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75話 眷属はしゃべりたくないが話はしたい

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

「わかったから無言でジッとながめるのはやめなさい」



 男性は仕方なく視線を眷属に移した。

 絵を描いていたのだ。


 パレットと筆を置き、体の向きを少しだけ変える。

 そうして視線をキャンバスから視線の主へと向けた。


 クラシックなメイド服を着た女の子だ。

 その黒髪で片目を隠した少女は、まだ十歳かそこら、とにかく子供にしか見えないだろう。

 だから、その経歴を聞けば誰しもがおどろくだろう。


 趣味は無言。

 特技は無言。

 年齢は五百歳と少し。

 現在の職業はメイド。

 以前の職業はコウモリをやっていた。


 手が出て足が出ていつの間にかヒトガタである。

 ぶっちゃけヒトガタになるまで彼女の性別を知らなかったのはここだけの秘密。


 ――眷属。

 吸血鬼に血を分けられ、力や寿命を与えられる代わりに隷従することとなった存在。

 それがこの、無言でたたずむ幼い少女みたいな容姿のメイドの正体であった。

 で。



「お前の用件は、『それ』かな?」



 男性は問いかける。

 眷属はツボを抱えていた。


 黒くツヤのある、子供の頭ぐらいはあるだろう丸いツボだ。

 紙とヒモでぴっちりと口が閉ざされており、あとはタリスマンなんかがかけられていたりして、ようするに、すごくおどろおどろしい。

 なにか封じられてそう。



「で、そのツボがどうしたね?」

「…………」



 眷属はうなずく。

 そして、ツボを持ち上げたり降ろしたり、左に行ったり右に行ったりした。


 どうやら動作によりツボにまつわる話をしているらしい。

 口で言え。


 だが――この眷属は嫌いなことがしゃべることで、苦手なことが他者の可聴域で音声を発することである。

 元コウモリだからだろう。

 男性はそのように自分を納得させているが……

 あそこまで完全にヒトガタになっておきながら、声をなかなか発しないのを『元コウモリだから』で済ませるのは、なにかズルいような気もしている。



「いいから、口で伝えなさい」

「…………」



 眷属は眉根を寄せて唇を尖らせた。

『イヤだ』という意思が伝わってくる。

 雄弁なツラだった。



「わかった、わかった。それじゃあ、美文字検定用のメモ帳が私のベッドの枕元にあるから、そこに書いて伝えなさい」

「ないす」

「無駄口叩くなら口頭で説明したまえ」

「……」



 眷属はキュッと口を引き結んだ。

 彼女はてちてち歩いてメモ用紙とエンピツを手にし――



『いつも取り引きをしている骨董品屋がこのツボを引き取ってほしいと』

「お前、達筆だな……」



 流れるような文字だった。

 適度に崩され、なおかつ読みやすさまである。

 一言で言うと芸術だった。



『筆談の許可が出る日を心待ちにし、ずっと練習をしていました』

「……それはなにか、すまないね」

『二百年待ちました』

「お前……!? そんなに私と会話するチャンスをうかがっていたのか……!?」



 男性が眷属を一個の人格として扱おうとしたのは、最近のことであった。

 会話だなんてそれまで選択肢にさえのぼらなかったほどなのに。


 なんていう健気な努力か。

 その苦労が日の目を見る時を夢見て、二百年、人知れず努力を重ねていたのだ。

 男性はなんだか泣きそうになってきた――歳のせいかちょっとしたことで涙腺がゆるむ。



「お前……! お前! そういうことは早く言いなさい!」

『言うのがめんどうで』

「いや、そこは言うべきだろう!? めんどうがらずに!」

『ツボ』



 眷属はメモを見せると同時に、入口側を指さした。

 そこには眷属の移動時にすさまじくナチュラルな動作で床に置き去りにされたツボがあった。



『骨董品屋ができれば引き取ってほしいと』

「……ふーむ……まあ、かまわんが……珍しいね。こちらから物を売ったことは多くとも、あちらから物を持ってきたことはない――その『骨董品屋』とは、いつも宝物庫の中身を換金する際に使っている男だね?」

『はい』

「……『はい』『いいえ』ぐらい首の動きで示してもいいのだが。まあ――わかった。どれ、ツボの由来がわからんことにはなんとも言えん。私が直接骨董品屋と話そう……聖女ちゃん以外のヒトと話すのはいつ以来だったかな……」



 胸がドキドキしてきた。

 呼吸も苦しくなってくる。

 とりあえず正装もしたいし、髪も整えたいので、時間が必要だろう。

 しかし――



『骨董品屋はツボを置いて帰りました』

「……では、そのツボの代金は?」

『タダでした』

「……」



 どう考えても厄介物を押しつけられた感じだった。

 やはりヒトは信用できない。



「あー、なんだ、そのツボについて、なにか情報などは?」

『封を解くと化け物が飛び出すとか』

「……ふむ」

『化け物が飛び出すなら主はほしがるかなと思って、逃げた骨董屋を追いかけませんでした』

「そうか……」



 言い方はともあれ――

 たしかにニンゲンが『化け物』と呼ぶ存在は、同胞である可能性が高い。


 吸血鬼。その眷属。

 ドラゴン。妖精。


 それらすべて、現代では『いないもの』扱いの幻想種である。

 だが、実在する――実際に数少ないけれど生き残っている。


 しかし、かつて隆盛をほこった幻想種たちは、現在、普通に生きることもままならない状況の者が多い。

 男性はそういう存在を『同胞』と定義し、気付けば保護活動みたいなことをしている。


 本当にどうしてこうなったのかよくわからない。

 始まりはお客さんが連れて来た犬だったような気がする。



「まあともあれ、それの封を解いてみるか」

『……』

「なぜ沈黙を書く……」

『べつに』

「……まあいいが。しかし、封を解くのは今ではない。なので一度、宝物庫にでもしまってきなさい」

『え』

「……ひと文字ぐらいなら口で言いなさい」

『なぜです?』



 眷属が無表情のまま小首をかしげる。

 男性は深く息をつき――



「いや、今は美文字検定に絵画に、あとドラゴンの相手もしなければならないし、妖精も最近ことあるごとに相談に来るし、忙しいのだ」

「……」

「なので、そいつの封を解くのは、ヒマができたらにしようと思う」

「……」

「まあ、お前がどうしてもと言うなら、今封を解くのもやぶさかではないが……」

「このままで」



 眷属がハッキリと言った。

 筆談に頼らず肉声で発せられたその声からは、強い『このままで』という意思を感じた。



「あるじ、すばらしい、はんだん。じゅうにんは、すくない、ほうが、いい」

「まあ、私が外に出られない都合上、お前の仕事ばかり増えるものな……」

「むかしは、しずか、だったね……」

「……どうした急に。遠くを見つめて」

「しずかな、しろに、もどるのは、いいと、おもう、ます」

「そ、そうか……」

「……」



 眷属は力強くうなずいた。

 筆談という手段を得たことにより、彼女の発言には今まで以上の重みが感じられた。


 よっぽど静かな城が好きだったらしい。

 最近はにぎやかなので申し訳ないなと男性は思う。



「まあそういうわけだから、しまってきなさい」

「さよなら、ツボのひと……」



 眷属は無表情のままツボを抱えてスキップしながら部屋を出て行った。

 男性はその背を見送り――



「……あいつがあんなに自分の意思を明確にするのは、珍しいな」



 最初から筆談させればよかったなと思った。

 そして一時間後、ツボのことは綺麗に忘れた。

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