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60話 眷属にはほしい物がある

「――というわけで、身長を伸ばすには睡眠、栄養、適度な運動がいいようだ。そして、ストレスが大敵だというのが、私の調査の結果だ」

「…………」



 少女は無言だった。

 だが、見た者に『そういう情報がほしかったんじゃない』という感情を伝えるには充分な渋面をした。


 夜だった。

 来客用テーブルを挟んで、対面するソファに男性と少女が座っている。


 珍しい光景だ。

 この少女は『腰掛ける』ということを滅多にしない。


 その理由は彼女の服装を見ればわかるだろう。

 メイド服。

 彼女はこの家に――その主たる男性に仕える者なのである。

 主の目の前で腰をおろしてゆったり休むということをしないのは、その職業意識の高さゆえだと言える。


 もっとも、彼女にとって、男性に仕えることは『職業』とは言えないかもしれない。

 生態。


 黒髪で片目を隠した、幼い子供のようなこの少女は、吸血鬼に血を与えられ従者とされた元野生のコウモリ……眷属であり――

 男性は、その眷属に血を与えた吸血鬼なのだ。


 ……まあ、それでもまったく自由意思もなく、主を常に絶賛し続けるわけでもない。

 イヤなことにはイヤそうな顔ができるのが、最近の眷属である。



「……」

「お前の顔は本当に雄弁だね……なにが不満なのかね?」

「…………そういう、いっぱんろんじゃ、なく、もっと、こじんてきな」

「……なるほど。というかお前、身長の話題だと比較的よくしゃべるのだね……」

「……」

「しかし個人的なと言われても、私は特に意識してこの身長になったわけではないのだよ。気付いたらこう、というか……遺伝ではないかと思うのだがね。私がニンゲンだったころの親は背が高かったような気もするし」

「…………いでん」

「お前の両親は……まあ、コウモリだものな。今のお前より小さいだろうが……」



 眷属は無言でうなずいた。

 しかし――



「……おぼえてない、から、あきらめるのは、はやい、かも」

「今のお前より巨大なコウモリが存在する可能性は皆無のように思われるが……」



 眷属はニンゲン視点だと十歳女児に見えるらしい。

 十歳女児より巨大なコウモリとか完全に化け物だ。

 まあ、眷属を眷属にしたのはまだまだ吸血鬼やドラゴンが現役で『実際にいる』とされていた五百年ほど前だし、そういうコウモリもいたのかもしれないが……



「……ともあれ眷属よ。そこで私のチェス駒を抱えて眠っている妖精にあとでお礼を言っておきなさい。こいつはね、今日一日の知力と引き換えに、お前の身長を伸ばそうと努力したのだよ」

「…………」



 眷属は静かに一度だけうなずいた。

 吸血鬼は微笑み――



「お前の優しさが、妖精をがんばらせたのだ」

「……」

「その優しさが食欲の代替だとしても、妖精はお前に感謝した。……なぜだろうね。お前が誰かに好かれているのは、私にとっても嬉しいことだ」

「……」

「お前が私の体の一部というのが理由ではないように思う。なんというか――聖女ちゃんの言葉に影響されたわけではないがね、お前はやはり、私の血縁者なのだと思うのだよ。家族のいない私の家族のようなものなんだと、そういう感慨を抱いたのだ」

「…………」

「だから、教えてくれないかね?」

「……?」

「お前はなぜ――動画に出ることにしたのだ?」



 丁寧な前フリから繰り出されるクソみたいな質問である。

 でも、気になってしょうがなかった。


 ドラゴンに無理強いされているわけでもなさそうだし。

 さりとて眷属が望んで動画デビューしたわけでもなさそうだし。


 男性がジッと眷属を見ていると――

 眷属はため息をつく。


 そしておもむろにスカートの中に手をつっこんで、なにかを取り出し、男性に差し出す。

 それは一冊の手帳のように見えるなにかであった。

 硬く薄くスベスベした感触の表紙は緑と白が配色されており、そこには誰のものかわからない名前と、七桁の番号が記されていた。



「……これはなんだね?」

「つうちょう」

「……つうちょう?」

「ひとが、どうがを、みると、ちょっと、おかねが、たまる、です」

「そうなのか」

「どうが、しゅうにゅうを、ぎゃらとして、もらって、おかねが、ふえる」

「…………つまりこれは帳簿のようなものなのかね?」

「……そう」



 今、ものすごくめんどうそうな顔をしたので、たぶん細かくは違うのだろう。

 まあそれは男性が理解しなくてもいいことだとして――



「なぜ、お金をためようと? 城の宝物庫が空になっているということもあるまいし……あと、この表紙に書いてある名前は誰だね?」

「ぎめい。なまえ、ないと、つくれないから。ハァ……しゃべるの、しんど……」

「もう少しがんばってくれたまえ。それで、お金を貯めようとしている理由とは……」

「ほしいものが、ある」

「そうなのかね? 言ってくれれば、買ってやるものを……」

「じぶんで、かう、です」

「ちなみに、なにを買うつもりかは……」

「……………………」



 眷属が死んだ目をしながら口を閉ざした。

 どうやらそろそろ、しゃべるのがめんどうすぎてキレそうになっているようだった。


 そろそろ引き際だろう。

 むしろ普段まったくしゃべらない眷属が、よくここまで言葉を発してくれたものだと感動するところだ。


 ともあれ――わかった。

 眷属はほしい物があるのでお金を貯めている。

 だから、嫌がりながらも動画に出ている。


 よかった。疑問は一応、氷解したのだ。

 本当によかった。

『実はドラゴンのことが好きで嫌がっているフリをしつつも心の底では望んで協力している』とかいうオチが真実にならなくて本当によかった。



「……まあ、私はお前を一個の人格と認めたのだ。なんでもかんでも私に報告する義務はない」

「…………」

「ただ、無理をするのはよろしくない。なにか困ったら私に言いなさい。お小遣いぐらいならばあげよう」

「…………」



 眷属は無言のままうなずいた。

 男性は微笑んで――



「では、戻りなさい。今日はたくさんしゃべらせて申し訳なかったね」

「……ようせい」

「ああ、そうだね。妖精が起きたらお礼を言っておくといい。お前のためにがんばったのだ」

「…………」



 眷属はテーブルの上で眠る妖精に視線を落とす。

 そして、人差し指で妖精の頭をなでながら――



「かわいい。たべちゃいたい」

「比喩表現かね? そうだね?」



 眷属は目を見開いてコクコクと何度もうなずいた。

 ひょっとしたら城内の住人たちの関係は、結構危ういバランスで成り立っているのかもしれない。

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