69話 眷属は小さい相手に頼られたい(ドラゴンは除く)
「おじさん、おは――殺人事件!?」
きっと、朝。
聖女の声が響き、男性は目覚めた。
起き上がれば――どうやら床で眠ってしまっていたらしい。
近場からはいびきも聞こえる。
視線を向ければそこには、赤い体表の子犬サイズの生物――子犬もいた。
「……む、いったい――ああ、ゲームに夢中になりすぎてそのまま寝オチしたのか……」
男性は頭をおさえながらつぶやく。
ドラゴンとの対戦は非常に盛り上がった。
童心にかえることができたと言えるだろう。
お陰で夢中になりすぎてしまい――
途中で寝オチして、朝になったらしい。
「年甲斐もない――いや、年甲斐を忘れるためにやっていたのだったか」
「ねえ、あなた、大丈夫?」
「む?」
男性が状況を整理していると――
聖女が近寄って、心配そうな顔をしていた。
……そりゃそうだった。
聖女視点からしたら、『いつも通り部屋に入ったら床に人が倒れていた』という状況なのである。
男性は吸血鬼で無敵の生物だが、最近の若者はそれを信じてくれないし――
聖女の前では腰がギックリしたこともあるし――
心配されても仕方ないだろう。
「いや、失礼。お見苦しいところを」
男性は立ち上がり、笑う。
そして聖女の顔を見上げながら――
「心配はいらないよ。私は――ん? なんだ? 声がなにか……」
高い、気がする。
普段の自分の声は、若い女の子の前で格好をつけるのにちょっと作っているのもあって、もっと低く渋いはずだが……
あと、服もなんとなく、というか、かなり、ゆるい。
ガウンが今にもはだけそうで、何度も何度も前を合わせ直している。
聖女は。
少しだけ身をかがめて男性に視線を合わせ、
「君はええっと、ここのお城に住んでるおじさんの、お孫さん?」
と、笑顔でたずねてきた。
男性はしばし呆然とし――
髪をなでつけ。
顔を触り。
体をなで。
パチン、と指を鳴らして眷属を呼び――
招集に応じ部屋に入ってきた、メイド服姿の少女に、たずねる。
「眷属よ、お前から見て、今の私はどう見える」
「…………」
眷属は男性に近付き――
真正面に立つと、少しだけ背伸びをして、男性を見下ろし、
「…………いい、さいず」
親指を立てた。
眷属の動作の意味はわからないが、なにが起きているかを男性はおおよそ察する。
目線の高さが、ほとんど眷属と同じなのだ。
つまり、縮んでいる。
聖女の様子からして、容姿も幼い子供のようになっているのだろう――
――ようするに。
若返ったのだ。
そして若返った理由として考えられるのが――
「……まさか、ゲーム……?」
ゲームではしゃいで若返る吸血鬼とか、イヤすぎる。
男性は愕然とした。
が、うちひしがれてもいられまい。
おほんと咳払いをし――
聖女に向き直る。
「やあ聖女ちゃん。いらっしゃい。私はなんというか、若く見えるかもしれないが、君が普段会っている『おじさん』で間違いがないよ」
「そうそう。おじさん、そういうこと言いそうですよねえ。やっぱりお孫さんかな? 髪とか目とかがおじさんにそっくりだね」
聖女が子供と話すモードになっている。
解除できない。
そして男性は肉体年齢を元に戻そうとしてみるが、こちらもできない。
聖女が目の前にいるせいだろうか?
ずっとこのままは地味にイヤだな、と思った。
なんというか、目配せをするたびに親指を立ててうなずいてくる眷属の態度とかが。
男性は考えた。
このまま子供扱いをされるのもしゃくだ。
しかし聖女は今時の子なので、男性がいくら『私がおじさんです』と言っても信じないだろう。
……ということは、このまま『男性』の『孫』として通した方がいいのだろうか。
不審人物扱いされて追い出されるよりはマシかな、と男性は思った。
「……まあ、孫だ」
男性はボソリと言う。
聖女が嬉しそうに笑った。
「うんうん。それでえっと、おじさんは――おじいちゃんは、どちらに?」
「えー……そう、今は趣味の日用大工をしていてな。私は……ではなく彼は趣味を邪魔されるのを嫌うので、入ってはならないのだ。なあ、眷属よ」
男性は眷属に同意を求める。
眷属はうなずき――
「あるじ、は、しばらく、かえらない……もう、あわないかも、しれない……」
「ええっ!? 日用大工中じゃないの!?」
聖女がおどろく。
男性もびっくりだ。
「い、いやっ! 帰るが! 帰るが!? 明日までには元の姿……ではなく、帰るつもりだが!?」
「いいえ」
「『いいえ』ではない! 私が『帰る』と言っているのだが!?」
「……おおきな、おとなの、あるじは、おいて、おいて……せの、ひくい、あるじで、これからは、いく、よてい」
「私の予定を勝手に決めるな!」
あと、今日の眷属はやたらとしゃべる。
なにが彼女をそうさせるのか、男性はよくわからない。
眷属は、男性の横にならび――
自分の頭に手を乗せ――
乗せた手を男性側に動かし――
自分の身長が男性を上回っていることを確認し、ニンマリして――
「…………これでいい」
「なんだかわからんが、よくはない」
「あるじ、しんぱい、しないで。あるじの、せわは、この、けんぞくが……しんちょうの、たかい、けんぞくが、やる……」
「お前の身長に対するそのこだわりはなんなのだ……」
「できる、けんぞく、ですから……」
「お前のキャラクター性に著しい変質を感じるぞ」
「せの、たかい、けんぞくが、とりあえず、おちゃを、もって、きます。おおきい、けんぞくは、おねえちゃん、だから」
「……」
「まかせて」
眷属が親指を立てる。
なんだかよくわからないが――
眷属が付き合いにくくなってしまったので、早めに元に戻った方がいいなと男性は強く思った。




