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9話 だから眷属は吸血鬼ににじり寄る

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」



 なんか超見られてるんですが……

 男性は猛烈な視線によって眠りをさまたげられた。


 目を開ける。

 するとそこには、無表情でこちらを見下ろす、黒髪で片目を隠した幼い少女の姿があった。


 眷属である。

 顔は、かなり近い――息がかかるほどの距離と言えた。


 起き上がれない。

 しかたなく男性は、横になったまま苦笑した。



「どうしたのかね?」

「……」



 眷属は無言だった。

 ただ、視線でなにかを訴えてくる。


 男性と彼女は、かなり長い付き合いになる。

 五百年ぐらいだろうか。


 吸血鬼と、その眷属。

 世間では『吸血鬼? ああ、お伽噺のアレね』というノリらしく、また、実際にほとんどの吸血鬼とその眷属は生きていないらしいが――


 この城に住まう男性は、紛れもなく吸血鬼である。

 しかも極上の吸血鬼だ――『祖なる白皙の王』とも呼ばれた、吸血鬼オブザ吸血鬼である。


 なので当然、眷属――吸血鬼がその血をあたえ奴隷化しただけの動物も、極上だ。

 忠実で、有能。

 数々の死線をともにした仲である。


 だが――なにを考えているかわからない。

 一方的に命令をするだけの五百年間だったし、その大半は引きこもった自分の世話をさせているだけだったので、意思を疎通させる必要がなかったのだ。


 だから、ジッと見られても、眷属がなにを言いたいのか、男性にはわからない。

 だが、眷属はしゃべらない。

 それはなぜか――



「……声を出すのが面倒なのかね?」

「……」



 眷属はうなずいた。

 最近知ったことだが、この眷属、しゃべるのが面倒らしい。



「しかし黙って見られているだけでは、なにもわからないのだがね……」

「……」

「今『そのぐらい察しろ』というような顔をしなかったかね?」

「…………」



 眷属は首を横に振った。

 どうやら勘違いらしい――いや、どうだろう、たしかに一瞬、眷属がとてつもなく面倒くさそうに顔をしかめたのが見えた気はするのだが……


 眷属は肩をすくめる。

 そして、スッと右手を突き出した。


 男性はわけがわからないまま、突き出された手を見る。

 そこには――中指に、安っぽいテカテカした光沢を放つ、接着剤モリモリのせいでビーズが浮いている、ピンク色のファッションリングが存在した。


 男性が昨日、内しょ……在宅ワークで作ったものである。

 けっきょく一つしか作らず、在宅ワークを続ける気にもならなかったが……



「……その指輪が、なにかね?」

「…………」

「ああ、別に無理して身につける必要はないのだよ? 聖女ちゃんがいた手前、お前にあげなければならないような流れになってしまったけれど……」

「……」



 眷属は首を横に振る。

 どうにも、身につけているのがイヤだという話ではないらしい。



「……」



 眷属は左手で指輪を指さす。

 それから、男性を指さし、自身を指さした。

 その後、再び自身を指さし、それから男性を指さした。



「わからない」

「…………めんどくさ」

「お前が発言を面倒がっているせいで、事態がややこしくなっていると思うのだが……」

「ゆびわ、もらった。なにか、かえさないと、いけない」



 これまで長々と尺をとっていたが、つまりはそういうことらしかった。

『話す』という行為は偉大だった。



「……まあ、返すのは別にかまわんよ。特に苦労したわけでもなし。むしろ、そのようなものでお礼をもらっては、こちらが恐縮してしまう」

「…………けんぞく…………あたえられる…………あるじ…………きまり…………」



 眷属はなにかを言いかけた。

 でも、面倒だったらしく、ため息をついて、



「だまって、なんか、うけとれ」

「……まあ、そう言うならば、なにか受け取るが」

「………………ふう」



 と疲れ切ったため息をついていた。

 どうやら彼女にとって『しゃべる』という行為は、余人が思う以上に面倒なようだった。



「しかし、なにか受け取れと言われてもねえ。私は欲しいものなど、全然ないのだが」

「…………」

「そこ、目を細めて口を半開きにしない。……そもそも、私に欲があったならば、とっくに私は他の吸血鬼同様この世から消え去っているだろう。彼らは欲をかきすぎたから絶滅したのだと、私は思うがね」

「…………」

「今『そんな話どうでもいい』というような顔をしたね?」

「……」



 眷属はうなずいた。

 素直な子だった――遠慮とか覚えさせるべきだっただろうか?


 男性はちょっと考える――欲しいもの。なにかあっただろうか?

 そうだ。



「最近、お酒もタバコもやめてしまったから、口寂しくてねえ。なにか聖女ちゃんの前で噛んでいてもよさそうな物があれば、ほしいかな」

「……」



 黙って手を挙げる眷属がいた。

 男性は苦笑する。



「……いや、聖女ちゃんの前でお前をかじっていたら、怒られそうな気がするのだがね」

「………………」

「お前、今『急に世間体とか気にしだしたよこの人』という顔をしたね?」

「……」



 眷属はうなずいた。

 基本が無表情なだけに、一度表情を浮かべるとやたらと顔が雄弁なのである。



「まあとにかく、聖女ちゃんが来た時に、かじれるものでも用意しておくれ」

「……」



 眷属はうなずく。

 その後、いつものように聖女が来て――


 今日は紅茶と、超ハードなスコーンが給仕された。

 吸血鬼でも顎が疲れた。

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