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7話 聖女はおじさんを社会復帰させたい

「おじさーん、お仕事持ってきましたよー!」



 ガッシャアアアア!

 けたたましい音とともに、分厚い遮光カーテンが開かれた。


 男性は室内に降り注ぐ朝日に目を細める――起きていた。今日はすでに起きていたのだ。

 最近、朝に起こされるせいで自然に目が覚めてしまうようになっていたのだった。


 夜眠るのも、なんだか早い。

 かつては『真夜中を遊ぶ者』やら『闇に奔る影』などと言われ、むしろ活動は夜からが本番だったが(陽光で灰になるから当たり前だ)、最近はすっかり朝型である。


 まばゆい朝日はリアルに目を焼くが、再生できるし問題はない。

 まあ、負傷と再生の規模が小さすぎて、人から見たら『なんか目がしょぼしょぼしてる』程度にしか観測できないだろうけれど……


 男性はベッドに腰かけ、ふう、と息をつく。

 すっかりカーテンを開けきって満足げな顔になった聖女が近寄り、首をかしげた。



「あれ? おじさん、朝日を嫌がるフリはやめたんですか?」

「朝日で焼かれた体の再生よりも、叫ぶ方が疲れるのでね」

「そうですね」



 聖女は優しく微笑んだ。

 どうにも昨日を契機に、腫れ物扱いされ始めている気がする。



「……それで、本日はどのような用件なんだね?」

「お仕事を持ってきたんですよ!」



 と、聖女は背中側から、巻かれた紙束を取り出す。

 一本や二本ではない。両腕で抱えるような量だ――いったいどこに装備していたのか、地味に気になる。



「お仕事ねえ……私は特に生活に困っていないというのは、もう何度も何度もしつこくしつこく言い続けていると思うのだけれど」

「おじさんは困っていなくても、おじさんが働かないことで困っている人はいます!」

「誰だね?」

「お孫さんですよ!」



 と、聖女が指さす部屋の角――

 そこにはひっそりと、メイド服姿の少女が立っていた。


 眷属である。

 もとはコウモリだったはずが、いつしか腕が生え、足が生え、気付けば人型になっていた。

 思い返せば二、三百年かけてゆっくり変化していった気がする――途中経過はあまり思い出したくない。吸血鬼でも怖いものは怖いのだ。


 この眷属は、聖女の中で男性の孫となっていた。

 吸血鬼を信じない現代っ子なので、そういうカタチにはめこむのが一番理解しやすいのだろう。



「……まあしかしだね、別に眷属も生活には困っていないよ。私の城には様々な果実や野菜がなっているからね」

「だからここは国の城なんですよ! おじさんは、法律的に言うと、勝手に住み着いてるだけなんですってば!」



 それなあ。

 男性的には、もっとも納得のいかない部分である――ずっと住んでいたのにいつの間にか国に取り上げられているのだ。


 まあ、現状、『聖女が社会復帰させに来る』という被害しかないので、抵抗するの方がめんどうくさい。

 強硬な手段をとられそうになったら、その時はその時、気が向くようにやればいいだろう。

 わざわざ役所に行って城の所有権を主張する吸血鬼も美しくないし。



「……それで、本日はどのようにしておじさんを社会に出そうと画策しているのかね?」

「ギルドで求人依頼を見繕ってきたんですよ!」

「……ギルド? まだあったのかね?」

「ギルドぐらいありますよ。お店でちょっと人手がほしい時とか、ギルドに依頼して人材を紹介してもらうんです」

「モンスターを倒す冒険者を雇ったりなどは……」

「……あー、はいはい。そうですね。はい。そうですよ」



 モンスター退治とか、冒険者とか、今はないようだった。

 聖女の目が優しく細められたので、きっと『話を合わせてあげようモード』なのだろう。



「……さて! おじさんに紹介するお仕事ですが――まずは、これ!」



 と、声に合わせて巻かれた紙を開く。

 聖女は内容を暗記しているらしく、男性に紙を見せたまま、言う。



「『未経験者歓迎! 明るく楽しいアットホームな職場です! 是非!』」

「……んん? それは仕事なのかね?」

「そうですけど?」

「肝心の業務内容が書いていないように見えるのだが……」

「でも、明るく楽しいアットホームな職場ですよ? しかも未経験者歓迎! これは素晴らしい職場に決まっています!」



 言葉だけ見ればたしかに素晴らしいが……

 暗黒を感じる。


 深淵よりなお深き闇が、その求人広告には潜んでいる気がした。

 吸血鬼もおののくほどのブラック感がある。



「……業務内容が書いてないのはちょっとねえ」

「明るく楽しいアットホームな職場なんですけどね……」

「まあ、いいよ。次は?」

「あ、はい。次は――『未経験者歓迎! 宝石の販売! 簡単な接客だけです! たくさん売れれば収入アップ!』これはどうです?」

「……ふぅむ」

「おじさん、声が素敵ですから、きっと向いてますよ! あと、無職なのに気品ありますし、寝癖とか直せば絶対いけますって!」

「……ん? 完全出来高制と書いてあるが……」

「……あ、本当だ。でも、売ればいいっていうことですよね?」

「『契約金』という項目も見えるのだが」

「…………ああ、そうみたいですね。でも、一つ売れればすぐに契約金ぶんは稼げるみたいですよ?」

「……」



 なんだろうこの――闇。

 別におかしなことは書いていない。書いていないのだが――ガンガン警鐘を鳴らしてくるこの文面はいったいなんだというのか……



「すまないが……」

「うーん、これもダメですか……他には『未経験者歓迎! お友達紹介システムであなたもあっというまに億万長者!』とか『未経験者歓迎! 簡単な接客のお仕事。容姿に自信のある方◎』とかもありますけど……」

「どうしてすべてに暗黒を感じるのだろうねえ……というか、『未経験者歓迎』以外のものはないのかね?」

「でもおじさん、未経験者ですよね?」

「まあ、そうだが……」



 働かなければいけない立場になったことは、ない。

 なにせ昔は、腹が減ればそのへんの人を襲っていたし、寝床だってそのへんの人を襲って確保していたし、暇つぶしだってそのへんの人を襲っていたのだから……


 ……。

 そんなことばっかりしてるから、吸血鬼は絶滅したのではなかろうか?



「とにかく、どれも、これも……働く必要のない私が働きたくなるようなものはないね」

「なるほどそういう方向性ですか……つまり、福利厚生ですね? たしかにどれも記述なかったですし、わたしの選択に問題があったのかもしれません」

「う、うーん? そうではない気がするのだけれどねえ……」



 おじさんは福利厚生がよくわからない。

 聖女の口ぶりだと、人の社会では当たり前に存在するものなのだろう、きっと。



「わかりました! もっと詳しく、おじさんの興味を惹くようなお仕事はないか調査してきますね!」

「いや、だからね、私は働かない……」



 聖女は笑顔で走り去って行った。

 扉が閉められた部屋で、男性はため息をつく。



「……どうだい、働くというのは? どんな心地なのかね?」



 男性は部屋の片隅にいる眷属に問いかけた。

 眷属は応じない。


 ただ――肩をすくめて、ニヒルに笑った。

 メイド服姿の幼女のくせに。

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