女四人
死んだらどうなる。
そんな話。
『女四人』
闇の中に私はいた。ここはかび臭く、湿っぽく、静かだった。
ここにはいっぱい人が居た。みんな丸い部屋の壁沿いに並んで、そこにうずくまるようにじっとしていた。
泣いていたり、怒っていたり、呆けていたりするのはわかるのだが、姿はよく分からない。
そこにいて、なにかを訴えているようでいて、その姿ははっきりしない。蜃気楼のような人たち。
ある時正面の女性に耳を傾けた。するといきなり声が響く。訴えが胸の奥の方まで飛び込んでくる。
「なんで、なんでわたしばっかり。ひどい、ひどい…」
叫びに似た嗚咽が私の中を響き渡って心を揺らす。自分を見失ってしまいそうだった。
嫌だ。引かれた袖を振り切るように意識を背けると途端に声は聞こえなくなった。
ただ暗く冷たく苦しい後味だけが私に残された。
私はうずくまった。この震えが去っていくのを待った。
まったく光のない部屋のはずなのに、なぜ彼らが分かるのだろう。
なぜ彼らの心が痛いほど鮮明に伝わってくるのだろう。
なぜみんな苦しそうなのだろう。
私は自分の手を見る。そこには手があった。何度となく見つめ続けた自分の手だ。
体の感覚はある。手も足もある。
意識も有る。私はここにいる。
私は膝を抱いて座りこんだ。
ここはまるでお墓みたいだ。
焼かれた骨が小さな壺に詰められて、さらに墓石の蓋がされる。
ここはそう、蓋がされた墓場の中だ。
馬鹿だ、私。ふつう、そんなコトを考えるなんておかしいよ。
…でも、もし本当に死んだらどうなるんだろう。体が残ってないってどういうことだろう?死んだってどういう感じなんだろう?
考え始めて不安になる。体が強張る。
…私、本当はどっちなんだろう。
ここは光のない部屋。埃っぽくて、湿っていて、かび臭くて、凍えるほどに静かで…答えなんて返ってくるはずもなかった。
私はあれからずっと膝を抱いてぼんやりとしていた。
昔のことが浮かんできそうで浮かんでこない。なんで思い出せないんだろう。
思い出そうとすると胸が苦しい。まるで心に蓋がされているかのように。
そもそも私は思い出したいのだろうか?
考えれば考えるほど、膝を抱く力が強くなって体が強張っていく。
卵の殻のような、狭い場所に閉じ込められているかのような錯覚に陥って、またぼんやりとしてしまう。
それからさらにどれだけの時間が流れただろうか。
もう私には分からない。分かりたいとも思えなくなってきて―。
バアァン!!
「たのもー!!!」
けたたましい音とともに明かりのない部屋に大量の日光が差し込んできた。
な、何が起こったんだ…?
座ったまま飛び跳ねてしまうほど驚いて少し恥ずかしい。
眩しくて見えない光の方から大きな声が聞こえる。女の子の声だ。
「たのもー!!!うわっ蒸し暑!!?しかしカビくさいな!!どんな奴が出てもぶっ飛ばしてやる!!」
勢いはあるけど支離滅裂なことを口走っている…。
「百世ちゃん。なんか変だよ?テンションとか」
「いや、これでいいはずよ。なむちゃん。こういうのは勢いなのよ!」
「でもここの人たちみんなびっくりしてるよ」
「ふふん。なら狙いどおりね。私たちは除霊に来ているのだから、”絶対悪霊に負けねぇぜ!”って態度で臨まないと逆にやられちゃうわ」
除霊?悪霊?
「たしかにね。私だったら近づきたくもないわ」
もう一人声が増えた。これも女の子だ。
「幽霊のお墨付きなら安心ね。さぁいくわよ」
いろいろな情報が入ってきて混乱気味だった私を差し置いて彼女たちの気配が近づいてきた。
足音が近づいて来ているのは確かなのだが眩しいままだ。いやむしろ眩しさが強くなっていく。まるで懐中電灯を押し付けられているみたいだ。
「おー。随分いるねぇ」
「あれ?霊達が怯えてる。どうしたんだろ」
「そりゃあんたたちがいるからよ」
「ああ、そういうこと」
するとみるみるうちに光が弱まった。
ようやく目を開けることができるようになると目の前に三人の女の子が立っていた。
「じゃあ、やるわよ」
ずい、と癖っ毛で和服を着た女の子が一歩踏み出した。
そして誇らしげに人差し指を天に向けると叫んだ。
「みんな!私を見なさい!」
その声に部屋の中にいた人達の視線が一斉に集まる。
「そして私の声を聞きなさい!あなたたちはきっと今苦しんでおられるでしょう。つらい過去を思い出して胸を炒めておられるでしょう。しかしながら、あなた達はもう死んでいます!!」
私を含めたみんながあっけにとられていた。目の前の三人を除いて。
「そう!死んでいるのです!よく周りを見てください。ここはどこですか。分からなければ教えてさし上げましょう。なんと医療大学の納骨堂です。あなた達はもう亡くなり、体は骨になってそのすぐそばに並んでいる壺の中に収められているのです」
「思い出しませんか?自分のお葬式を。不思議ではありませんか?どれだけの長い時間をここで過ごして、何も食べずに平気なのかを。それは死んで魂だけになってしまっているからです」
「急に言われても戸惑ってしまうことでしょう。しかしこれが現実です!死後の世界はあるのです!死んでも意識は続くのです!」
この子は何を言っているのだ。みんなも戸惑っている。混乱して頭を抱えてしまった人もいる。
でも、確かにそうだ。私はもう数日以上は確実にここで過ごしている。そのはずなのにまったくお腹も空かず喉も乾いていない。
「さぁ!私の指の先を見なさい!!」
「この先に天国はあります。魂は”思い”そのもの!行こうと思うだけで行けるのです。ここにいても仕方ないのではありませんか。どうせこの世での思い出や出来事を消すことは出来ません」
「ならば!!旅立とうではありませんか!!こういう時には水先案内人がいるもの。たとえば先立った家族や友人のことを思い出してみてください」
みんな目を閉じたり手を合わせたりしはじめた。
すると彼女が指を指した方から光が降り注いでくる。そして光とともに人が降りてきた。
それは一人や二人ではない。何十人もの光りに包まれた人達が忽然と現れたのだ。
その光景に驚き涙を流したり駆け寄って抱き合ったりして大騒ぎになっている。
しかしうるさいとは感じない。むしろ体が温かくて心地よい。
私も真似をしてみるが、どうにも集中できない。
いや、ちがう。なんだろう。これは…苛立ち?
涙を流している人もいるというのに、なんなのだろうか。
「さあ皆さんが本来いるべき場所へ、縁ある人々の導きに従って、帰るのです!!」
その一言が言い放たれたのを皮切りにさっきまで泣いていたみんなの体が浮かび上がる。温かい光の中にみんなが吸い込まれていく。
そして降り注ぐ光が消えた時、最後には三人の女の子と私だけが残されていた。
結構ドロドロしてしまうかも。
連載がんばるぞい。