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骨壷の女  作者: 茶飲吾
4/4

お泊り

花子をおいて、一同帰路を進む。

残された者と交わされた約束。信頼の糸の先に望むものはあるのか。

彼女たちに不穏の影が迫る。


『お泊り』


兵は報酬を求める。

 花子に四谷教授の見張りを任せた百世たちは街の中を歩いていた。

 お絹は百世の背中にぴったりとくっついていた。そして興味深げに、妙に怯えながらキョロキョロと忙しく首を動かしていた。

 百世はそんなお絹を見て微笑ましく思っていたが、同時に哀れみを覚えた。

 なにせ彼女が生きていたのは三十年前。平成と昭和は共に現代に区分されるといえど、彼女の知る街並は大分変わってしまったはずだからだ。不安に違いない。


 しかし不安におののくことだけでは余りにももったいないではないか!

 せっかく現代に現れたのだ。自分の知らなかった未来の世界で楽しんでも罰は当たるまい。どうせいつかは過去も未来もあるような無いような常世へと帰るのだから。

 それは微力かもしれないが傷ついた彼女の慰めにもなるだろう。


 ねぇ、と百世は、なむに話しかけた。

「今日はなむの家に泊まっていい?」

「んー。いいと思うけど…。ちょっと待ってて」

 なむはポケットからスマートフォンを取り出して操作した。その様子をお絹は不思議そうに眺めている。

 なむがそれを耳に当てるとお絹は大げさなくらい驚いた。

「ええ!?もしかしてこれ電話なの?」

「ふふふ…そうなのよ!」

 なむが両親にコールしている様子を信じられなさそうにお絹は見ている。

「あ、もしもし。…うん、今帰るところ。それでね、今日百世ちゃん泊まってもいい?…うん。ありがとう。…はーい」

 スマートフォンを耳に当てながら空いた手で百世に向かって丸印を作った。

「大丈夫みたいね」

「本当に電話だった…」

 お絹はまさしく電話であることを見せ付けられて驚愕している。

「まぁ、驚くのも当然よね。お絹さんの頃はたしかコードレス電話が普及し始めたくらいだもの」

 お絹は百世の口ぶりに感心した様に言った。

「そうだったなー。若いのによく知ってるねー」

「それもこれで調べたのよ」

と、百世は自分のスマートフォンを取り出した。

「これでインターネット状にアップロードされている情報を検索エンジンにより抽出ができて信頼性はまぁまぁ自己判断が必要だけど大量の情報が…、あ」

 お絹ははてなマークをいっぱい浮かべたアホ面を晒していた。

「あー、うん。簡単に言うと百科事典が入っているような感じ」

「お、おー」

「さらにワープロもできる」

「はー」

「しかもカレンダーも入ってる」

「ほー」

「さらに写真も撮れる!」

「えー!」

 一通り驚いて呆然としたお絹は空を見上げてため息をついた。

「すごい時代になったものね…」

(この子表情豊かね…)

 お絹の仰天顔を堪能した百世はお絹の背中をポンっと叩いた。

「さ。なむのお家に行きましょう。もしかしたらこっちのほうが慣れてるかもね」


 そのなむの家に向かう途中のことだった。百世の鋭敏な感覚が建物同士の隙間に気配を感じとり、彼女はとっさに振り返った。

 それを見たなむが「どうしたの?」と言いながら同じ方向を見たが、その時にはもう気配は消えていた。

「百世ちゃん。何かいた?」

「…ううん。なんでもないわ」

 何事もなかったように平然と歩き始めた百世だったが、本当は見ていた。

 なむが振り向くまでのわずかな瞬間、確かにこちらを覗くなにがしかが居たことを。

 私たちは案外大きな拾い物をしたのかもしれない。

 この少女。いったいどんな過去を持っているのだろか。そして何が起こるというのだろうか。

 百世はう~ん、と大きく伸びをした。


(ああ、ワクワクしてきた!)



