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67話 吸血鬼は資格検定をやってみる

「おじさん! おはようございます!」

「やあ聖女ちゃん。いらっしゃい」



 シャッシャッ――

 朝日に照らされたゴシック&アンティークな部屋には、男性が絵筆を走らせる音が響いていた。


 キャンバスにあるのは、両腕を広げた少女の絵だ。

 少女の背には翼が生えており、慈愛を浮かべた表情もあいまって神聖なものに見えた。

 そんな宗教画にも思えるものを描いている、白髪頭の、赤い瞳の、妙にマッチョな、ツナギを着てベレー帽をかぶりふちの厚いメガネをかけた男性は――


 ――吸血鬼であった。

 誰も信じない。

 男性が宗教画っぽいものを描いているからというだけが理由ではなく、時代のせいだ。

 今時『私は吸血鬼だ』と名乗っても温かいまなざしで『病院行く?』と言われるだけである。


 だから男性も最近はアピール控えめであった。

 そもそも真祖(しんそ)呼ばわりされている力の強い吸血鬼なので、世間に伝わる吸血鬼の弱点――『日光』など――があまり苦手でもないので、ニンゲンとそう変わらず生活できてしまうのが問題で、アピールをうまくできないという問題もあったが……


 ともあれ。

 絵を描く男性は、そこらによくいる老後に絵画を始めたおじいちゃんのようでもあった。



「わあすごい! 翼生えてますね!」



 男性の後ろから、聖女が絵をのぞきこむ。

 男性は無精ヒゲの生えた顎をなで――



「ふむ。しかし翼のせいで描きこみに時間がかかってしまうのが難点だね。完成には今しばらくかかりそうだ」

「あ、じゃあ、忙しいですか?」

「いや。そろそろ集中力が切れてきたところだ」



 男性は立ち上がり、うーん、と伸びをする。

 バキバキと小気味よく肩関節が鳴った。

 男性は腰を左右にひねる運動をしながら――



「それで聖女ちゃん、今日はどのようなご用件かね?」

「それはもちろん、おじさんの技能を世に広めるために来ました」

「……仕事をしろということかね?」

「おじさん、そう考えるからいけないと思うんですよ」

「ふむ? ……まあ、とりあえず掛けなさい」



 男性は来客用ソファを示す。

 聖女は「失礼します」と言って席に着いた。

 男性はローテーブルを挟んで対面のソファに腰かけ――



「それで?」

「はい。わたしは今まで、何気なく『仕事』という単語を使っていました」

「……まあ構えて使うようなものでもなかろう」

「でも、気付いたんです。おじさんには――職歴がないじゃないですか」

「………………まあ、そういう言い方もできるね」

「職歴がない人に『仕事をするべきだ』という言葉は、刺激が強いと教わったんです」

「誰にだね」

「友達の一人にです」



 どうやら聖女の友達にも、闇属性の者がいるようだ。

 というか男性の知る『聖女の友達』が『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』ぐらいなので、今のところ聖女の友達に闇属性しか観測できていない。

 強すぎる光は影を引き寄せるのだろうか?



