ピクシー族の幼女はおねーさんでした。
翌朝エマ達はドームの中心部に向かって進んでいた。
背の高い草が一面に生えており、あちこちで牛飼いや羊飼いが動物を放牧して草を食べさせている。
ドームの柱の根元には結構大きな池が出来ていて獣が群がっている。
「このグラスドームには3本の通路が通じています。我々が通って来たのがアイン、これから行くのがツアイ、両方共ドーム出口の位置に街が出来ています。」
シドラはアンチョコで覚えた知識でこのドームの事をえらそうに講釈をしている。
アインの街はフェブリナ・ドームからの入植者で作られた町で、ここはエマ達のようなヒト族が主体になって街を作っている。
一方ツアイの町はジョライ・ドームからの入植者で作られた町でピクシー族と呼ばれる種族が多く住んでいるそうだ。
「ピクシー族は子供のように小さい人たちの種族だってお父さんが言っていたわ。」
「はい、大人になっても子供のように小柄だそうです。」
「なんかおとぎ話に出てくる小人の世界みたいね。」
「エマさんのイメージがどのようなものかはわかりませんが、ピクシーの普通の家は人族には少々狭く感じられるようです。」
「子供みたいに小さいのに白髪のおじいさんとかがいるのかしら?」
「いいえ、種族的特性として、老化の方も少なくかなりの高齢まで若い姿をしているそうです。」
おお、永遠の若さかなんとうらやましい。
「若いと言っても意味が少し違っていまして、子供体形のまま年を重ねると言う事です。」
「それって死ぬまで子供のままでいるって事?」
「そうですね、したがって大人の女性のような起伏には乏しいようです。それ故に人族によるピクシー族の年齢の推定は難しいようですね。」
なんと、それなら私はここではグラマスな大人の じょ・せ・い と言うことなのか?
「ちなみにピクシー族の間では胸の小さな女性が美人だそうです。」
なんだコイツはあたしの心を読んだのか!
「外見的には子供に見えますが、知識や経験や育ち方は他の種族と全く同じですから中身は完全に大人ですよ。」
「でもそんなに体が小さかったら力仕事は大変ね。」
「力仕事が不向きな分だけ頭を使ってやる仕事が得意な様です。」
「ふーん体より頭か~。」
「このドームの入植はピクシー方が早かったらしく町の規模もそこそこ大きいようです。ツアイの町にはウィザーギルドもありますから。」
「住人はピクシー族ばかりなのかしら?
「いいえ、力仕事をするために人族の出稼ぎもそれなりの数がいるようですが、大半はピクシー族の様ですね。」
エマの進んでいる道は牧草の育ち具合に比べて放牧されている動物は少ない様だ、エマの周りを見渡す限り背の高い草が茂っている。
水が少ないのであまり大きな畑を作れない様であった、その割に雑草の勢いが強すぎようにも見える。
土地は豊かなのだろう、水さえ十分ならば良い農地になるのではないのかとエマは思った。
ドームの柱の根本には大きな池が出来ており水場を中心に集落が形成されている。
集落の近くには池の水を引き込んで畑も多く作られているようである。
川が無くてもドームの外に降る雨水が入ってきた水場が有る。
エマの住むドームも同様であるが柱の周りに出来る水場は川から離れた場所の灌漑にはすごく役に立っていたのである。
とはいえ、やはり川が無い分だけ大規模な畑は難しいようである、結局放牧による畜産という事の様である。
「私達のドームのより住んでいる人たちは少ないみたいね。」
「それだけに草を食べ尽すほどには家畜がいないのでしょう。」
「3本目の通路に町はないの?」
「ドラッタの通路に街は有りませんね。ジャデル・ドームの兵隊が砦を作っている様です。」
「砦を?何のために?」
「このドームに入植するためでしょう。このドームは水を引けば作物を育てられますから。」
ギルドの資料によれば3本の通路のうち一番高い位置に有るのがドラッタの通路だそうである。
その通路を使って川からの取水を行えばこの草だらけの乾いた土地も耕作可能な土地に変わる。
当然水上にあるジャデル・ドームはこのドームでの主導権を握ることができる訳である。
おそらくそのためにジャデル・ドームの領主はこの通路を占拠しているのであるらしい。
もっともエマにはそう言った政治的駆け引きなど理解できる筈もなかった。
◆
草原の中をトコトコ歩いていると向こうから3頭の馬に乗った人間が走ってくる。
まるで何かを追っているかのような走り方であった。
やがて目標とするものを見つけたのか馬に乗ったままその周りを囲んでいる。
「何やっているのかしら?草の中に何かいるみたい狐かしら。」
シドラは額に手をかざし遠くを見るようなしぐさをした。
「いえ、人間の様ですね、大きさからして子供の様です。」
「子供を?馬に乗った人間が追いかけまわしているの?」
エマは何か不穏な感じを受けた。
「キューちゃん、あいつらの所へ行って、全速力よ!」
「きゅっきゅきゅう~~っ。」
どこか嬉しそうな声を上げると機動馬車は急に速度を上げた。
「え?」
シドラは驚いたような声をあげる。
「いいわよキューちゃんもっと急いで!」
「ぎゅおんぎゅお~ん。」
エマの声を受けてさらにスピードを上げる。
「ちょ、ちょっと待ってキューちゃん。」
「ぎゅおおお~ん!」
シドラの制止にも拘わらずキューちゃんは全力で男たちの所に向かう。
エマ達が到着するとそこには10歳位の二人の少女が抱き合っていた。
