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92話 眷属は大きくしたい(体の一部を)

 男性が眠ろうとベッドに入ったところだった。

 コンコン。

 部屋のドアを誰かが叩く。



「入りなさい」



 男性が上体だけ起こして言えば、部屋の扉が開いた。

 現れたのは予想通り、この城で、男性以外で唯一普通サイズのドア(ペットサイズではない)を利用する、眷属である。


 メイド服をまとった彼女は、楚々として一礼し、部屋へ入ってきた。

 そして男性のベッドまで歩み寄ると、前髪で隠れていない方の目で、男性をジッと見る。



「………………」

「声を出しなさい」



 男性の正論。

 しかし眷属には通じなかった。


 このように眷属はしゃべるのが大嫌いなのだ。

 元はコウモリだから。


 眷属というのは個人名ではない。『吸血鬼に血液を与えられ、知恵と力を得た野生動物』を指す種族名だ。

 ただし、最近では『吸血鬼』もその『眷属』も、『お伽噺の中にしか登場しない』とされているので、世間でおおっぴらに名乗ってもきょとんとされ、しまいには心の病気を疑われるだけだ。


 世知辛い時代の中――

 吸血鬼と眷属は、暗い部屋で見つめ合う。



「……いや、だから、用件を述べなさい。筆談でもいいから」



 男性がそう言うと――

 眷属が背中側からサッと紙とペンを取り出し、字を書いて見せてきた。



『私ではどうしようもない問題に行き当たりました』



 男性は片眉を上げて、不思議そうな顔になった。

 この人外どもが忘れ去られた平和な世で、眷属ではどうしようもない問題など起こるとは想像もしていなかったのだ。



「どうしたね、お前さえ手を焼くその問題とは……お前は家事は一通りできるし、ネズミが出ようが害虫が出ようが眉一つ動かさず食事に入るではないか」

『たしかに私は優れた眷属です。主の血をいただき、そのペットとして恥じぬ能力を持ち、研鑽をしてまいりました』

「ペットではないと、前にも言ったのだが……」

『しかし私には不足しているものがあります』

「それはなんだね?」

『おっぱい』



 男性は前のめりに倒れこんだ。

 それから、視線を眷属の胸部に移し、また顔に戻し、



「……まあ、なんだ、お前もそういうのが気になるようになってきたのかもしれないが……別にいいではないか、小さくても……誰に見せるわけでもなし」



 しかし眷属は首を横に振る。

 どうやら己の胸部のことではないらしい。



『私の収入のために、ドラゴンを撮影して動画をアップすることを承諾させたのです。そうしたら、交換条件として、ドッグランのマダムとお近づきになり、ドラゴンがいい感じにマダムに甘えるまでてきとうに世間話をして場をつなぐことを提示されました』

「……まあ、お前たちのあいだであった、互いに納得づくの取り引きならば、私がなにかを言うのは間違いだと思うが……」

『取り引き成立後に気付いたのですが、ドラゴン側の提示した条件を履行することが、私には不可能なのです』

「ふむ、その理由は?」

『声を出さないので場をつなげない』

「……」

『そこで、私の胸で代用しようとしたら、鼻で笑われました。なので主に血を分けていただき、胸を大きくしたいなと。ついでに背を伸ばしたりしませんから。背は伸ばしませんから』

「……まあ、背の方は知らないが、代用はよしなさい。お前の胸は、そう軽々に他者へ提供するものではない」

『でも別に、触らせたところで減らないので』

「それはそうかもしれないが、とにかく己の身を犠牲にすることはない。特になんだ、ドラゴンに触らせるなどと、いかん、いかん。私は認めないからな」

『どのみち、あの生き物は私の胸部に興味を示しませんでした』

「とにかく、お前がマダムの代わりをつとめてる案はダメだ。つとめられたとしても、絶対にだめだ」

『なぜ?』

「お前は私の肉体の一部のようなものだ。お前の胸は、私の胸でもあるのだよ」



 ドラゴンに自分の胸を好き放題させるとか、想像しただけで鳥肌が立つ。

 客観的に見たって、その光景はえらくおぞましいだろう。


 男性はベッドをずりずり移動し、ふちに腰かける。

 そして目の前の眷属の肩を両側からつかみ、



「いいかい我が眷属よ……忘れてはならない。お前は最近特に『己の人格』というものが急速に育ってきているように見えるが、それでもお前は、私の眷属なのだ。お前が己の価値をおとしめる時、同時に私の体の価値もおとしめているのだと、心得なさい」

『わかりました』

「だから、動画撮影をあきらめるか、大人しく声を出してマダムと小粋な会話をするか、どちらかにするのだ」

『選択肢はもう一つ』

「なんだね」

『動画を撮ったあと、ドラゴンを亡き者にする』

「力尽くはよしなさい。優雅さに欠ける」

「チッ」



 眷属が舌打ちした。

 ことあるごとにドラゴン退治の許可を求めてくるのはいかがなものかと男性は思った。



「……ともかく眷属よ、ちょうどいいから、これを機に、発声をめんどうがるクセをどうにかしてみることを、私は勧める。それが一番、平和で優雅だと私は思うのだがね」

『そんな平和は虚しいだけです。声を出すというささいな行為一つで、いったいなにができましょうか?』

「コミュニケーションができるだろう?」

『なにもできません』

「コミュニケーションができるだろう!?」

『なにもできません』



 眷属が『なにもできません』と書いた紙を男性の顔面に押しつけてくる。

 どうやら『声を出すとコミュニケーションができる』というのは、男性にとっての『ヒキコモリをやめれば聖女に腫れ物扱いされずに済む』ぐらい耳に痛い発言らしい。



「……わかった、わかった。いたずらに痛いところを責めるようなまねをして、すまなかった」



 男性は優しい声音で言った。

 そして、眷属の頭をなでて――



「ともかく、約束を踏み倒すのも、自分の体を差し出すのも、いけないよ。それだけは、守ってくれるね?」

『(コクリ)』

「動作ぐらいしなさい」



 眷属はコクリとうなずいた。

 男性は満足げに微笑み、



「……まあ、とにかく、撮影の件については、別な落としどころを探すか、あきらめるかしなさい。そもそもお金がほしいならば、私の蔵から必要な分を持ち出してかまわないのだが、それは――」

「……」

「――イヤなんだったね。お前が自分で稼いでほしいものとは、いったい……いや、お前が言いたくないなら、無理には聞くまい。以前もお前は黙ったまま言わなかったからね」

「…………」

「では、行きなさい」



 眷属は一礼して部屋を出て行った。

 パタンと静かにドアが閉まり――

 男性はベッドに腰かけたまま、「ふう」と息をついた。



「それにしても、ドラゴンはそろそろどうにかしなければならないな……」



 ミミックツボに丸一日つけ込んでおいたらどうにかならないかな――

 そんなことを考え始めて、男性は疲れを感じたので、寝た。

 ミミックツボに放り込むのは起きたあといちおうやった。

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