「……まあ、私に対し刺激が強いかはおいておいて――それで、君は教わって、どうするね?」

「はい。だから私は、おじさんにやりたくもないことはやらせないことにしたんです」

「つまり、あきらめる?」

「いいえ。やりたいことを仕事……いえっ! 趣味でお金を稼げばいいのです!」



 聖女がなぜか立ち上がった。

 今日は力のこもり方がすごい。



「ふむ。しかしね、趣味でお金を稼ぐというのも、なかなか大変なように思うのだが……趣味を仕事にしてしまったら、それは『義務』になってしまうだろう?」

「でもですね、わたしも、よく考えたら趣味を仕事にしているんですよ。でも、この仕事を『義務』だと思ったことは一度もありません!」

「そういえば君の業務は……」

「『人助け』です!」

「……ぐうっ!?」

「おじさん!? どうしたんですか!?」

「いや……」



 なんのてらいもなく『人助け』を趣味と言い切る。

 その光の強さに心臓が思わず止まりかけた。


 男性は呼吸を整えつつ、パチンと指を鳴らす。

 すると部屋の扉が開き、メイド服姿の少女が、片手にトレイを持って現れた。


 トレイの上にはティーポットとカップ・ソーサーが二組、そして『たった今焼き上がりました』とでも言わんばかりに湯気を立てるチョコチップスコーンがあった。

 メイド服姿の少女はトレイに乗ったあれこれをローテーブルの上に置き、ティーポットから紅茶をカップに注ぐと、一礼して去って行った。


 男性は、ふう、と息をつき――

 お茶を一口飲んでから、



「しかしね聖女ちゃん、言い方をいくら変えようが仕事は仕事であり、私が仕事をする理由はやっぱりないのだが……」

「ありますよ!? 少なくとも指パッチンでお孫さんを呼ぶようなおじいちゃんは、なにか社会貢献をしてバランスをとるべきですよ!」

「バランス……」



 光と闇のバランスだろうか。

 たしかに孫娘を指パッチンで呼んで従えるおじいちゃんは、かなり闇属性が強い。


 まあ、今お茶を持ってきたのは、聖女の目から孫娘に見えようとも、実際は吸血鬼の眷属だ。

 眷属の存在意義は吸血鬼に従うことなので、別におかしなことはなにもないのだが……

 たしかに『吸血鬼』とかを信じない世間の人から見れば、問題あるように思えるのだろう。



「しかし、おじさんが外に出たくないという意思も、わたしは尊重しましょう」

「おお、引くことを覚えたようだね……」

「そして、いきなり『趣味をお金に』と言われても、現実感がないことも、わかります」

「聖女ちゃん、成長したね……」

「わたしも日々勉強していますから。そこで――本日は、趣味でお金を稼ぐ前に、まずはおじさんの趣味が世間でどのぐらいのレベルに達しているかを調べる手段をもってまいりました」

「それは……?」

「『資格検定』です!」



 聖女が背中側から一枚の紙を取り出す。

 相変わらず尻の下に仕込んでいたとしか思えない手際だが――


 男性は、彼女が示した紙を受け取った。

 そのカラフルで厚いのにヤワそうな紙には、様々な『資格』が箇条書きされていた。



「『美文字検定』、『野菜ソムリエ検定』……は、まあわからんでもないが……『祭り検定』とか『名産品検定』はなんの役に立つのだ……」

「それらの資格を持つことにより、自分の知識量が相対的にどの程度のレベルにあるかを知ることができて、心の安息や向上心の啓発につながるのです」

「……それはなんだ、その……ようするに『自己満足』かね?」

「自己満足も突き詰めれば一芸ですよ!」



 どうやら本気でそう思っているらしい。

 この聖女はネガティブに物事を受け取る機能が壊れている。



「……ふむ。で、私にこれをすすめるのかね?」

「はい。資格をとるだけなら『仕事』ではないですし、自分の趣味が相対的にどのぐらいのレベルか知ることで、自信が湧いて、自分の価値を認め、社会に出て活躍するモチベーションになると思うんです!」

「君の語るルートはいつでも光に充ち満ちているね……あのね、言いたくはないが……私の趣味とする絵画や日用大工なんかが、もし検定の結果『大したことはない』となったら、私はそれなりにショックを受けると思うのだよ」



 世間の評価は気にしていないつもりだ。

 だが――気にしていないけれど、世間に『ダメだ』と言われれば、心にしこりは生まれるだろう。ようするに、



「『評価を気にしないこと』と『評価されても気にしないこと』はまた別なお話だからねえ」

「でも、おじさんのアレコレは、かなりのものですよ!」

「う、うーん……」

「どれも安定して高いレベルだと思います! どうでしょう、わたしを信じて、なんらかの検定を一つだけでも受けてみませんか? お試しで!」

「うーん……まあ、そこまで言うなら……外に出なければいけないものでもないのだろう?」

「はい! とどく課題をこなして郵送するだけです! まあ、ものにもよりますけど……」

「郵送なら、まあ、眷属に行かせればいいか」

「わたしとしては、是非おじさんが直接外に出て郵送し、そのついでに眷属ちゃんとテラス席でお茶とかして、食べたスイーツのおいしさに感動しそのお店で働いたりしてほしいです!」

「君の語る『未来にいたる行動』は、そんな行動をするのはもはや私ではないというぐらいに光属性なのだがね……」



 一つのセリフだけで三つぐらい光ワードがあった。

 テラス席。

 スイーツ。

 働く。

 なるほど一つ一つは微弱な刺激でも、会話ごとにこういう光を混ぜ込まれると、そのうち心臓に対しすごい負担になりそうだなと男性は思った。



「でも、そこまではさすがに望みません。今は資格検定をしていただけるだけで充分です!」

「う、うむ……」

「楽しみだなあ……おじさんが世間に評価されるの……」



 聖女が笑う。

 男性も笑ったが――なんだか妙に、渇いた笑いになってしまった。

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