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74話 吸血鬼はドラゴンに完全勝利する

「……ゲームなどしている場合ではなかったのだ」



 男性はつぶやく。

 そう言ってコトーン、とカーペットの上にそれまで使っていたゲーム機を取り落とした。


 男性は床に座っていたので落下距離はさほどでもない。

 だが、もう一人――男性の隣で一緒にゲームで遊んでいた生物が叫ぶ。



「おい吸血鬼よ! いくら貴様の金で買ったとはいえ、ゲーム機が壊れたらどうするのだ!?」



 その生物は空飛ぶ赤い子犬であった。

 いや、子犬というのは正確でない――ウロコ、翼、太すぎる尻尾、ヘビを連想させる長い首、縦の瞳孔、頭には角が生えており、全体は赤い。

 つまりそのしゃべって空飛びゲームで遊ぶ低い声の生き物は、世間でどう言われようと、ドラゴンなのであった。



「ドラゴンよ、私は思い出したのだ……絵の仕上げをしなければならない」



 男性は片手で顔をおさえて述べた。

 そうだ、描きかけの絵があったのだ。

 もう少しで完成する予定だったのだが――このドラゴンがゲームで遊んで遊んでとうるさいもので仕方なく付き合っていたら気付けば一日中ゲームをする羽目に!



「ドラゴンよ……いや、ゲームを否定する気はないのだ。ないのだけれどね? こうしてゲームばかりして一日が終わると、なんだか妙にその日を無駄にしてしまった感があって……」



 絵を描くのは義務ではない。

 日用大工も義務ではない。

 趣味だ。


 ゲームもまた、趣味と言えるだろう。

 しかしなんだろうこの、ゲームでのみ感じる――『ああ、今日も一日ゲームをしてしまった』という後悔は!


 絵画や大工の時には感じなかった種類の感慨があった。

 男性はゲームを悪いものだとは思わない。

 遊んでいる時はたしかに楽しい。

 だけれどそう、なんというか――



「なにも残らないのだよ。絵を描いたり、大工をした時のように、残るものがないのだ。それがなんというか、私に罪の意識を覚えさせる……わかってくれドラゴンよ。ゆえに私は絵の続きをやるのだ」

「そうか。貴様にはがっかりだよ」

「がっかりさせてすまないが……遊びたいならばそのへんを散歩でもしてきなさい。君がゲームをやる光景はかなり激しい運動という感じだけれど、たまには表を歩いた方が健康にもよかろう」

「ヒキコモリが『たまには表を歩け』だと!? どの口が!?」

「……まあ」



 なにも言い返せなかった。

 男性は咳払いをして、



「ともかく、私は今日こそ絵を進める。なので君は他の誰かと遊んできなさい」

「重ね重ね貴様にはがっかりだ」

「楽しく遊べなくてがっかりするのはすまないが……」

「そうではない。貴様はゲームを見下している。その差別意識に、我は『がっかりだ』と述べておるのだ」

「差別意識?」

「そうだ。貴様は今、なんと言った? 『残るものがない』と言わなかったか?」

「まあ言ったね。実際になにも残らないではないか」

「それこそが差別意識よ」

「……ふむ」

「趣味だぞ。残らぬことのなにが悪い」

「なにも残らないことは特に否定しないのか……」

「否定意見はあるが、おっさんの貴様に『記録が残る』『プレイ時間が増える』などといったデータ上の話をしてもピンとこないであろう」

「君におっさん呼ばわりされるのははなはだ心外だが、まあたしかにピンとはこないね」

「よいか吸血鬼よ、よく聞け」

「なんだね」

「ゲームとは今しかできないのだ」

「……いや、起動すればいつでもできるだろう?」

「違うな。いいか吸血鬼よ――娯楽には『一番やりたい時』というものが存在する」

「まあ、存在するかもしれないが……」

「すべての娯楽にいつだって熱中できるわけではないのだ。子供のころ楽しかったことが、大人になったあとで必ずしも楽しいとは限らんだろう? それは『一番やりたい時』を逃してしまったから、興味が失せてしまったのだ」

