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80話 吸血鬼はツボとの約束を思い出す

 その日の朝――

 男性がやることもなくボーッとソファに座っていると――

 ツボが来た。


 比喩でもレトリックでもなく、実際にツボである。

 大人の頭ぐらいのサイズ。

 丸みを帯びたデザイン。

 なまめかしいくびれ。

 口にはものものしい封印がほどこされており、一見してただのツボではないことがわかる。


 というかただのツボなわけがない。

 ツボは一人でこの部屋まで歩いて(?)来たのだから……



「……ああ、君か」



 勝手に動くツボに対し、男性は赤い瞳を細め、それだけ言った。

 旧来の友でもたずねて来たかのような応対。


 それもそのはず、このツボが動くのはもはやおなじみの光景であり――

 男性は吸血鬼だった。


 現代では『いないもの』扱いされている身なのである。

 ツボが動くことよりも、男性の存在自体の方がよっぽど怪異なのだ。

 もっとも、世間一般には『自分を吸血鬼だと思いこんでいる働かないおじさん』扱いだけれど。



「そういえば、君の正体を調べてやる約束だったね……」



 男性は無気力につぶやく。

 もとより活動的な性分ではないが、今日はやけにけだるげだった。

 血色のない肌はさらに白く、長い白髪はどことなくボサボサで、着ている黒いガウン風パジャマもなんとなく『ヨレて』見える。


 ツボは――

 ガタガタと体を揺らしながら男性の足下にすりよる。

 そして、心配そうにガタガタガタッ? と揺れた。


 男性はため息をつき――

 ほんのわずかに、笑う。



「なに、心配はいらないさ。ただ――忙しかった時期を越え、いざ自分の時間を取り戻してみると、なんとなくやる気が起こらなくてね」

 ――ガタガタ。

「君もわかるか。……なんと言うのかな……若いころは、『やる気』や『熱意』というものが、いくらでもいくらでも無限にわいて出てくるものだと思っていた。ところが歳を重ねて気付いたのだよ……『熱意』は有限で、月に一度ぐらいのペースでしか回復しないのだと」

 ――ガタッ?

「『熱意』は定量なのだ。そして年々その量は減少していく……つまり、今まで私は少し精力的に動きすぎたせいか、今、精神が弛緩してなにごとにも無気力になってしまっているというわけだ」

 ――ガタガタガタ……

「ははは。君には少し難しい話だったか。なにせ君は、ツボだものね」



 男性は笑う。

 熱意が欠けた男性は、『ツボと普通に会話している』というのが異常だと気付かない――いや、気付いても、どうでもいいと思ってしまう。


 ドラゴンは犬扱いされるし、妖精は人形扱いされるし、眷属は孫扱いされる世界なのだ。

 ちょっとやそっとの不思議に目をつむっていないと、精神が疲れてしまう。

 男性は心の省エネモードに入っていた。



「……だが、君の正体を調べ、危険かどうかを判断し、危険でないとわかったならば封印を解いてやる――そういう約束をしたのは事実だ。そして、約束を反故にするのはあまり優雅とは言えないね」

 ――ガタガタッ!

「落ち着きたまえ。調べたからすぐ正体がわかるわけでもあるまい」

 ――ガタッ!?

「なにせ、君や私のような人外の存在は、現代では『幻想種』――『実在しないもの』扱いされているのだ。資料を漁ろうにも、それこそお伽噺でも読むしかなかろう。加えて言えば、私は城から出ないのだ。外で資料を探すことをしない」

 ――ガタガタガタ……

「だが、約束は守ろう。この城にもいくらか、面白い生物をまとめた書物はあったはずだ。とはいえ、我が城の書物もいい加減古い……眷属が手入れしているとはいえ、紙にも寿命はあろう。どの程度まで読み込めるか……」

 ――ガタガタ……

「落ちこむことはない。……うむ」



 男性は声と同時に膝を叩く。

 そうして自分にカツを入れて、ようやく立ち上がり――



「では、書庫へ向かうか」

 ――ガタッ!



 ツボと並んで、書庫へ向かった。

 ――ちなみに。

 特に収穫らしい収穫はなかった。

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