 お絹はなむの家を見て、たしかにしっくりくる光景だと納得した。

 なむの家は神社だった。古びた木造の社屋や緑の木々はいつの時代も普遍で懐かしい。

「んぎゃ!」

 突如鳥居をくぐろうとしたお絹は空中に顔をぶつけた。

「いったー!」

「なんで…?」

 なむも驚いている。

「あ、忘れてたわ。ちょっと待ってて」

 百世はなむに耳打ちをする。

 なむはよく分かっていないようだったが、お絹を指差して「お上がりなさい」と言った。

「さ、お絹さん。おいで」

 すると何事もなく鳥居をくぐることができた。

「ど、どういうこと」

 わけがわからず先ほどまで自分がへばりついていた壁を触るお絹。百世は鏡に戸惑う子犬を見るかのように楽しげだ。

「神社の敷地は聖域だから、花子やあなたみたいな不成仏霊は入れないものなの。そして家の結界は、その家の者が呼べば入れるものでもあるのよ」

「なるほど…。今はなむさんが呼んだから入れたと」

「そういうことね。幽霊はこういうルールに縛られることが多いから、その都度教えてあげるわね」

「はーい」

 すっかり百世は先生になった気分だった。


 神社の庭に立ったお絹は、精妙で爽やかな空気を全身で感じていた。

「すごい…。まるで世界が透き通っているみたい…」

 山の奥で湧き出でる清水の中にいるように思えるほど、澄み切った空気だった。むしろ澄み切りすぎて自分という未練がましい幽霊が水を汚す不純物のように感じられる。

「ここは結界がちゃんと機能しているから霊的磁場が清浄なのよね。法月家は良い仕事をしてるわ」

「えへへ…」

 家族が褒められたのがうれしいのか、ぼんやりで表情に乏しいなむも相好を崩して照れていた。

 家まで歩きながら百世はなむの家のことを説明した。なむは代々の神主の家系で、住まいが神社の敷地内にある。

 今は父と母との三人暮らしだが、人数の割りに広い家なので余った部屋を客室として使わせてもらえるという。


 贅沢な話しだなぁ、とお絹はなんだか悔しいような感情が湧いたのを感じた。

 これは嫉妬なのだろうか。いや、なにかお金にかかわる、もっと怖いなにかがあったような…。

 しかしそれを思い出すことはできなかった。


 さて、実際のなむの住まいは神社の離れであり、生垣や樹木で囲われた穏やかさと静寂を寄せて固めたような家だった。

「ただいまー」

 なむが玄関を開ける。中もまた品のよい生け花と水墨画がかけてあってまさに神主の家という風情が漂っている。

 奥からなむの母らしい女性がパタパタをスリッパを鳴らして現れた。

「なむ、おかえり。百世ちゃん、こんにちは。あら花子ちゃんはいないのね?それとあなたは…」

 お絹は驚いた。この人には幽霊が見えるらしい。なむの霊視能力も血筋なのかもしれない。

 お絹が名乗ると彼女はにこやかに微笑んだ。

「私はなむの母で久海ひさみと申します。なにか事情があったのね。大変だったでしょう」

「それが…実は記憶が無くって何が大変だったのかも分からないので…」

「あら。それじゃあ今が大変じゃない。百世ちゃん。このお姉さん、なんとかなりそうなの?」

 百世はこくりと頷いた。

「なんとかしてみせましょう」

「ふふ。さすが頼もしいわ~。うちは自由に使ってくれて構わないから。お絹さんもみんなを頼りなさいね。こう見えてみんなけっこうすごいから」

 なむの母は夕飯の支度があると言って奥へ戻っていった。「やさしそうなお母さんだね」とお絹が言うとみんなうんうんと同意した。

 でも、と百世が言う。「あれでけっこう凄いんだ。あの人」と話すその顔は苦笑いだ。不穏である。


 家族へのあいさつも終えて、いざ、なむの部屋へ乗り込む三人。

 彼女の部屋はいまどきの女の子らしい薄いピンクや白を基調とした家具や小物で飾られていた。

