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65話 ドラゴンは普段の行いに問題がある

「おい吸血鬼! 我を助けよ!」



 バタン!

 ドンガラガッシャーン!


 朝に男性を叩き起こしたのは、そんな声と効果音だった。

 男性はベッドで上体を起こし、音の方向を見る。


 そこには赤くて丸い生き物がいた。

 この家で飼われているドラゴンである。


 世間的にはどうにも子犬に見えるらしいのだが、あのウロコまみれの体つきとか、翼とか、ずんぐりとした胴体とか、角とか、どう見たって哺乳類ではない。

 来客用ソファを倒し来客用テーブルを倒しそこに乗っていた木製のチェス駒(男性が作製したものだ)をバラバラにするパワーを見せつけながら、ソイツはなおも叫ぶ。



「助けよ! カワイイ我を庇護せよ!」

「……」



 どうしてだろう、やる気がものすごく萎えていく。

 だが、同胞に――今世界で『いない』とされている幻想種的な意味での同胞に助けを請われ、それを無視するのも優雅ではない。


 男性はため息をつく。

 それから、ベッドのフチに腰掛け、ドラゴンの方を見た。



「どうしたねドラゴンよ。『助けよ』とは穏やかではないが……」

「貴様の眷属に襲われているのだ!」

「……君、今度はどんな不埒な行いで眷属の不興を買ったのだね?」

「悪いの我なの!? 事情も聞かずに!?」



 普段の行いのたまものであった。

 だが、たしかに、事情ぐらい聞いた方がいいだろう。


 男性は久々に煙管(タバコ)でも吸いたいような気持ちになりながら――

 ベッドに横になりなおしつつ、ごろんとドラゴンの方を見て、



「で? 事情とは?」

「なんだそのやる気のない姿勢は!? 貴様、我の話を聞く気が本当にあるのか?」

「ああ、うん、いや……あるよ? あるけれどね……どうにもね……」

「貴様、我のことを信じておらんな!?」

「あーうん。まあなんだ、とにかく事情を言いたまえよ」



 男性はあくびをした。

 ドラゴンは不満そうな顔をしつつも――



「貴様の眷属にな、『動画を撮れ、投稿せよ』と迫られておるのだ」

「…………その話はどこからが現実で、どこまでが君の妄想なのかね?」

「すべて現実だ! 我の妄想など一切入っておらん!」

「まあ、妄想だものな。当人には現実との区別がつかないか……」

「貴様の我に対する信頼度なんなの!? 我は貴様の前で嘘などついたことはあるか!?」

「いや……」



 嘘はついていないだろう。

 でも、物事を自分の都合のいい方にしか考えないドラゴンの発言は、正直でも嘘みたいなものである。



「……ドラゴンよ、えーと、そうだね、君の主張はわかったが、物事は公正に判断する必要がある。君を信じるかどうかは、眷属の話も聞いてからにしようと思うのだが、どうかね?」

「むう……貴様の言、もっともである。というか貴様との会話の、なんなのこの、ひどい手詰まり感は……貴様から我を信じようという気がさっぱり伝わってこぬのだが」

「いやそんな、信じる。信じるよ。状況次第では信じることも、あるとも!」

「本当か……?」

「ああ!」

「ベッドに肘をついて寝転がったまま、声だけ力強くされてもさっぱり貴様を信じられんのだが」

「ともかく眷属を呼ぼう!」



 男性はベッドから跳ね起きた。

 寝起きで急激な運動がつらいお年頃だったが、公平感を演出するために必要な勢いだった。


 そして――パチン、と指を鳴らす。

 すると、ほどなくして、男性の部屋の扉が開く。


 入って来たのは、まだ幼い少女であった。

 黒い髪は片目を完全に隠すかたちで整えられており、露出した側の目は死んだようになんの感情も映していない。

 古式ゆかしいメイド服を身にまとったその少女は『眷属』。

 男性が血をあたえたコウモリがなんやかんやあってヒトガタになってしまった生き物であった。



「眷属よ、質問をいいかね」

「……」



 眷属はしずしずと歩んで男性の前に立つと、うなずく。

 無口な子なのだ。

 しゃべるのがめんどうらしい。

 男性はかまわず言葉を続ける。



「ドラゴンが言うには――お前が、ドラゴンに、『動画を撮れ』と迫っているとのことだが」

「……」

「本当かね?」

「…………」



 眷属はうなずいた。

 うなずいた。

 男性はしばしかたまり――



「……なんでまた、そんなことを」

「おかねの、ために」

「……」

「しかたなく」

「……………………」



 言葉が出ない。

 言い様のないすさまじい衝撃が男性を襲っていた。


 お金のために仕方なく?

 動画を撮れと?

