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66話 この城にはもう一人妖精がいる?

「このお城にはもう一人妖精さんがいるのです!」



 バタン! とドア(ペット用)を勢い良く開けて、妖精が現れた。

 男性は起き抜けでハッキリしない頭を掻きつつ、とりあえずベッドで上体を起こした。


 きっと朝である。

 眠ってからあんまり時間が経った気がしないので、ひょっとしたらまだまだ深夜の可能性さえ強かった。


 男性は夜に寝る。

 同胞に知られたら――同胞などもういないが――異常なことと思われるかもしれない。


 なにせ男性は吸血鬼だ――『日の入りと同時に目覚めし脅威』とか呼ばれたこともあるぐらいに、夜型の生き物なのである。

 最近は聖女のせいですっかりニンゲン基準で健康的な生活になってしまったが……

 ともあれ。



「……妖精よ」

「なんです?」



 ベッドで上体を起こす男性のふとももあたりに、涼やかな羽音を立てながら妖精が着地する。

 そのとんがり耳で、四枚羽根を背に生やした、露出度の高い緑色の服を着た手の平サイズの女の子をジッと見て、



「もう一人妖精がいるということだが、それは貴様の勘違いではないかね? 私は、この城の中のことならたいていわかるが――いるのは我が眷属、ドラゴン、そして私と貴様ぐらいのものだ。もう一人妖精がいるような気配はないが……」

「わかるー」

「やはり知能のアベレージが下がっているようだな……」

「あ、そうなのです! このお城にはもう一人妖精さんがいるのです!」

「それは聞いた。しかし、貴様の勘違いではないのか?」

「一緒にお話ししたです!」

「……なんだと?」

「動画を見ながら妖精さんが筋トレをしていたら妖精さんは意識を失いそこに妖精さんの声が聞こえて妖精さんは妖精さんに言葉をかけていったのです。でも妖精さんはその時意識がなかったので妖精さんの声に答えることができず妖精さんが起きたら妖精さんはいなかったのです」