 特に目に付くのはクッションだ。部屋の角にクッション。ベッドの上にクッション。テーブルの周りにクッション。クッション、クッション、クッション…。

 いささか多すぎではないだろうか、とお絹は思った。

「なむは本当にクッション好きね。また増えた?」

「そうかな?」

「絶対そう」

 お絹は自分の感覚は間違っていなかったらしいと安堵した。現代常識を取り込みつつあると自負を強くするお絹をよそに、二人はテーブルを囲ってくつろぎ出した。

「今何時だっけ~?」

 クッションを抱いてテーブルに顔を突っ伏したまま百世が言う。なむが丁寧に「三時五分だよ」と答えた。

 突っ伏した顔を擦るようにぬるっと持ち上げられた百世の顔にはニヤニヤ笑いが浮かんでいた。

「ねぇ。実は考えてることがあるんだけど…ちょっと賭けてみない?」



 みんながなむの部屋でクッションにまみれながら寛いでいるだろうことを想像しつつ、花子はあまりに退屈な時間を過ごしていた。

 薄汚れ雑然としたおっさんの生活臭漂う小部屋に主のおっさん四谷と二人きり。

 四谷は花子のことが見えないから話すこともできないし、たとえ話せたとしても別に話したいとも思っていない。

 今はまだ正午を回って少し。四谷はいつ納骨堂の記録を調べるとも分からず、それは明日かも、来週かもしれない。

 夜には百世の元に一旦戻るとしても七、八時間の観察が必要なわけで、その間花子ができることはさして興味の無い専門書や論文をこっそり引き抜いて眺めることぐらいである。

 論文に十五分で飽きた花子は四谷が小説やへそくりや何か面白いものを隠してないか漁りまわることで時間の空虚を埋め合わせようと努めることにした。

 日も暮れて四谷の女性の趣味が少しキツい感じの美人人妻であることを発見した大人の書物から推察されたころ、ようやく四谷が動き出した。

 本棚のタグや本の背表紙を追って部屋中をうろうろしていたが、目当てのファイルが見つかったようで、机上の本を押しのけて広げたそれを眺め始めた。花子は堂々と四谷の横に並んで覗き見た。


 ファイルは狙い通り献体者たちの名簿だった。

 古びた名前の羅列を追うこと数十分。ついに”きぬ”の名前をみつけた。

 朝葉 絹。女性。生年月日1987年6月6日。献体提供2007年。提供親族の名前は朝葉あさば 政信まさのぶ。続柄は父。


 へぇ。あの子二十歳なんだ。

 高校生くらいだと見当していた花子は意外に思った。きっと童顔なのか、意識が退行して幼い姿になっているのかもしれない。

 霊体というのは自分の強い思い、意識レベルに合わせて姿を変えることがあるのだ。


 花子は部屋に落ちていた紙切れに机から拝借した四谷のペンで情報を書き写していく。

 あー!これから彼が調査するのをいったい何時間追えば良いのだろう!何もしないよりマシとはいえ、忍耐力が試されるこの仕事の先を思ってうんざりした。


 過酷な調査後、彼女は紙切れを持ってそっと職員室から抜けだした。

 すっかり日の暮れて星の輝きつつある夜空をフラフラと舞い上がった花子はなむの家の方角を睨み決意した。

 戻ったら欲しかったマンガ本をシリーズ全巻揃えさせてやると。



 久海を含めた四人は夕飯を食べた。久海はお絹におっとりとだが絶え間なく質問を浴びせかけてきたのでお絹は困った。

「絹って名前なの?なんだが私の生まれたころよりも前の名前みたいね。もしかしたら古い良家のお嬢さんだったりして」「あ、そう考えたらそんな雰囲気あるかもしれないわ。顔もかわいいし、言葉も丁寧だし育ちが良さそうだもの」「今いくつだとかも覚えてないの?」「見た感じ高校生か大学生くらいの印象だけど。服も着物じゃないから都会住まいなのかしら」「もしかしたらご家族は今もご健在かも知れないわねー」