 なんだその――貧乏に身をやつし生活苦の果てにいけないことに手を出そうとしているかのような響きは!



「眷属よ……おお、眷属よ……お金の心配などしなくていいのだ。この城にある財産は、お前と私ぐらいならばまだまだ食べていけるぐらいあるではないか……我が愛すべき先祖の遺産が!」

「……」

「お金のためにしたくもないことをするなど、そんなのは間違っている……そうだろう?」

「べつに」

「……」

「ふつう、ひとは、おかねのために、したくもないことを、する、です」

「……」

「それが、しゃかいじんと、いうもの」



 眷属に道理を説かれた。

 言い様のないすさまじい衝撃である――もうなにがなんだかわからない。


 男性は硬直してしまった。

 まったく言葉が出ない。


 社会人。

 それはどうやら吸血鬼を麻痺させる作用のある聖句のようだった。


 ――と。

 固まる男性の肩を、ポン、と叩くなにかがあった。


 男性は視線をそちらへ向ける。

 そこにはバサバサと羽ばたくドラゴンの姿があった。



「我は正しかったであろう?」

「…………」



 正しかった。

 正直ちっとも信じていなかったが、正しかった。


 ここは謝罪すべきなのだろう。

 でも、ドラゴンのドヤ顔がうざくてちっとも謝る気になれなかった。


 だが、そんな男性の感情の機微を見通しているかのように――

 ドラゴンは鼻から炎の息を吐いて、



「そして――吸血鬼よ、貴様がどう思っているかは知らんがな、眷属も正しい」

「……ただ、しい」

「吸血鬼よ」

「なんだね、ドラゴンよ」

「働け」

「……!?」

「世間的には、どう考えても眷属の主張の方が正しい。働くのだ吸血鬼よ」

「き、君……! 君、ドラゴンよ! 君はそんなことを言うやつではなかっただろう!? だ、だいたい、君だって働いていないじゃないか!」

「四足歩行の生き物が労働などするかたわけェッ!」

「!?」

「我ら四足歩行は寝て起きて食べて遊んで寝ることが仕事であるぞ! それだけでいい。それだけでカワイイ。カワイイことが業務! それこそ我ら四足歩行、犬、猫、ドラゴンである!」

「……しかし……!」

「貴様は二足歩行であろうが!」

「……しかし!」

「……まあ、正直な。我は貴様が働こうがどうしようが、どうでもいいのだ」

「では、なぜ……」

「それでも貴様に我が思いついたように『働け』と言うのは、貴様が我を信じなかったことに対する八つ当たりだァッ! ハッハッハァ!」

「……」

「あー気持ちいい! 働かなくても責められぬ愛玩動物の立場から、働かなくてはおかしな目で見られる二足歩行の生き物へ『働け』と言うことが、これほど気持ちいいとはなあ! よし、これからも定期的に貴様へは『働け』と――おいおい待て待て吸血鬼よ、目が剣呑だぞ。くぅーんくぅーん我カワイイ我愛玩我無害な生き物ドラ~。ドラ~! ドラァッ!」

「おっと」



 男性はうっかりドラゴンを絞めそうになっていたことに気付いた。

 深呼吸して口の中で小さく「優雅、優雅」と唱え――



「……まあ、そうだね。眷属の主張は、たしかに正しい――たしかお前は、ほしいものがあったのだったね。城の蔵から出る資金でほしいのではなく、自分の稼ぎでほしいものが」



 男性は眷属を見る。

 眷属は無言でうなずいた。

 それを確認してから、ドラゴンへ向き直り――



「――そして私は、他の者へ過度な干渉はしないことにしている。だからドラゴンよ、君もあまり他者の生き方に干渉しない方がいい」

「ドラ?」

「目をキラキラさせるな計算尽くの角度で小首をかしげるな知能のない動物のふりをするな」

「……ふっ。さすがは我が宿敵よ。この顔で騙せなかった二足歩行はいないというのに」

「そうだね、いい機会だ。私も怒るということを、君には知ってもらった方が、今後のためにもよかろう」

「いや、しかしだな宿敵よ、貴様に『働け』と言うのは、そんなに怒られるほど法外な申し出でもなかろう? 聖女だって常に言っているではないか」

「なるほど、君の言葉、たしかにそうだ」

「であろう?」

「だが、君の言い方は頭にくる」

「なぜだ!?」



 わざと煽るような言い方をしてきたから――

 それ以外にも。



「……」

「なんだ吸血鬼よ、我をジッと見て……ようやく我のカワイさに気付いたか」



 たぶん、キャラクターの問題があるだろう。

 言葉というのはなにを言ったかより、誰が言ったかが重要なのだなと吸血鬼は気付き、静かに息をつくのだった。

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