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63話 眷属にも色々こだわりがある

 この、鮮やかな印象のまったくない小豆色!

 袖はあまるし裾は引きずるという、あきらかにお下がり感が隠せてないだぼだぼサイズ!

 おまけに上着のファスナーを首までしっかり閉めるという『見た目は気にしない。これが私のスタイルだ』と言わんばかりの堂々とした着こなし!

 とどめとばかりに着用者の目が死んでいる!


 どう見ても、ダサい。

 そんなジャージを身にまとった、小柄で、片目を黒髪で隠した幼い少女がそこにはいた。



「うわあ……どうしましょう、おじさん……わたしのジャージ、眷属ちゃんに全然似合ってませんね……」



 聖女の言葉である。

 男性は真横の聖女を見て、ギョッとした顔になってしまう――なにせこの聖女、なにごとにもポジティブな意見しか言わない性質を持ち合わせているのだ。


 男性の知る限り、彼女がネガティブ発言をしたことなどなかった。

 それがどうだ、さすがの彼女も『似合ってない』と素直に認める仕上がりだ。


 だが、これには男性も黙ってうなずくしかない。

 だって似合ってないのだ。


 視線を眷属に戻す。

 彼女の死んだような視線を受けつつ、男性は眷属の全体をじっくり見た。


 サイズ感にかんしてはまあ、聖女のおさがりということを加味して目をつぶるとして――

 なぜ、引きずるほど長い裾を折らないのか。

 なぜ、閉めなければもう少しマシな見た目になるのにファスナーを一番上まで閉めるのか。

 なぜ、上着をズボンにインするのか。


 そのダサさに対するあくなき探求とも言える着こなしは、なにか強固な信念があってやっているようでもあった。

 ダサすぎて逆に美学を感じる。

 あるいは――



「眷属よ……ひょっとして誰か家族でも人質にとられているのか? ただごとではないぞ、その着こなしは……」



 男性は心配になってたずねた。

 しかし、家族が人質にとられていないことだけは確実だと思っていた。


 なぜならば――眷属は眷属である。

 野生のコウモリに吸血鬼が血をあたえ、多少の智恵と力を与えた存在だ。


 おまけに彼女は、見た目こそ十歳児相当だが実際は五百年ほど生きた古株だ。

 コウモリ時代の家族などもうおらず――


 血縁者という意味での家族は、血を与えた吸血鬼――男性しかいないはずだった。

 そして男性は人質にとられていない。


 たしかに、同じ部屋には人外の天敵の代名詞たる聖女がいる。

 だが、聖女が人外の天敵だったのも――いや、『人外』が『いる』とされていたのも、もはや遠い昔の話だ。


 今の聖女は寂しい老人のお宅への訪問をはじめとし、福祉関係の仕事なのである。

 福祉関係の仕事でおとずれた聖女が、おとずれた先のお年寄りを人質にとるとかいう、ネットニュースでさぞかしよく燃えそうな事態など起こっていないのだ。



「なあ、眷属よ……なにかつらいことでもあるのか? お前には普段から大変な思いをさせているからね、悩みがあるなら、打ち明けてくれたまえよ」



 男性は思わず眷属の細い肩に手を置き、彼女と頭の高さを合わせるようにしゃがみこみ、言う。

 だが、眷属は首を横に振る。



「…………」

「なにもないのか? しかしだね、その着こなしは、もう、本当にただごとではないぞ……ちょっといじってもかまわないかね?」

「……」

「ほら、じっとして、裾を折って、くるぶしぐらい出したまえよ。あと、ファスナー。なぜ首まで閉める。袖もめくって……動きにくいだろう、そんな姿では……」



 男性がテキパキと眷属の着こなしをいじっていく。

 数分後(眷属のささやかな抵抗があって少しかかった)、そこには多少マシな着こなしになったが、やっぱり目が死んでいる眷属の姿があった。



「うむ。これでいいだろう。ああ、ええと、なんだったかな……そもそもお前はなぜそんな衣装を着ているのだったか……」



 すべてを忘れてしまうような、衝撃的ダサさだったのだ。

 男性が悩んでいると――

 真横の聖女が答えた。



「眷属ちゃんが激しい運動をするので、メイド服だと動きにくいですから、わたしのおさがりのジャージを持ってきたんですよ」

「ああ、そうだったね……いや、しかし、なんだ、その……聖女ちゃんもアレを着ていたのかね?」

「まあ……いえ、でも、不思議ですよね、眷属ちゃんは、その、なんていうか――オーラがありますね。あんなに強烈なオーラはわたし、知らなかったです」



 ここで素直に『未だかつてここまでジャージが似合わない人物を見たことがない』と言わず、『オーラ』という言葉でふんわりまとめるあたりが聖女だった。

 しかし、光に満ちた彼女にここまでネガティブな言い回しをさせるとは……


 眷属のジャージ姿は、闇の力が強い。

 ともすると、眷属は闇の者の希望なのかもしれなかった。



「というか眷属ちゃん、前髪長いですよね。あげるか切ればもっとカワイイのに」



 聖女が不意にそんなことを言い出した。

 なるほど、と男性は思う。


 たしかに眷属は片目を髪で隠している。

 どことなく陰気だ――ファスナーを全部閉めたジャージの陰の気と、前髪で目を隠した陰の気が合わさり、その相乗効果で晴れた空は曇り、聖女の笑顔には若干の陰りができるのだった。

 素直に尊敬する闇の力である。



「ねえ眷属ちゃん、お姉ちゃんが前髪あげてあげようか?」



 聖女が笑顔で提案する。

 その瞬間であった。



「やめろ」



 眷属がしゃべった。

 なかなかないことだ――主たる男性でも、眷属から言語を引き出すのには一手間かかる。

 それを、前髪に言及するだけでしゃべるというのは、ただごとではない。


 男性がおののいていると――

 聖女が、眷属に半歩近寄る。



「でも眷属ちゃん、前髪が目に入ると視力が落ちちゃうよ」

「おちない」

「片目なんて完全に隠れちゃってるじゃない」

「め、なんか、なくても、いける」

「たしかに今は色々配慮されてはいるけど……わざわざ目を悪くしていくこともないんじゃないかなあ……」

「……」

「とにかく、前髪、一回だけあげてみていい?」

「やだ」

「……一回だけ」

「いっかいも、にかいも、ない。すこしでも、さわったら、おまえを、たおす」



 驚嘆に値する発言数であった。

 ただごとではない――眷属にとっての前髪は、ドラゴンにとっての逆鱗であり、吸血鬼にとっての心臓にも等しいのかもしれない。


 さすがにこの気配を察したのか、聖女は引き下がるようだった。

 苦笑し――



「わかったよ。でも、気が向いたら、言ってね? カワイイ髪飾りとか、持ってくるからね?」

「きは、むかない」

「いつか向いたら」

「むかない。まえがみの、わだいは、やめ、やめ」

「うーん……わかったよ。ごめんね?」

「……」

「えーっと、とにかく、ジャージはよければあげるから。じゃあ、今日はこのあと用事があるので――おじさん、わたしはちょっと早いですけど、これで失礼しますね?」



 聖女が男性に向き直り、言う。

 男性はうなずき、「ああ、ではまた」と言った。


 会話がすみ、聖女が部屋を出て行く。

 それからしばしして――



「眷属よ」

「…………?」

「私がもし、お前に『前髪をあげろ』と命令したら――」

「おひまを、いただく、です」

「……わかった。この話題には触れない」



 男性は肩をすくめた。

 眷属は前髪にふれられたくないらしい。

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