「そ、そういえば花子さんは今ごろ何してるんでしょうね」

「あらそうね。百世ちゃん。花子ちゃんになにさせてるの?」

 久海の「どうしたの」ではなく「なにさせてる」と言うあたり百世のことを良く分かっている。

「花子には調べ物をしてもらっています。そろそろ一旦報告に戻ってくるころでしょう」

「今日ずっと?」

「お昼ごろから」

 久海はそれを受けて眉を寄せた。

「あの子も働き者だけど、たまには労ってあげてね。あんまりこき使うのは友達としても仲間としても良くないわ」

 久海の言葉には忠告の響きがあったが、百世はニコッと笑って答えた。

「分かってますよ。準備はしてます」


 夕食を終えて、またなむの部屋でくつろぐ三人。

 お絹はお茶を飲み雑談する二人をぼんやり見て、ようやく落ち着いたと思った。

 たぶんきっと、私の生前もこんな風にご飯を食べてのんびりした時間をとっていたのだろう。懐かしいような、ほっとするような気持ち。すごく久しぶりな気がする。

「ただいま」

 そんな私の頭の上から声がした。

 振り向くと壁からニュッ、と現れた顔が恨めしそうにこちらを見ていた。

「うわぁっ!?」

 それは花子だった。

「おかえりー」

「おかえり花子」

「ただいまー!もうホント退屈だったー!!」

「そうだったんだねー」

「絶対何か報酬がないとやってられないわー」

「そうだねー」

「花子、お疲れ様。なにか情報があったら教えて」

「やだ」

 空気が固まり、数秒の間が空いた。

「そんなにやだ?」

「いやだね」

 百世はうーんと唸った後小声で「やっぱり働かせすぎたか…」と漏らしていた。けっこうひどいやつだ。

「…あんたが気になってるって言ってた本、買ってあげようか?」

「…『OVER MASTER』シリーズと『のだかフォルテッシモ』シリーズ全巻」

「それは多すぎ。せめてどっちか一つ。五冊までならいい」

「なにそれ少なすぎ。せめて『OVER MASTER』全巻」

「まさか小説版じゃないでしょうね」

「もちろん小説版よ」

「それだと同じ冊数で倍以上値段違うじゃない…。『OVER MASTER』七巻までか『めだフォル』の半分。十四巻まで」

「やだ。『めだフォル』全巻。28巻。あと小説版三冊」

「…『めだフォル』全巻。小説版はなしで」

「…ま、いいわ。それで手を打ちましょう」

「じゃあ契約成立ね」

「おおおー。百世ちゃんすごーい。なんで分かったのー?」

 なむがペチペチと拍手したのを見て花子はわけが分からないようだった。

「なむは何を言ってるの?」

「ええ。実はですねぇ…」

 百世が机の下からドンと取り出したもの、それは分厚いマンガの束だった。背表紙には「のだかフォルテッシモ」と流れるような洒落た字体で書かれている。

「な…?」

「きっと欲しいだろうなー、と思って買ってきておいたのよ」

「ほんとに…?でも私が別のを頼んでたらどうするつもりだったのよ」

「私の予想が当たったわね☆」

 可愛い子ぶったポーズを決める百世。

「うれしいんだけど、手のひらで踊らされていたような複雑な気分だ…」

「ま、いいじゃないのよ。さ!みんなでお風呂はいりましょ!話はそれからそれから!」

「おまえ、報告はいいのかよ」

「情報を担保にしたってことは必要なものが手に入ったんでしょ?じゃあもう終わりじゃない。先に労ってあげるわ!」

「なんだかなぁ」

「あら。あなたのためにお風呂我慢してたんだからね?」

「な…そんなこと気にしなくてもよかったのに」

「馬鹿ねぇ…。できるなら三人で入りたいじゃないの」

「…百世」

「あれ?さっき『もう待ちくたびれたし入っちゃうかー』って言ってなかったっけ?百世ちゃん」

「なむ!余計なことを…」

「やっぱり」

「…あっはっは!三人ともほんとうに仲良しなんだね」

 お絹は気兼ねしない三人を見て噴出してしまった。

 気心の知れた仲でしかできない口さがない会話。

 いいな、とお絹はうらやましく思った。私もこんな風に話していた相手がいたような気がする。人生で何人会えるか分からない大切な人だ。

 もうその人と話すことはできないかもしれないけど、でも、早く思い出して会ってみたい。でもまずは…。

「花子さん。幽霊同士、背中流しましょうか」

「えええ。お絹まで」

「ほらほら、早く行くわよ」

「みんな~私もう眠い」

「はぁ~。しょうがないなぁー」

 結局四人でどやどやと風呂場に向かった。

 お絹は妙にわくわくしていた。新しくできた友達と一緒にお風呂。まだなんにも解決してないけど、ぜんぜん思い出してもないけど、死んでからそういうのを楽しんでも、きっと許されるよね?

安息。仲間と過ごす時間は安らぎに満ちていた。

少女たちは明日への力を蓄えて眠りにつく。

そして闇の幕が降り、人ならざる者の時間が始まる。


『お風呂』


彼女たちの過ごす夜は、長い。

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