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58話 吸血鬼は妖精の想いを継いでいく

「成長ホルモンについて妖精さんとお話ししたいとか!」



 なぜそんな流れになっているのか、男性にはまったく心当たりがなかった。

 ソファに腰掛けた男性の目の前。

 ローテーブルの上でフロントラットスプレッド――握った拳を腰あたりに添え、胸を反らし、がに股になってふとももの筋肉を見せつけるかのようなポーズ――を行っている、小さな人物をまじまじ見てしまう。


 そいつはおおよそ一般的なサイズではなかった。

 手の平サイズの女の子である。


 尖った耳に、露出の多い服装。

 背中の四枚羽根。


 妖精。

 世間においては『いないもの』とされているくせに、『妖精のよう』という比喩を用いれば『かわいい』とか『綺麗』という意味になるぐらい優遇されている種族である。

 実際に容姿は悪くない。


 しかし、頭は悪い。

 悲しいほどに――悪い。

 だから男性は、『またバカがよくわからないことを言い出したのか、かわいそうに……』と早くも涙腺がヤバかったのだが……



「眷属さんが、身長を伸ばしたいという話を聞いたのです。妖精さんの出番です。妖精さんは筋肉に頭がいいのです!」



 どうやら先ほどした眷属との会話をどこかで聞いていたらしい。

 男性は苦笑しつつため息をつく。



「たしかにそうだね。眷属はなんというか――なぜかはわからないが、大きくなりたがっている。どうにもアレの考えはよくわからないが……」

「身長と筋肉は切っても切れないものなのです。妖精さんは普段から妖精さんに優しくしてくれている眷属さんに恩返しをするべくしてするべきでするする……」

「わかった。もういい」

「する!」



 勝手にしろ。

 と、放置するのは、あまり優雅な対応とは言えないだろう。

 余裕のある者は他者へ慈愛をもって接するものなのだ。そして男性は気品と優雅さを常に持ち続けたいと願っている――最近は願いが叶っていない気はするのだが。



「……まあ、そうだね。貴様が『身長の伸ばし方』を知っているのであれば話が早い。眷属は私がどうしてこの身長になったかを知りたいようだが、私は特に意識して行っていたことなどないのだよ」

「わかるー」

「知能指数が」

「違うのです! 本当にわかるから『わかる』と言ったのです!」

「紛らわしいな……」

「身長の高い人に『あなたはなぜ身長が高いの?』と聞いても、そんなのはわからないのは、わかるのです!」

「おお、なにか貴様がとても複雑な発言をしているように聞こえたぞ」

「妖精さんは繰り返される筋トレと有酸素運動によってついに知能を手に入れたのです」



 今まで知能がなかったことを自覚できているあたり、本物だった。

 妖精はついにエリート妖精にたどりついたのだ。


 信じられないが喜ばしい。

 これまでの悲しいほどのバカさ加減を思い返すと、男性は涙を禁じ得ない。



「しかし貴様がまさか知能を手にするとはね……いや、めでたいことだ。今夜は祝おう。なんでも貴様の好きなものを用意させよう。プロテインかね?」

「妖精さんは妖精なので花の蜜が主食なのです。タンパク質は摂取できないのです」



 衝撃の新事実であった。

 なにが衝撃って、その事実を思い出していたことが衝撃である。

 どうやら妖精の知能は本物らしい。


 喜ばしいのだが――

 男性はなにか無性に、バカだったころの妖精が懐かしくなってきた。

 妖精はポーズをサイドチェスト――体の側面を相手に向けながら腕を曲げ、胸筋や上腕二頭筋を見せつけるような姿勢――に変えながら、



「ゼェェェイ!」

「……いきなりどうした」

「筋肉に気合いを送り込んでいるのです」

「そ、そうか……」

「さあ早めに眷属さんの身長の伸ばし方を検討するのです」

「なにかこのあとに予定でも?」

「ないのです! でも、早く!」

「そ、そうか……しかし身長の伸ばし方は、検討もなにも、貴様が答えを知っているのではないのかね?」

「妖精さんがわかるのは一般論だけなのです。ハァァァァ! 眷属さんの普段の生活や、好み食べ物などはあんまりよく知らないのです。フゥゥゥゥ! 長く眷属さんと一緒にいる吸血鬼さんからのお話もイヤァァァ! 聞いてから判断すべきだと妖精さんは考えるのです!」

