エマの最低の日。
「はあっ、はあっ、きつかった~っ。」
エマその場にへたり込んだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、アイツら思った以上にしぶとい。一発で片が付くと思っていたのに。」
「人間を甘く見ては行けません。想像以上にしぶとい生き物ですから。」
「はあっはあっ、これ以上動けない、アイツら逃げてくれて助かった。」
「むこうもそう思っていますよ。さあ、荷台に乗っかって下さい。出発しますよ。」
しかし手足が痛くて立つこともままならなかった。
「ふえええぇぇぇ~ん、痛いよ~っ。」
「3人もの男を素手でノシたのですから手足を痛めるのは当たり前です。すぐに冷やさないといけません。馬車に乗ってください。」
すぐにキューちゃんが寄ってきて目を延ばしてエマの様子を見る。
「きゅううう~っ」心配そうな声が聞こえる。
うん、キューちゃんはいい子だ。
シドラは馬車に飛び乗ると何かゴソゴソとやっていた。
「用意が出来ました。乗ってください。」
いきなりシドラはエマの体に手を回すと軽々とエマを抱き上げ、そのまま馬車に飛び上がる。
ウィザーの怪力はよく知られたことであったが抱かれながらエマは全く衝撃を感じなかった。
エマに負担がかからないように力を加減したに違いない。
外見と言う意味では現代日本に連れてくればまさしく怪しい人と言う風体のウィザーだが、ドーム教の教えでは彼らはドームの下僕と言う位置付けなので多くの人びとからは敬意を持って接せられている。
シドラは馬車の隅にたたんであった幌を広げていたらしい。エマをそこに横たえると靴を脱がせた。
「どうなってる?」
「痛いですか?」
シドラがそっと足を押さえると激痛が走りエマは悲鳴を上げる。
「あたたたたっ。」
「真っ赤になっていますよ。すぐに冷やさなくちゃなりません。」
手を見ると手の甲も赤くなって来ていた。
「ああ~っ、ついてない。なんだってこんな事になったんだろう。」
ガポン!
「全部自分で撒いた種だと思いますが。」
うう~っ、反論できない自分が情けない。
ポトポトポト……。
「手足を伸ばしていて下さい。」
冷たいものが腫れた手足に乗せられる。
「ひいいい~っ。」
「我慢して下さい。すぐに痛くなくなります。」
シドラの言うとおり冷やされた手足はすぐに感覚が無くなる。
「こうやって冷やしたままあなたを宿まで運びます、行きますよキューちゃん。」
「きゅいっきゅいい~っ。」
シドラに促されてキューちゃんが動き始める。
「骨は折れてないかしら?」
「まだ判りません。これから腫れてきますから腫れが引くまで骨の状態の確認は出来ませんね。」
「ねえシドラは魔法使いなんでしょう?魔法で簡単に治療できないの?」
「そんな便利な魔法は存在しません。」
「だってウィザーは病気にならないし怪我をしてもすぐに治るじゃない。死んでも生き返るって言うし。」
「それは私がウィザーだからです。ウィザーでないあなた方の体はそんなに簡単に治せません。」
「なに?それじゃアタシがどんな怪我をしても治せる自信が有るから3人組と喧嘩させたんじゃないの?」
「あの3人組なら素手で戦っても死なない程度にエマさんが丈夫であると見込まれたからです。」
なにそれ、ひどいんじゃない?