「君に『子供のころ』などあったのか……」

「我とて発生したてで精神が幼いころはあった。だが本題はそこではない」

「ああ、すまない……気になってしまってね」

「いいか吸血鬼よ、娯楽を十全に楽しむには、『やりたい時』を逃してはならんのだ。『あとでいいや』とか『余裕ができてから』とか思って、実際に『あとで』やっても、一番やりたかった時ほどの面白さは感じられん」

「うーん……観念的だね。わかるような、わからないような……」

「ともあれ、一番楽しい時に『これをやらなきゃいけないから終わってからにしよう』などとやりたいことを後回しにするのは愚か者よ。楽しいと思った時には、楽しむべきなのだ! 『なにも残らないから』とか『将来使わないから』などと罪の意識を感じず、楽しめ!」

「しかしだねドラゴンよ」

「なんだ」

「それを言うなら、私は今まさに『絵を描きたい時』なのだが」

「……」

「…………」

「いいか吸血鬼よ、物事には『流れ』というものがある」

「……」

「今はゲームをする流れだ」



 普段より声を渋くしてドラゴンは言った。

 その声の威厳で押し切ろうとするかのような態度を見て、『ようするにゲームをやりたいだけなんだな』と男性は感じた。



「ドラゴンよ、私は絵を描く。止めてくれるな」

「なぜだ!? 絵と我とどっちが大事なのだ!?」

「言わせる気かね? 絵だよ?」

「我のがカワイイのに!?」

「うーん、まあ、そうだね。最近、私は『カワイイ』というものを『主観であり個々人の趣味趣向によって千差万別である』と理解しているので、君が自分を『カワイイ』というのは否定しないよ。ただなんというか、うーん……なにせ主観的な意見だから君の同意を得られるかは――」

「長いセリフで我を足止めして絵の準備を進めるな!」



 バレた。

 ドラゴンが足下にまとわりついて『遊んで遊んで』してくる。

 男性は舌打ちをこらえながら――



「ドラゴンよ」

「なんだ!」

「バーン!」

「ぐわあ、やられたあああ」



 ドラゴンが倒れた。

 人差し指を向けてバーンと言うとドラゴンは倒れる――以前ドラゴン自身がのべていた、おそらくはこのドラゴン限定であろうそんな情報を思い出して試してみたが、どうやら真実だったらしい。


 男性はテキパキと絵画セットを準備していく。

 イーゼルを所定の位置に立てたあたりで、ドラゴンが復活した。



「おのれ吸血鬼! 我の習性を利用するとは卑怯なり!」

「習性だったのか……人差し指を向けて『バーン』と言うだけでドラゴンの動きを封じられるならば、数百年前ドラゴン退治はさぞかしはかどったことだろうね……」

「ともあれ我とゲームをするのだ」

「バーン!」

「ぐわあ、やられ――おいやめろ! 我は『カワイイ道の型』をきわめすぎているのだ! 反射的に体が動くであろうが!」

「バーン! バーン!」

「おいやめ、やめろ! やめろ!」



 ドラゴンが倒れながらピクピクしている。

 しばらくは動けまい(根拠はない)。


 男性は絵の準備を完了し――

 パジャマ風ガウンを脱いで、クローゼットの中からツナギとベレー帽とフチの厚いメガネを取り出し、身につけていく。


 そうして絵を描く準備は完了した。

 男性はイーゼルの前に用意した椅子に座り――



「そういうわけでドラゴンよ、すまないね。私は絵を描く。あと美文字検定も進めねばならん」

「くっ……そこまで用意完了してしまっては仕方あるまい……」



 ドラゴンは床に倒れてピクピクしながら言う。

 男性は息をついて、『絵の具の用意を忘れたがドラゴンがいなくなってからしよう』と思いつつ――



「では、私はこれから作業に入るので、君はお外で遊んできなさい」

「今日のところは我が敗者。ゆえに勝者たる貴様に従おう……だが、我はあきらめぬぞ。学習能力にかけてはドラゴン随一たる我が、貴様に本気でゲームをさせようと決意した今、二度目の敗北はありえ――」

「バーン!」

「ぐわあ、やられたああ」



 ドラゴンは黙った。

 男性は特になにも出ていない自分の人差し指を見ながら、『今度からドラゴンがうるさい時に使えそうだな』と思った。

 完全勝利。

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