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8話 吸血鬼は若者文化がよくわからない

「おじさん、今日もお仕事を持ってきまし……わ、わ……っと、持ってきましたよ!」



 暗い部屋に聖女の声が響き渡る。

 男性はベッドから体を起こし、首をかしげた。


 なにか、いつもと違うような――

 そうだ。



「おはよう聖女ちゃん。君、今朝はカーテンを開けないのかね?」

「ちょっと両手がふさがってて……あ、あの、すいませんけど、開けてもらっていいですか? 真っ暗でなにも見えなくって……おじさんよく平気ですね?」

「まあ、私は普通に見えるからねえ……」



 男性は吸血鬼である。

 ただし信じてもらえない。


 引きこもっているあいだに他の吸血鬼などが絶滅し、そういう人外の存在は全部『お伽噺の登場人物』というように思われる世の中がおとずれたらしいのだ。

 お陰で『黄昏より這い寄りし者』と人に怖れられた男性が、完全に『社会復帰を怖がるおじさん』扱いだ。


 男性は眷属――黒髪で片目を隠した、メイド服姿の少女に目配せする。

 見た目から『おじさんの孫』とか扱われているが、あれも立派に人外の生き物なので、夜目は利く――というか、視覚でものを捉えているのだかどうかさえ怪しい。


 重く分厚く黒い遮光カーテンが開かれる。

 ゴシック&アンティークな調度品の並ぶ室内に朝日が入り込み、おじさんの目はちょっとだけ溶けた。


 寝起きに人がするように指で目をこすり、古い角膜をこそぎ落として、再生する。

 破壊と再生の規模が小さすぎて、目やにをとっているようにしか見えないのがつらいところだ。



「……それで今日は――なにを持ってきたんだね?」



 ベッドのふちに腰掛け、たずねる。

 ちなみに本日は、ベッド横にローテーブルが設置されていた。


 昨日聖女が色々持ってきたので、次に同じようなことがあった際、置く場所があった方が便利かなと思って男性が用意しておいたのだ。

 あくせくテーブルを日用大工している横で、眷属がやけにあわれむような顔をしていたのは少々気になったが――


 早速役立ったようだ。

 聖女は、持ってきた、ひと抱えもある木製の箱をローテーブルの上に置く。



「今日はですね、在宅ワークを用意してきました!」

「……なんだねそれは」



 聞き覚えのない単語だった。

 たぶん、新しい言葉なのだろう――なにせ数百年単位でヒキコモリである。言語体系自体は変わっていないようだが、新しい言葉はできたり消えたりしていることだろう。



「えっとですね、おうちでできる、お仕事なんです!」

「……なるほど。内職かね」

「あ、はい、そうです。すみません、ちょっとわかりにくい言い方でしたか?」

「いや……」



 聖女の優しさがなぜか痛い。

 男性は胸をおさえ――



「しかしお嬢ちゃん、君がどんな仕事を持ってこようとも、私が働くことはないと、何度も何度も何度も、言っていると思うのだが……」

「否定する前に、まずは私の反省を聞いてください」

「ふむ」

「昨日はごめんなさいでした。『いきなり外に出て働け』だなんて……わたし、おじさんへの配慮が足りなかったです」

「言葉の端々から哀れみを感じるのだが?」

「いえ! ただただ、自分の思案不足を顧みて深く反省するばかりです! なので今日は、外に出ずに社会とつながることのできるものを持ってきました!」

「それがその、内しょ……在宅ワークかな?」

「そうです!」



 聖女はローテーブルに置いた木箱を開く。

 中には――なんだろう、小さいキラキラとか、大きいキラキラとか、色んなかたちのキラキラがあった。



「……それはなんの材料なのかな?」

「若者向けのアクセサリーです!」

「……アクセサリーにしてはなんというか――安っぽくないかな?」

「おじさん、『若者向け』ですよ」

「……最近の若者のあいだでは安っぽいものが流行しているのか?」

「違いますよ! 若いうちはお金があんまりないから、安くてかわいいアクセサリーを買うんです!」

「……アクセサリーなど無理して買う必要はないだろう?」

「ちょっと都会に出かける時とか、友達と同じものを身につけたりとか、そういうのがあるんですよ!」

「最近は貧乏でもアクセサリーを買うのかね? その金でパンなどを買った方がいいと思うのだが……」

「パンはパンで買いますけど、アクセサリーもアクセサリーで買うんですよ」

「……ふぅむ」



 飲みこみがたい。

 だが、そんなものだろう――時代は確実に流れていて、男性はヒキコモリなのだ。

 新しい、自分が理解できない文化だからと言って『おかしい』と断じるのは、器の小ささを露呈するのも同じだ。



「まあ、よろしい。それで、内しょ……在宅ワークというのは、そのアクセサリーを作るのかな?」

「はい」

「しかし、そういうのは専門の職人がやるものだろう? 私にそういった専門技術を期待されても困るのだがね……」

「いえ、接着剤で土台にビーズを貼り付けていくだけなので、根気と多少の器用さがあれば誰にでもできますよ!」

「……それは、簡単に壊れたりしないのかね?」

「まあ、安物ですし。でも若者向けはそういうものですよ。なくしたりとかもしますしね」

「……」



 簡単に壊れる安物を、わざわざ買う?

 壊れるたびに買い換えるとでもいうのだろうか?

 高くてしっかりした物を一つ買った方が、よほど安くすむ気がするのだが……



「……まあ、よかろう。私の若いころは、職人の名前まで含めてアクセサリーの価値だったような気がするのだが――時代の流れというものだな」

「貴族のみなさんは未だにそういう感じみたいですよ。でもこれは、若者向けなので」

「……ふぅむ、しかし……」

「若者向けなんです」

「まあ、若者向けなら仕方がないな」



 おじさんなので、若者向けと言われるとなにも言い返せない。

 ただ、貴族ならぬ一般市民がアクセサリーを身につける時代ならば、世の中はよほど平穏で、貧困差もそう激しくないのだろうと思えた。

 いい時代になったものだ……



「ちなみに君が持ってきた物は、完成するとなにになるのかな?」

「えーと、ファッションリングと、イヤリングですね」

「ふむ……」



 ファッションリングというのがよくわからなかった。

 聖女が指し示した材料の形状を見るに、指輪だろうとは思う。



「今日のは子供向けですね。ほら、カラフルでかわいいでしょう?」

「……………………………………そうだね」



 安っぽさばかり気になって仕方がない。

 なんだろうこの、貴金属ではありえない、テカテカした光沢は……

 なにげに男性は上流階級の出身なのだった――だてに『赤き夜の王』とか呼ばれていない。



「ねー、眷属ちゃん、眷属ちゃんも、こういうの身につけたいよね?」



 聖女が、部屋の隅で控える眷属に言う。

 眷属は壁にべったりと貼り付き、壁のふりをしていた。

 めんどうくさいのだろう。



「とりあえず今日はお試しで、一つ作ってみましょう。完成したものはサンプルとしていただけるらしいですよ! お孫さんにプレゼント、どうです?」

「……」



 お孫さん――眷属は絶対欲しがってない気がする。

 物の価値がわかる子なのだ。

 というかまず『子』じゃない。

 五百年を生きたコウモリはロートルもロートルだろう。


 まあしかし――一個は作らないと、聖女が満足しなさそうだ。

 男性はため息をつき、一個だけ作ってみることにした。


 そんなわけで今日も吸血鬼は城から出なかった。

 でも、社会とはちょっとだけつながったらしかった。

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