「すまない、合間合間の雄叫びが気になって話が頭に入ってこないのだが……」

「気にしないでほしいのです!」



 そう言いながら、妖精は両腕を伸ばし、胸は張ったまま拳を背中側にまわしてポーズをサイドトライセップスに変え――



「フゥゥゥ……まずは眷属さんの睡眠時間と主食を知りたいのです」

「あ、ああ……睡眠時間は、そうだね……私より遅く寝て、私より先に目覚めているようだから、それほど長くはないのではないかな? まあ、そもそも私がよく眠るので世の人類およびコウモリの平均と比べてどうかはわからないが……」

「ハァァァ! 主食は?」

「う、うむ……野菜、果物が主食かな。人に出す料理の味見程度はするだろうが……あとは最近見ないが、昔は昆虫をよく食べていたよ」

「昆虫――あっあっあっあっ」

「どうした!? まさか貴様、眷属が貴様に優しくする理由が、貴様を捕食対象として見ているからだと気付いてしまったのか!?」

「力が――もう……!」



 なにか非常に危機感のある表情でそう言うと――

 妖精はポージングをやめ、ぺたりとテーブルの上に座りこんだ。



「…………」

「……妖精、貴様、どうした?」

「ああ……ポージングがたもてない……ポージングをしないと、頭が、悪く……」

「まさか貴様……! 今までの謎のポーズの数々は、知能を維持するために……!?」

「マッスルエリートたるボディビルダーの方々への信仰を示す聖なるポーズで知能アップ作戦だったのです……妖精さんは、もう、なにも、知能を高めすぎた反動で明日までなにも考えられなくなって……!」

「妖精、貴様……! なぜそこまで……!」

「眷属さんや、吸血鬼さんに、恩返しをしたかったのです」

「妖精……!」

「優しくしてくれた……みんなに……ああ、だんだん、なにを言っているかわからなく……吸血鬼さん、妖精さんがバカになったら……その時は、眷属さんの、身長を……!」

「妖精ー!」

「…………」



 妖精は――

 透明な表情になった。


 呆けたようにあたりを見回し、首をかしげる。

 そして――ニコッと笑った。



「きゅーけつき」

「妖精!」

「くすくすくす」



 知性の感じられない笑い声。

 男性は気付く。

 彼女は限界以上の力を振り絞っていたのだ。


 眷属のために。

 自分に優しくしてくれた相手のために――筋肉に乳酸をため、体中を酷使しながら、限度を超えた知能を発揮していたのだ。


 その代償として――

 明日まで、大昔にいっぱいいたモブ妖精みたいな知能になってしまったのだ……!



「馬鹿者め……なぜ、そこまでした。貴様を城に受け入れたのはただのそういう流れがあったからだし、眷属が貴様に優しいのだって、食欲発散のための代替行為に過ぎないはずだ」

「よーせいさん!」

「貴様が恩を感じることはなかったのだ。……だがな、貴様の想いは私が継ごう。貴様の知性は一瞬で散ってしまったが、その落ち行く、知能という名の花弁はたしかに美しかった」

「くすくすくす」

「大丈夫だ。貴様がたとえ、明日までバカのバカのバカだとしても、私はきっと、身長を伸ばす方法を調べてみせる。どのようにかと言えば――私にはケイタイ伝話(でんわ)があるのだ」



 その手にあるのは情報の大海へ漕ぎ出すための小舟。

 ――検索せよ。

 答えは数多あり、真実はその中に一握りもないかもしれない。

 その道行きは困難を極めるだろう。玉石混淆。真偽さえ不明な諸説がうずまく魔境、その名はインターネット。男性にはネットリテラシーがなく、最新技術へのなじみがなく、そして常識も社会性もないがゆえに情報の真偽を判別する術さえ乏しい。


 それでも、行く。

 なぜならばその身には、その日夜までの知性を代償として、限界を超え人のためになろうとした妖精の想いが宿っているのだから。



「だから貴様は今日は休め。明日になれば貴様は己のしたことさえ忘れているかもしれないが――それでもいい。貴様が覚えていなくとも、貴様の雄姿を、私が覚えている」

「ゆーし」

「さて、では、始めようか。バナー広告、釣りサイト、迷惑メール。すべてまとめてかかってくるがいい。久しぶりに、なにもかもを蹴散らしたい気分だ……!」



 男性はインターネットアプリを起動した。

 始まるのは果てなき情報との格闘。ようするに――

 ――このあとめちゃくちゃ検索した。


 ※妖精は翌日元に戻りました。

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