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78話 眷属は危機感を覚えた

 ギシッ、と来客用ソファに背もたれをあずける。

 そして「ふう」と息をついて――



「美文字検定もこれで終わりだな」



 封筒に必要書類を入れ終わり、男性は言った。

 あとはこれを眷属に投函させれば、最近急に増え始めたタスクのだいたいが終了する。



「……ああ、いいものだな。やるべきことが片付くというのは……」



 男性は今まで感じたことのない解放感に打ち震えた。

 それはそうだろう――なにせ今まで『やるべきこと』なんか一切抱えてこない人生だったのだ。


 男性は六百歳無職である。

 それははからずも六百年間無職であることをも意味していた。


 今までなにをして生きてきたかと言えば、吸血行為である。

 そう、男性は吸血鬼であった――暴虐を尽くす冷酷なる搾取者だったのである。


 だから働かなくても奪えばよかった。

 なので特技は吸血、趣味は闘い、これまでやっていた職業は吸血鬼とも言えるかもしれない。


 だが『吸血鬼』というのが世間的に『ないもの』になってしまった現代、男性は職歴を聞かれるとなにも答えられないという状態になってしまっている。

 吸血鬼でした。

 そう言っても「はいはい」で済まされてしまうのだ。

 なので最近は若者向けに自分をどう売り込んでいくかが男性の課題になっていたりする。


 まあ、ともあれ、検定が終わった。

 男性は指をパチンと鳴らす。


 ほどなくして――

 部屋の扉を開けて、一人の少女が現れた。


 黒髪で片目を隠した――

 幼い――

 ――ジャージ姿の少女であった。



「……また運動していたのかね?」



 男性が問う。

 少女はコクリと無言でうなずき、近寄ってくる。


 この無口なのは男性の眷属である。

 ジャージをもらって以来、手があいている時間など運動しているようだ。

 たしか――身長を伸ばすためだっただろうか。



「……まあいい。眷属よ、今度外に行った時にこの封筒を投函しておいてくれ」

「…………」



 眷属はコクリとうなずいた。

 そして男性の手からうやうやしく封筒を受け取ると、一礼し、去って行こうと歩き――


 部屋の扉付近で。

 ビクリと身をすくませた。



「どうした、眷属」



 眷属はしゃべらない。

 無表情のまま男性を見て、そして扉の向こうを見て、また男性を見て、今度は意味ありげに扉の向こうを指さすだけだ。


 扉の向こうになんかいることぐらいしかわからない。

 眷属が足を止める存在。

 ……男性は不安になってきた。


 ともあれ『眷属をしゃべらせる手間』と『自分が動いて確認に行く手間』を天秤にかけ、自分の目で見に行った方が楽だなと結論する。

 男性は立ち上がり、部屋の扉付近へ足を進め――



「……ああ、そういえば、そうだったな」



 ――扉の前で鎮座するツボを発見した。

 この黒い、ひとかかえもありそうなツボ――形状だけ見るともうこれツボじゃなくて甕なんじゃないかという気もする――は、いわくつきの逸品であった。


 これをこの城に置いていった商人によれば『封を解くと化け物が飛び出す』とのことだ。

 たしかにくびれたツボの首あたりにはタリスマンがかけられており、いかにもそれっぽい。


 さらに『いわく』に真実味を持たせるような情報も、男性は所持していた。

 このツボは――勝手に動くのだ。

 そしてある程度の意思疎通が可能だ。

 あと、意外と素直に言うことをきく。


 ここまでくるともはや『いわく』ではない。

 ただの事実だ。

 中になにか封じられている。



「このツボが私の寝ているベッドにまで侵入してくるものでね、今たまっている『やるべきこと』が片付いたら開けてやると、そういう約束をしたのだよ」

「…………」



 眷属がジッとツボを見る。

 温度のない視線だった。


 ツボはガタッと震えると、ガタガタガタガタッと体(?)を揺らして移動し、男性の背後に回った。

 それは眷属から身を隠し、男性に庇護を求めるような行動だった。



「…………」



 眷属は目を細めると、ツボのいる男性の背後側に回りこもうとする。

 それから逃げるように、ツボは男性の前方へ回りこむ。

 眷属が追う。

 ツボが逃げる。

 男性のまわりで眷属とツボがグルグルしている。



「やめなさい」



 男性は眷属の肩をおさえた。

 眷属はピタリと止まり、男性を見上げて――



「よくない、ものが、ふうじられている……」

「お前が声を発するほどか……」

「だまされては、ならない……どろぼうの、けはいが、する……」

「……」

「ああいう、あざといのは、よくないと、おもう、です」



 なんかよくわからないことを言い出した。

 まあたしかに封印されているのだから、よくないものではあるのだろうけれど……

 どろぼう?



「あけては、ならない」



 眷属はハッキリ言った。

 ここまで眷属がハッキリ言うのも――特に『言う』のあたりが――珍しい。


 男性は「ふむ」とあごをなでる。

 そして――



「眷属よ、お前がそこまで言うのだ。お前の意見を尊重しよう」



 ツボが、ガタッ!? と揺れた。

 そしてガタガタしながら男性の足に擦り寄ってくる。

 男性はしゃがんで、なるべくツボと視線(?)を合わせるようにしながら――



「いいかツボよ、私にとって眷属は手足なのだ。手が震える、足が前に進まないなどの予感を無視するのはよろしくない。体の発するサインを無視すると死ぬこともありうる」

 ――ガタガタ……

「ただ、お前を『開けてやる』と言ったのも事実。そこで、どうだろう、私の方でお前の正体を調べてみようと思う。その結果、もしお前の正体が眷属の予感を裏付けるような危険物では『ない』ことが判明したならば、開けてやろう」

 ――ガタガタッ!

「ああ、わかっている。お前は自分に危険はないと主張しているのだろう。だが、先ほども言ったように、私は眷属の予感を無視しないのだ。すまないが、もう少し待っていてくれないか?」

 ――…………ガタッ。



 ツボはうなずいた(?)。

 男性も自分で『ああ、わかっている』とか言ってて思ったが、なぜわかるのかわからない。


 ツボと意思疎通するおじさん。

 陶芸家でも始めるべきだろうか。



「では宝物庫でもてきとうな客間でもいい、どこかで開けられる時を待っていなさい」

 ――ガタッ!



 ツボがガタガタ体(?)を揺らしながら去って行く。

 部屋を出る直前――


 名残惜しそうに振り返って(?)こちらを見た(?)が、それでもツボは決心した表情(?)をして、確固たる足取り(?)で男性の視界から消えた。

 男性は、ふう、と息をつく。



「しかし――珍しいな。眷属よ、お前があれほど必死に止めるとは……そこまで危険を感じるものかね、あのツボに? しかし、私が喜ぶかと思って持ってきたのだろう? その時には先ほどのような予感はなかったのかね?」

「……そういうのじゃ、ない、です」

「…………『そういうの』とは」



 眷属は語らない。

 ただ、ポツリと最後に「いちばんやばい、てき」と言ったような気がした。

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