男たちは馬に乗り少女の周りを回って威嚇しているように見える。
少女たち は抱き合いながらなんとか逃げようとしているようだが男たちは馬を操ってその行く手をふさぐ。
どうやら少女たちが疲れて動けなくなるのを待っている様だ。
「きゅううう~~~~っ。」
機動馬車は急ブレーキをかけて少女と馬との間に割り込んだ。
「アンタたち何やっているのよ!?」
エマは相手の男たちを睨みつけるが一人男がエマを威嚇するように前に出る。
3人とも同じ服を着ている、どうやら軍隊か何かのように思えた。
「なんだ?この小娘、邪魔をするな。」
「大の大人がこんな子供をいたぶってどうするつもりなのよ?」
エマは馬車の上に立ち上がると男たちに対して一歩も引かない姿勢を見せる。
「これは我々とその娘たちの問題だお前には関係ない、早々に立ち去れ。」
男がさらにエマを威嚇するがその時少女の一人が叫んだ。
「助けてください私たちはさらわれたんです。」
「ちっ!」
その声を聴いた男の一人が少女めがけて振り下ろそうと刀を抜いて振り上げる。
エマは慌てて少女をかばおうと馬車を飛び降りて少女達ちに抱き着く。
ところが男はエマごと少女たちを切り伏せようと躊躇なく刀を振り下ろした。
シドラはくるくるっと宙を舞うとエマの前に飛び降りて男の刀を掴んだ。
そのまま両手を上げてポーズを決める。
「アンタ何やってんの?」
「いえ、せっかく飛び出したのでポーズを決めようと思いまして。」
「ウィザーなぜ邪魔をする。これは人間同士のいさかいである。それに介入するのはウィザーの戒律に違反するのでは無いのか?」
「はい、あなた方とこの娘さん達のいさかいに介入するつもりはありません。」
「それならば引かれよ!」
さすがにこの男達もウィザー相手に狼藉はまずいと判断したのかシドラには強圧的には出ない。
しかしウィザーの戒律が人間同士のいさかいに介入しないという事は広く知れ渡っており、男たちは今回の行動を人間同士の問題であるとシドラの抗議しているのだ。
「この娘さん達は私とは関係ありません。しかしそこにいる女性は私の保護管轄下に有ります。彼女への攻撃を私は看過するつもりはありませんから。」
「むむっ!」
シドラに反論されて男はうめき声を上げる。どう対処したらいいのか必死で考えている様子だ。
いきなり剣を持ち変えると少女めがけて投げつけた。エマを傷付けずに少女を殺して証拠を隠滅する考えのようだ。
それを見たエマは少女を庇って体を入れ替えるが、シドラが手をかざすと剣が空中で真っ二つに折れた。
「う、ウィザーの魔法?」
男は驚いたような声を上げる。おそらくウィザーの攻撃魔法を見るのは初めてのようだ。
「これ以上この女性を攻撃すれば私の方から反撃しますよ。」
シドラはいかにも魔法を使うかのように両手を上にあげて大きく開く。
実際の所はまったく意味のないポーズではあるが威嚇としては十分な威力を発揮した。
「ちっ、引けっ!」
男達はそのまま馬を返すと引き上げて行った。
「いや~っ引き上げてくれて助かりました。もし彼らがエマさんを無視して彼女達を殺そうとしたらこれ以上の対処は難しい所でしたから。」
シドラは相変わらず本音を隠そうともしない、なんでコイツラは最強無双と呼ばれているんだ?
「アンタ達大丈夫?」
エマは庇っていた女の子たちを見ると二人とも10歳前後に見えた。ワンピースに裸足のままである。
「あ、ありがとうございました。」
「あいつらに何をされたの?」
「私達はツアイの町に住んでいたのですが薬草を取りに来てあいつらにさらわれたんです。」
彼女たちの話を総合するとどうやら男たちはドラッタの通路の根元に有る砦の兵士達で、これまでも町の女性たちが何人も浚われているらしかった。
ただ証拠が無く、何度か砦にも立ち入ったがそれらしい証拠も見つけられずにそのままになっていたらしい。
「アンタ達をさらってどうするつもりだったのかしら?」
「ああ、それはあれですね。愛玩奴隷として売り飛ばすつもりだったんですよ。」
シドラがあっさりと説明する。奴隷って、それ大問題だろう。
「はあ?愛玩用?こんな子供を?」
「お願いします、家に帰して下さい。私子供がいるんです。」
「私も婚約者が………。」
「へっ?ええええ~~~っ?」
なんでもこの二人21歳と19歳で2歳の子供がいるとか。
どう見ても10歳くらいにしか見えない二人だった。
そうか、そういえばピクシー族は大人になっても子供位の大きさにしかならないんだっけ。
「ですからその手の趣味の有る人間には大変珍重されている様です。」
なんでも西のマイリージャ公国では一部奴隷制度を認めている国らしい。
その本国に連れて行って彼女たちを売り飛ばすつもりだったのだろうという事である。
ジャデル・ドームはマイリージャの属国に当たるため、このドームの砦に来ている兵隊もマイリージャ軍の下部組織のような物らしい。
「それでピクシーの女性をさらってマイリージャに売りつけている訳か。」
「要するにグラス・ドームに赴任した兵士の小遣い稼ぎだと言う事なのでしょう。」
アクセスいただいてありがとうございます。
ピクシー族 別名小人族
成人身長は男女共130センチ前後、体形は死ぬまで幼体のままあまり変化がなく顔立ちも幼いまま。
寿命は普通の人間と変わらず、体力が無い分だけ工夫をして生き延びる、戦闘力は子供並み。
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