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94話 竜の末裔で吸血鬼の魔法使いは絶望する

「おじさま、遊びに来たわ!」



 唐突に部屋のドアが開け放たれた。

 ソファに座って読書をしていた男性は、ふと顔を上げる。

 視線の先にいたのは、黒い装飾過多な服装の、金髪の少女だ。



「ああ、君は――『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』ちゃんではないか。実際に顔を合わせるのは久しぶりだね」



 男性は読んでいた本に手製のしおりを挟み、テーブルの上においた。

 視力は両目とも問題ないが、気分を盛り上げるためにかけていたメガネを外し、本の上に置く。



「ええ、お久しぶりね! 入ってもよろしくて?」

「……ああ、そうだね。お入りなさい」

「吸血鬼は招かれない部屋には入れないものね!」

「…………そうだね」



 そうでもない。

『吸血鬼』とは『お伽噺にしかいない存在』――と、現代では言われている。

 そしてお伽噺の中の吸血鬼には、どうやら様々な制約があるようだ。

 そういった制約の中には、もちろん本当のものもあるが、ニンゲンが勝手に創作したものもかなりあるということを、男性はよく知っていた。


 なぜならば、男性は本物の吸血鬼である。

 現代では『いない』とされてしまったけれど、男性は実際にここにいるし、本当に吸血鬼なのだった。

 ただ、現代っ子にそのへんをアピールし続けると、優しくされてしまうので、最近はアピールも減りがちだ。

 痛みを覚える優しさも、世の中にはあるのだ。


 ともあれ、『招かれない部屋には入れない』というのは、男性にとって心当たりのない制約であった。

 だけれど、男性は否定しない。


 なにせ竜の末裔で吸血鬼の魔法使いは、吸血鬼に憧れているだけのニンゲンの少女なのだ。

 男性は紳士なので、少女の夢を壊さないよう立ち回ることにしている。



「失礼するわ!」



 モフッモフッとヒールの高い靴をカーペットに沈みこませながら、背筋をピンと伸ばした姿勢で竜の末裔で吸血鬼の魔法使いは入ってきた。

 その後ろから、小声で「失礼します」と言いつつ、聖女もついてくる。



「おや、聖女ちゃんも来ていたのかね。二人とも、そこのソファにおかけなさい」

「あ、はい。なんでもメイ……じゃなくて、竜の末裔で吸血鬼の魔法使い先生が、おじさんに用事があるとかでして」

「先生? ……ああ、そうか。それは、小説家としてのペンネームになったのだったね。――竜の末裔で吸血鬼の魔法使い先生、まだ言ってなかったが、おめでとう」



 男性は祝辞をのべる。

 と、竜の末裔で吸血鬼の魔法使いは、カッと青い瞳を見開いた。



「それ!」

「……どれかね?」

「なあんで、おじさまが、わたくしのデビューを知っていらっしゃるの!?」

「聖女ちゃんから聞いたのでね。ほら、君の書いたという本も、ここに」

「あああああああああああああ!」

「ど、どうしたね?」

「顔見知りに読まれたあああああああああ!」



 竜の末裔で吸血鬼の魔法使いは、顔を覆ってうずくまった。

 男性はびっくりする。



「どうしたね?」

「おじさま」



 顔を覆った指の隙間から、竜の末裔で吸血鬼の魔法使いが男性を見ている。

 見た相手を石にでもしそうなほどの怨念が、その眼光にはあった。



「おじさま、おじさま、おじさま……」

「なんだね……」

「聖女のことだから! 聖女のことだから、こんなことだろうと思ったけれど! 神殿に遊びに行った時に、遊戯室にわたくしの本がなかったから、こんなことだろうと思ったけれど! それでも最後の希望を捨てずに確認しにきたらまさか読書中だなんて……! 神はいない!」

