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70話 吸血鬼はゲームを一日一時間までにしたい

 聖女が帰ったあと、気合いを入れたら元に戻った。

 男性は用意させた姿見で自分の全身を見る。


 長く伸ばした真っ白な髪。

 真っ赤な瞳。

 顔立ちは壮年から初老という様子で、そのわりには筋骨隆々とした肉体が部屋着のガウンの上からでも見てとれる。



「……やはりこの姿がしっくりくるな……」



 男性は鏡を見ながらうなずく。

 肉体年齢をここまで急激に変化させたことは今までなかったので不安もあったが……

 どうやらうまく元に戻れたらしくてホッとする。


 力の強い吸血鬼だからできた芸当だとも言えよう。

 その吸血鬼としての常識外れっぷりは、こうして大きな姿見に映っていることが、その証拠と言えよう――一部界隈では真祖(しんそ)とか呼ばれる存在、それこそが男性であった。


 まあ、鏡に映ったり日光に焼かれつつもそこまでダメージがなかったりするのもいいことばかりではない。

 世間で『吸血鬼』や『ドラゴン』などが『いないもの』にされた現代――

 普通に鏡に映り日光を浴びニンニクを料理の隠し味に使う男性は、どうにも他者から『吸血鬼ぶっているだけの、ただのおじさん』扱いされてしまうという問題もあった。


 だが、戻れたのは重ね重ね本当によかった。

 すぐ横で両手を床につきガックリうちひしがれている眷属には申し訳ないが――

 正直、よくしゃべる眷属の相手はどうしていいかわからなかったのだ。



「しかし、ゲームは危険だな……寝オチするまではやらない方がよかろう……せいぜい一日一時間程度が適当か……」



 男性が当たり前のことをつぶやいていると――

 ――ピコピコ。


 遠近感のまるでない、一定したボリュームの音を響かせながら、ペット用ドアより室内に這いいずるモノがあった。

 その姿のなんとおぞましいことか。

 毛のない赤い体表! 不細工な太い尻尾! 背にはコウモリめいた翼が生え、長い首は蛇のようで、頭には角が生え、なにより、最近オヤツの食べ過ぎですっかり丸くなっている!


 ――(ドラゴン)

 聖女が帰ったあと寝オチより目覚めて「顔洗ってくる」と言い残し部屋より消えた生き物が、戻ってきたのであった……!



「出たなドラゴン」

「……ふむ。姿を戻すことには成功したようだな」



 バサッと羽ばたき、ドラゴンは男性に近付いてくる。

 男性はうなずき――



「戻ることはできたが、ゲームは危険だ……すっかり童心に返ったら、体まで(わらべ)になってしまったからね。アレはしばらくやらない方がいいかもしれない」

「いや、ゲームは悪くない。悪いのは貴様だ」



 ドラゴンは耳から浸透して全身の骨を震わせてくるような重苦しい声で言った。

 男性は首をかしげる。



「悪いのは、私? しかしだね、ドラゴンよ――ゲームをたった一回夢中でやっただけで、肉体に六百年間ありえなかった変化があったのだ。ゲームがきっかけになったことは間違いあるまいよ」

「ゲームはたしかにきっかけになったであろう。しかし、貴様が童の肉体となってしまったことについては、貴様が己の力を御しきれなかったのが原因だ」

「ふむ……今日の君は、やけに私に厳しいね」

「貴様に厳しいのではない。ゲームに優しいのだ」

「……なぜ」

「ゲームというのは素晴らしいものなのだ。貴様と我は一度殺し合いをしたが――あの壮絶な殺し合いが、ゲームを通せばお互いなんのケガもなく終わったであろう? なんと平和な勝負があったものかと我は感動を覚えたものだぞ」

「……まあ、たしかにそうだが」

「ゆえに問題はゲームにあるのではなく、ゲームで童心に返った程度で己の肉体のコントロールがきかなくなる貴様にあるのだ。ようするにゲームが悪いのではなく、貴様に修練が足りぬということよ」

