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91話 ドラゴンと吸血鬼の紳士道

「どうにか聖女ちゃんに心配されなくなる方法はないものか……」

「外に出て働けばよかろう」



 ド正論だった。

 しかし男性は長い白髪を振り乱し、反論する。



「それだけはできぬのだ! 私は、外には出ない! なぜならば――吸血鬼だからね」



 このソファに座る、無駄にいい体をした赤い瞳のおじさんは、吸血鬼であった。

 ただの無職ヒキコモリではないのである。


 ただし、現代では『吸血鬼』『ドラゴン』『妖精』などはみなまとめて『お伽噺にしか出ない、現実にはいないもの』とされている。

 よって真実この男性が吸血鬼であろうとも、対外的には『無職のおじさん』でしかないのであった。



「吸血鬼よ……貴様はことあるごとに『吸血鬼だから』と我を誤魔化しにかかるが……吸血鬼だから外に出ないというのも、よくよく考えれば意味不明であるぞ」



 地の底から響くような低い声で正論を述べるのは、子犬である。

 赤いウロコに覆われたいかにも硬そうな体に、長い首、太いしっぽ、ずんぐりとした体に短い四肢を持つ――子犬(ドラゴン)であった。


 彼は男性の目の前、テーブルの脚あたりで丸くなり、あくびをする。

 それから、



「日光にやられるというならば、夜勤をせよ」

「君まで聖女ちゃんのようなことを……」

「だいたい、貴様、最近意地だけで引きこもっておらんか? ちょっと前まではニンゲン社会を外部から傍観するような主義であったくせに、最近は社会の若い女の子にいい顔はしつつ働きたくはないという、ただのダメなおっさんになっておるぞ」

「ふむ……ならば君にも、私が外に出ない本当のところを語らねばならんか……」

「いや、貴様の事情には興味がない。外に出て働け」

「ドッグランにいるというマダムとの触れあいを、まだあきらめていないのか、君は!」

「男子として、おっぱいをあきらめるのは正しくない」

「君は男子である前にドラゴンだろう!」

「そしてドラゴンである前に美少女である」

「いや、美少女ではないだろう!? いいから、その設定はもう無理があるから! 捨てたまえよ! 美少女が『おっぱい』とか言うか!?」

「最近の美少女は言うのだ。特に男が登場しない男向け娯楽などではな……」



 このように『最近』を持ち出されると、男性は黙るしかない。

 なにせヒキコモリである。最近の文化には疎いのだ。



「……ともかく、ドラゴンよ――私はね、五百年間、城から出なかった」

「そろそろ出る時が来たようだな」

「来ていない。……いいから聞きなさい。私の五百年のヒキコモリ生活の終焉が、君のおっぱいとの触れあいを補助するためというのだけは、絶対に納得がいかないのだ」

「貴様はあいかわらずめんどうくさい男だな……ようするに、五百年を終えるとしたら、それ相応の演出がほしいということか?」

「演出ではなく、なにかこう……」

「イベントか」

「まあ、そうかな……」



 どれもこれも納得がいく表現ではなかったが、男性は妥協した。

 どうにもドラゴンの言語にゲーム感が強い。



「では、吸血鬼よ……正直なところを話そう」

「なんだねドラゴンよ、あらたまって……」

「正直――ニンゲンは増えすぎたと思わんか?」

「……? まあ、よくは知らないが……今の世の中には『モンスター』さえいないのだったら、安全だし、増えるかもしれないね」

「そろそろ滅ぼし時では?」

「!?」

「今こそ魔王として立ち、世の思い上がった人類に鉄槌を下す時だとは、思わんか?」

「いや、君、いつからそんな過激思想に?」

「さあ立ち上がれ吸血鬼――いや、魔王よ! 人類に滅びの鉄槌を与えるために!」

「いやいや」

「魔王様、ご出陣ー!」

「いやいやいや」

「(ファンファーレ)」

「カッコファンファーレカッコトジとはなんだ」



 男性がげんなりしている。

 ドラゴンは長い鎌首をかしげた。



「いやだから、イベントであろうが……なんだ、このシナリオは不満か。五百年引きこもった吸血鬼が人類に鉄槌を下すためいよいよセルフ封印を破って世界の滅亡に乗り出すシナリオなのだが」

「私は人類支配などに興味はないよ……滅亡にはもっと興味がない。だいたい、ニンゲンがいなくなったら私はどうやって生きていけばいいのだ? 私の主食のニワトリの血を誰が世話する?」

「そういうリアルな話はよいのだ。あくまで、貴様が外に出るための演出なのだから、魔王として出陣してはみたものの街で暮らすうちにヒトの温かさに触れて思いとどまるとかしたらいい」

「ファンファーレまで鳴らして出陣しておいて、あっさり本懐を忘れるのか……」

「最近はそういうのが流行だ」

「……だいたいね、私が求めているのは、そういう『フリ』ではないのだよ。なにかこう、五百年の重みに釣り合うような、そういう特別な、本当のイベントなのだ」

「はあー…………めんどっ」

「いや、そもそも君が、私を外に出そうとしなければ、なにもめんどうではないのだがね」

「なんで我はおっぱいに触るだけで、ここまで苦労せねばならんのだ? はあ、今までは思い出しもしなかったが、こうなると昔日のハーレム生活が懐かしまれる……いや、あの当時は体の方が大きすぎておっぱいを感じるようなことはなかったが……」

「最近、君はちょっと女性の胸部に興味を持ちすぎではないかね?」

「いや、最初はさほど興味がなかったのだが、触れられない日々が経つにつれ、だんだんと人生の至上目的へと格上げされていったのだ。手に入らぬモノほど求める……そういうものであろう」

「言っていることはわからなくもないが、求めるものに問題があるね」

「わからん……どうして貴様は、そんなにも我に非協力的なのだ……? 我だぞ?」

「君だからなんなんだという話だが……まあ、君よりは世の女性の方に味方するのは事実かな。私はこれでも紳士だからね」

「貴様と我との紳士道が交わることはなさそうだな」

「そのようだね」



 吸血鬼とドラゴンは笑みをかわした。

 ここに、(かなりどうでもいい)戦いがまた起こり、また終わったのだ。

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