや、あたしゃそこまでは言ってないわよ、思ってたけど。
シドラに挑発された男は額にメキメキと青筋を立てた。
「てめえウィザーのくせに偉そうに言いやがって。」
男がいきなりシドラに殴りかかるがシドラは座ったまま男の手首を掴む。
手首を締めあげられているのか男が悲鳴を上げる。
「て、て、て。」
「店で暴れるんじゃないよ。」
それを見ていたおかみさんが怒鳴る。
「はい、わかりました。」
シドラはそう言うと男の手をはなしベルトを掴むと片手で男を頭の上まで持ち上げた。
それを見た店の客達はガタガタと音を立ててテーブルから立ち上がり距離を取る。
「て、てめえっはなせっ、はなしやがれ。」
男は空中でジタバタ暴れるがシドラの腕はびくともしない。
エマも店内の客も呆気に取られてその様子を見ている。相手はシドラの倍も有るような大男なのだ。
「この御方はどのようにしたらよろしいのでしょうか?」
シドラがおかみさんに尋ねる。
「外にある川にでも放り込んでおきな。少しは酔が覚めるだろう。」
「分かりました。」
そう言ってシドラは男を持ち上げたまま立ち上がると外に出て行った。
「やめろ~っ、やめてくれ~っ。」
男の声がしばらく聞こえていたがドボンと言う音とともに静かになった。
男と一緒にいた連れがふたりを追って外にかけだして行く。
「おい早く上がれ。」
「バカだな~っ。ウィザーに喧嘩を売る奴があるか?」
そんな声が外から聞こえてきた。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。」シドラが戻ってくるとそう言って頭を下げた。
「構わないよ。あいつは酒癖が悪くてね酒が入ると自分はすごく女にもてると思う癖が有るんだ。良い薬さ。」
「それではおかみさん部屋に行きたいと思いますが包帯の換えはおいてありますでしょうか。」
「はいよ。」
棚の中から包帯を出すとシドラの前に置いた。
「付けとくよ。」
「ありがとうございます。それではおやすみなさい。」
シドラは一晩中エマに付き添ってくれた。一晩過ごすと腫れは引いたが痛みはまだ無くならなかった。
「骨折は無いようですが健をかなり痛めているようです。しばらくは痛みが残りますね。」
シドラの見立てにエマも頷く、一応エマも薬師なのだ。
「腫れが引いたらしばらく温泉にでも浸かるといい。」
そう言って宿のおかみさんは隣のドームに有る宿を紹介してくれた。
人族相手の旅館をやっているらしい、なんでも怪我の治療に良い温泉なので外のドームからも多くの人が訪れる宿だそうである。
気立ての良い娘がいると言っていた。
次の朝エマは馬車で寝たまま宿を出発した。
通路の途中で見つけた熱さまし用の薬草をシドラに取って来てもらいそれを手足に巻きつけてもらった。
そのまま次の町まで荷台で寝たまま過ごしていた。
アクセスいただいてありがとうございます。
今回は珍しくシドラが行動を起こしました。
ただのアホにも見えますが実力はそれなりの様です。
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