「むう……たしかに、その通りかもしれないね」

「そうだろう。だからゲームをやめるなどと寂しいことを言うな。貴様がゲームをしないのならば、誰が我とゲームをするのだ」

「……」



 ようするに遊び相手がほしいだけらしかった。

 まあ、たしかに、あのおおよそ『つかむ』機能が見受けられない四肢をフル稼働させてコントローラーの上をホバリングしながらボタン操作をする彼の姿はきらめいていた。

 生き生きしているというか――ゲームは早くもドラゴンの生きがいになっているのかもしれないとさえ、感じたものだ。


 そして男性は年寄りから生きがいを奪うことを残酷だと思っている。

 だからしばらく、付き合う方がいいだろう――ドラゴンという、かつて争った好敵手のため、男性はそう結論した。



「……わかった、わかった。肉体の方はコントロールをがんばってみるよ」

「そうだな。ゲームはいいが、ゲームをするたびに貴様に童化されてもたまらん」

「やはり、心のみならず姿まで子供に戻る私は見苦しいかね?」

「そうではない。いや、そうでもあるのか……なんというか、貴様は『おっさん』ではないか」

「……まあそうだが」

「我はな『本気を出すとメガネを外すメガネキャラ』とか『本気を出すと若返る年寄りキャラ』とか、『本気を出すと覆面がとれる覆面キャラ』とかが嫌いなのだ」

「また君は私の知らない文化圏でよくわからない情報を仕入れているようだね」

「しかしな吸血鬼よ、こうは思わんか?」

「?」

「かけたメガネも、重ねた歳も、かぶった覆面も、みなその者をかたちづくる重要なファクターなのだ。メガネにはメガネの歴史があり、年寄りには年寄りの歴史があり、覆面には覆面の歴史があるであろう?」

「まあ……あるだろうか……覆面の歴史……うーん……」

「では、貴様にわかりやすく言おう。――貴様がその見た目となったことに、理由はないのか?」

「理由?」

「吸血鬼はその気になれば若いままでもいられよう。だというのにそんなおっさん容姿になったことに、貴様なりの理由――美学は、ないのか? それとも貴様は必要に迫られ、あるいは不可抗力によりおっさんになってしまっただけなのか?」

「……まあ、あるね。容姿にかんしては、たしかに、好んでこの年齢でいる」

「で、あろう」

「……これは誰にも話したことがないかもしれないがね、実は私の見た目は、ニンゲンであったころ、私の父が――」

「いや、貴様の過去に興味はないのだ」

「……」

「今は我が主張しているので、貴様は気持ちよく合いの手を入れろ」



 ドラゴンだった。

 苦笑する男性の前で、ドラゴンは重々しい声で続ける。



「ともあれ――いいか吸血鬼よ、おっさんキャラがおっさんであることを捨てるというのは、美学の喪失なのだ。我は重ねた美しさを自ら捨て去る者を好まぬ」

「まあ、現実に存在する私をおっさん『キャラ』とか言われるのは、はなはだ心外ではあるのだけれど――主張にかんしては、なんとなくわかったよ」

「そうであろう。ゆえに貴様も、興奮した程度で美学を捨てぬよう励め」

「けれどねドラゴンよ、君、そもそも若返り目的で私にゲームをすすめたではないか。うまく言えないが矛盾しているような気がしないでもないが……」

「我は一瞬一瞬を全力で生きておるのだ」

「なるほど」



 いや、『なるほど』ではない。

 しかし、重々しくうなずくドラゴンには、思わずわけもわからないのに『なるほど』と同意してしまわざるを得ないほどの『重み』があった。


 ドラゴンはバサァッと意味もなく強めにはばたき――

 重苦しい声のまま、言う。



「では、ゲームの続きをやるか」



 よっぽどやりたいらしい。

 まあ、予想できた提案だ。

 そして男性は年寄りから生きがいを奪うことは悪いと思っている。

 だけれど――



「いや、とりあえず今日は絵の続きをやりたい」

「一時間だけだとしても?」

「……まあ、一時間ならいいか」



 それぐらいならいいだろうと男性はしばし付き合うことに決め――

 ――このあとめちゃくちゃ童心に返った。


※一時間では終わりませんでした。

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