「なんだかよくわからんが、落ち着きたまえ。お茶でも出そうか?」

「おじさま、聞いてください」

「……なんだね」

「その本は――男性向けではないのです」

「……まあ、そのような印象は受けたが」

「そして、その本に出てくる『主人公のことを認めているイケおじ大臣』のモデルはなんと、おじさまなのです……」

「……そのような印象は受けなかったが……その、なんというか、君の言う人物は、主人公の少女と出会って一言目に『花のようにかわいらしいお嬢さんだね。君の蜜はさぞかし甘かろう』とか言う、あの……」

「おじさまの声でセリフを読み上げないで! 失神するから!」

「す、すまない……」

「ああああ……もうおしまい……もうおしまい……神殿の子供たちに読ませて将来の同志を増やそうと欲を出したのがいけなかったのよ……」



 男性にはよくわからないが、なにやら深遠な計画があったらしい。

 なぜだろう――男性にはよくわからないが、その野望はくじけて正しいもののような気がした。



「………………」



 竜の末裔で吸血鬼の魔法使いは、無言だった。

 空気がやけに重苦しい。

 尋常ではない負のオーラが発せられている。


 闇の者を自称する男性でさえ近付くのをためらうようなオーラ。

 だけれど――そのオーラの発生源に、ためらいなく近付き、そばに膝をついて、顔を抱えてうずくまる竜の末裔で吸血鬼の魔法使いの肩を叩く人物がいた。

 聖女である。



「竜の末裔で吸血鬼の魔法使い先生、なんだかよくわからないけど、気を落とさないで」

「あなたのせいなのだけれど!?」

「わたし、なにをしてしまったのか、よくわからないけれど……あなたの書いたものは、素晴らしいんだよ。だから、知り合いに見られても、全然大丈夫だと思ったの」

「……」

「それに、わたしには見せてくれたじゃない」

「それは……それは、だって、あなた、隠しておいても勝手にわたくしの本見つけそうなんだもの……自分から見せた方が傷が浅いっていうか……」

「おもしろかったよ」

「嘘よ! だってあなた、こういうの、わからない人じゃない!」

「たしかに、よくわからない部分はたくさんあったけど……」

「ほら!」

「でも、あなたが一生懸命書いたことは伝わってきたよ。あなたの強い思いが行間にまでぎっしり詰まってるのがわかったから、楽しめたんだよ」



 聖女は優しく笑う。

 竜の末裔で吸血鬼の魔法使いは、少しだけ、顔を覆う手を下げた。



「……本当に?」

「うん。だから、落ちこまないで。胸を張れるよ。大丈夫、あなたの本を読んだら、きっとみんなおもしろいって言うよ。だってあなたの本には、よくわからなくても引き込まれるようなパワーがあるもの」

「……」

「おじさんだって、楽しんで読んでくれてるよ」



 ここで、竜の末裔で吸血鬼の魔法使いが、チラリと男性を見た。

 ちなみに男性は、本などは全部読み切るまで『楽しい』か『楽しくない』かを判断しないタイプである。なので、今の時点ではまだ『楽しい』とは言えないのだけれど……

 男性は紳士であった。



「ああ、楽しんでいるよ」

「ほら! だからね、なんにも落ちこむことないんだよ。堂々と、『私が作者です』って胸を張ろう?」



 聖女が甘く優しい声で言いながら、竜の末裔で吸血鬼の魔法使いの背中をなでている。

 しばし、沈黙があって――



「……わかったわ。もう、読まれてしまったものは仕方ないものね」



 竜の末裔で吸血鬼の魔法使いが、立ち上がった。

 そして、男性を見て――



「――でも今日はどんな顔をしたらいいかわからないので、おじさま、また来るわ!」



 足早に、去って行った。

 聖女は「ああっ!? お、おじさん、また!」と言い残し、その背中を追っていった。


 二人が去り――

 男性は、ソファに深く背中をあずけ、ふう、と息をつく。



「……いや、なんだ、はたから見ていて思ったが――聖女ちゃんの言いくるめはものすごいな」



 自分の様子も外から見ればあんな感じなのだろうか――

 男性は自己客観視が怖くなった。

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