「意味がわからん」



 リーダビリティは大事だなと男性は思った。

 どの『妖精さん』がどっちの妖精を指すのかサッパリである。



「妖精さんはいるのです!」

「ふむ。しかしなあ、気配はないし……いたとして、もう城にはいないのではないか?」

「だからもう一度寝オチするまで筋トレをしたら現れるのです」

「なぜ言い切れる」

「フラグを消化すれば同じイベントが起こるのです。ドラゴンさんは正しいのです」

「……」



 ろくでもない知識が妖精にインストールされていた。

 少ない知能リソースをなんてことに使わせるのだろう。



「妖精さんはこれから、さっきと同じように動画を見ながら筋トレをするのです。寝オチしたらきっとまた妖精さんが現れるのです」

「貴様でない方の妖精だな」

「……妖精さんは、妖精さんで、妖精さんも、妖精さんなので、妖精さんは、妖精さんなのですよ?」



 頭が妖精になりそうだった。

 どうやら妖精には『個人』という観念が薄いらしい。

 下手に突っ込まないで、わかりにくい時は脳内で整理した方がよさそうだ。



「……まあ、なんでもいいが……貴様がなにをするにせよ、勝手にやったらいいではないか。なぜ私に報告した」

「吸血鬼さんにお願いがあるのです」

「なんだね?」

「妖精さんが寝オチして、妖精さんが現れたら、寝オチしている妖精さんの代わりに妖精さんを捕まえてほしいのです」

「なぜそんなことを」

「仲間がいたら会いたいのです」

「…………」



 男性は言葉が出なかった。

 たしかに、そうだ。


 男性は吸血鬼だ。

 吸血鬼というのは、そもそも仲間意識の強い種族ではない。

 それでも今、もし他に吸血鬼がいるなら会いたいし、力が弱くなったとはいえ吸血鬼が自分以外にいると知った時には嬉しかった。


 仲間がいたら会いたい。

 それは世間において『いないもの』とされてしまった自分たちにとって、ごくごく自然な、理由を考えるまでもない願望ではないか。


 まあ、以前に出会えた時と同じような行動をしたから、また会えるとは限らないのだが……

 男性は――


「……わかった。付き合おうか」

「ありがたき幸せで候」

「なんだその言葉遣いは」

「賢そうなのです。眷属さんに教えてもらったのです」



 妖精の少ない知能リソースが無駄な情報で圧迫されていく。

 なぜか、悲しい。



「では妖精さんは筋トレをするのです。動画を出すのです」



 よいしょ、と妖精がケイタイ伝話(でんわ)を背中側から取り出す。

 いつの間に、そしてどこに仕込んでいたのか男性には認識できなかった。


 妖精は手の平と腕をいっぱいに使ってスマホを操作し――

 自分が投稿した動画を再生し始めた。



「……」



 男性はその様子をただ黙ってながめることにした。

 妖精は、動画の妖精に合わせて筋トレをしていく――スクワット、腕立て、腹筋、背筋。男性のふとももの上で妖精が息を荒げ、声を漏らし、力み、躍動する。


 こうして見ていると、筋トレを続けて来た成果は如実にできているようだ。

 羽根を動かさず各一回はできている。


 男性は謎の感動と喜ばしさを覚えつつ、なおも妖精の様子を観察し――

 そして。



「ふうううううんんんんん…………!」



 二回目のスクワット中、妖精がひときわ大きくあえいだ。

 次の瞬間、妖精はバタリと倒れこむ。



「妖精?」



 男性は声をかけるが、妖精は動かない。

 どうやら寝オチしたらしい――ずっと『筋トレ中に寝オチってなんだよ』と思っていたが、どうやらただの気絶らしかった。


 気絶するまでがんばって、二回できない。

 羽根を動かし浮力を利用しなければこんなものなのだ。

 脆弱。

 だが同時に、気絶するほど己の限界に挑み続けるその姿はある種の美しさも感じられた。


 とか考えているあいだじゅう、ずっと男性は、尻を突き出してうつぶせに倒れる妖精の姿や、その周囲を見ているが――

 なにも、来ない。

 動画の中で、妖精が気の抜ける謎の歌を歌い続けているだけで、あたりは静かなものだった。


 ――きんにくーにくにくー

 ――にくー

 ――まっするまっするしっくすぱっく

 ――しょうらいのゆめー


 洗脳されそうな歌だった。

 なんてことない歌詞に妖精の声と絶妙に調子っぱずれな節回しが合わさり、何度も聞いていればどんどん知能が下がりそうな仕上がりになっている。


 男性は後悔する――まさか、このまま、妖精が目覚めるまでこの歌を聴き続けなければならないのか?

 この耳から脳に直接侵入して知能を溶かしていく歌を、ずっと?



「……来るなら来る、来ないなら来ないで、早くしてくれ」



 男性は耳をふさいで妖精が目覚めるか、妖精Bがおとずれるのを待つ。

 どちらが早くてもいいから、とにかく早くしてほしいにくー。

 きんにくー。



「うおおおおお……! 早く、早く……!」



 男性は己の知能が侵されていく恐怖と戦った。

 いつまで続くかわからない戦いだった。

 だが――戦いは、意外な結末を迎える。


 妖精が目覚めるより早く――

 妖精Bが現れるより早く――

 ――動画が、止まったのだ。



「……は、はは……そうか、動画には、再生時間があったのだな……」



 男性は安堵する。

 ――と。

 男性の視界の中で、気絶していた妖精が目覚めた。



「……ここは……吸血鬼さん……?」

「おお、目覚めたか妖精よ。思ったより早かったな」

「……ハッ! そうです! 妖精さんは!? 妖精さんが前に会った妖精さんはどこです!?」

「貴様以外の妖精は来なかったぞ」

「来たです!」

「いや、来なかったが……」

「でも、妖精さんは薄れ行く意識の中で、妖精さんの声を聞いたのです」

「…………?」

「にくーって、にくーって、歌ってる妖精さんがいたのです!」

「……!」



 男性は気付いた。

 妖精が――妖精Aが『いる』と言ってゆずらない妖精Bとは――

 ――動画に映った妖精A自身だったのだ。



「……」

「吸血鬼さん?」



 妖精は首をかしげる。

 男性は、悩んで――



「……ああ、すまないね、妖精よ。貴様の仲間はたしかにいたのだが、取り逃してしまったよ」



 笑う。

 妖精はしょんぼりした顔になった。



「そうなのですか……」

「すまないね、本当に。思えば昔から、妖精を捕らえるのは苦手でね」

「……」

「だが、『いる』とわかっただけでいいではないか。喜ばしいことだ。なあ」

「……なのです!」

「うむ」

「喜ばしい!」

「ああ、喜ばしい」

「喜ばしい! 頭がよさそうな言い回しなのです! 喜ばしい!」

「そ、そうか……まあまあまあまあ、とにかく今は眠りなさい。きっと寝て起きれば、幸せな明日になっているさ」

「わかったのです! 喜ばしい!」



 妖精が飛び去って行く。

 男性はその後ろ姿を見送った。


 パタン。

 妖精が出ていき、ペット用ドアが閉まる。

 男性は両手で顔を覆った。



「また妖精に嘘をついてしまった……私は……私のしたことは正しかったのだろうか……?」



 胸に広がるのはなんとも言えない苦い想い。

 男性はしばらく悩み続けて、悩み疲れて眠った。

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