「大体女の子が以前に会ったことが有るとはいえ大の男3人相手に喧嘩をしますか?」
「いや、だって……前に喧嘩したときは大したこと無かったんだもの。」
「普通に考えれば男は女より力が強い。それが3人ですから普通は戦おうなどとは考えない物です。」
「いや……それが……なんでか『勝てる!!』って天の啓示みたいなものが……。」
「天の啓示?今までもそんな事が有ったのですか?」
「あったよ、そもそも旅に出ようって思ったのも夢で啓示のような物が有ったからだよ。」
「ふうむ、しかし夢の啓示と自己願望は表裏一体の物ですから?」
「なにを難しい言葉を使って訳の分からない事を言ってるのよ。」
「いやいやいや、要するに自分の希望を誰かのお告げだと勘違いした馬鹿と、本物の神様からお告げを受けた人は外から見たら区別がつかないという事ですよ。」
「なによ、要するに私は向こう見ずな自惚れ屋って言ってるんじゃないの。」
「早い話がそういう事です。あなた自身私の援護を当てにしていたでしょう。」
「うぐっ……。」
「その結果がこの腫れた手足です。正直言ってあそこまで出来るとは思ってもいませんでしたが、結果はこの通りです。」
「まあ、ちょっとやりすぎたのかもしれないけど。」
「受けた損傷を直す方法は有ります。しかし死んだ人間を生き返らす事は誰にも出来ないことです。ですからあなたは決して死んではならないのです。」
「でも人間は必ず死ぬよ。」
「寿命が来れば必ず死にます。これは天地万物の哲理ですから、それまで死なずに生きる事こそ重要なのです。」
要するに人間は死ぬまで頑張って生きろ。無駄に死んではならないいう事なのだろう。
「無意味な危険を冒して自らを損傷してはならないという事です。ずるく、したたかに、頭を使って生き抜く事こそ肝心な事だと言うのがウィザーの信念ですから。」
なんつー信念だ。
「ウィザーもやっぱり死ぬ事があるの?」
「もちろんです。あなたがたより多少は長生きしますがいずれは必ず死にます。」
エマはため息を付いた。
ウィザーの魔法も決して万能では無いと言っているのだ。
これまでエマはウィザーは神に認められた人間が何らかの理由でウィザーになると思っていた。
ドーム教の教えも似たような説話を唱えており、ウィザーになることを目指してドーム教の教えを真摯に守っている宗徒もいる。
しかしエマにしてみれば一年中あのむさ苦しい格好で仮面を付けた生活などしたくもなかったし、人々と一緒に食事もしたかった。
「シドラ、喉が渇いたわ。」
「おお、これは気が付きませんで、少し熱も有りますね。それではこれをどうぞ。」
シドラはコポコポと音を立てて水筒から水をコップにつぐ。
シドラがエマの上体を起こして口にコップを押し付けてきた。
エマは中の水を飲み込む。カラカラに乾いていた喉に冷たい水が心地よかった。
いや異様に冷たすぎる。最後に何かが口に入り慌てて吐き出す。
「どうしました、大丈夫ですか?」
むせているエマの背中をさすりながらシドラが聞いた。
「シ、シドラこれ氷じゃないの。」
「はい、そうです。手足を冷やすのに使っていますから。」
シドラは氷水のは言った袋を掲げて見せた。
「氷?何でこんな所に氷が有るの?」
「もちろん、魔法で作りましたから。」
「そんな事出来るの?」
「当然です。魔法使いですから。」
シドラは胸を張ってバケツを持って後ろに掲げた、ガポンと言う音を立ててバケツの中で氷がはじけた。
エマの前に持って来て見せたバケツの中には砕けた氷が入っていた。
「なんか今、上から降って来なかった?」
「もちろんです。空気中の水分を集めて作りましたから。」
「それじゃあさっきのような奴を氷詰めにするとか出来たんじゃない?」
「いいえ~っ、私の魔法は身を守る為と人々の役に立てる為の魔法ですから、人を傷つける為には使いません。」
なに胸張って言っているんだろう?
なんか思いっきり威張られているように見えるのは私の気のせいか?
要するに人を傷つけられない、役に立たない魔法と言っているようなものだろう。
まあ余程のバカでない限りウィザーに喧嘩を売る奴もいないだろうが。
エマは疲労困憊して荷台で寝ていたが、手足が冷えすぎて痛くなって来た。
「し、シドラ?」
「シッ。」
起きて見るとシドラの馬車は背の高い草むらの中にいた。
少し離れた道をたくさんの馬と馬車が駆け抜けていくのがみえた。馬車に乗っている人達は手に手に得物を持っている。
「あれは?」
「街の自警団の様ですね。先程の二人の馬車も一緒でしたから途中で出会ったんでしょう。」
「うまく逃げられたんだ、良かったわ。」
自警団が通り過ぎるまで二人は隠れていた。
「ね、シドラなんでアタシ達が隠れなくちゃいけないの?」
「私はウィザーですからね、今回の事件に係わっていることが公になると戒律等の関係で非常にまずいことになりかねませんので。」
「そっかー、ごめんねシドラ。」
「ですから今夜は街を通り過ぎてその先の通路の中間に有る宿を目指します。」
「仕方ないわね。アタシも余計なことに首を突っ込み過ぎたから。」
エマは寝ながら空を見てつぶやいた。
「だけどいったい誰があの砦の人たちを眠らせたのかしら。」
「きっとそのうちわかりますよ。」
エマを寝かせたままシドラの馬車はゆっくりと街へ向かう。
アクセスいただいてありがとうございます。
自分だけは戦っても傷つかないと思うのは只の妄想です。
蛮勇は勇気ではなくただ状況を読めないだけです。
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