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57話 吸血鬼はちょっとだけ眷属の気持ちを理解する

 男性が目覚めると――



「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

「うおっ!?」



 ――少女が隣で寝ていた。

 片目を黒髪で隠した、メイド服着用の幼げな少女である。

 容姿はよくよく見れば優れているのかもしれない。

 とはいえ、寝起きに見るのはあまり心臓にいいものではない。



「な、なにをしているのかね?」

「…………」



 少女はむくりとベッドの上で軽く体を起こす。

 そのけだるげな表情と、微妙にシワになったメイド服には妙な倒錯感があった。


 男性が彼女をベッドに連れ込んだ――

 わけではないだろう。


 長いこと同じ城に住んでいるが、男性が少女をベッドに連れ込んだことは一度もない。

 吸血鬼と、その眷属。


 今や幻想の向こう側に消え去った、世間では『いないもの』とされている生物たち。

 傍目には『おじいちゃんと孫娘』にしか見えない両者の、真実の関係性はそういうものであった。


 だからこそのおどろきでもある。

 吸血鬼にとって眷属とは本来、『切り離し可能な肉体の一部』であった。


 普通、勝手な行動は――主が寝ているあいだにベッドに忍び込むなどの行動はしない。

 だからこそ男性はジャンプしてベッドから出るぐらいにおどろいたのだけれど……



「…………」



 眷属はジッと男性を見るだけで、質問には答えようとしない。

『肉体の一部』ではあるが、もとより無感情な彼女の意思を察することは、主たる男性にすら難しい。

 離れていても男性から眷属へ命令はできるものの、その逆はできないのだ。

 だから、会話により彼女がなにを考えているか引き出すしかないのだが……



「………………」



 眷属は無言であった。

 彼女は声を発するのを極度にめんどうくさがる傾向があるのだ。



「しかし黙っていてはなにもわからないだろう? なぜ、私のベッドに入り込んでいたのか、理由を説明したまえよ。お前はそんなことをする子ではなかったはずだが……」

「……」



 眷属は――

 まず、ベッドから降りて、男性の目の前に来た。

 次に、自分を指さした。

 そして、男性のベッドを指さし――

 最後に、手振りで丸っこい物を表すような動きをした。



「……わからん!」



 わかるはずがなかった。

 これに対し眷属は目を細め、眉間にシワを寄せ、下唇をとがらせた。

 超めんどうくさそう。



「お前がしゃべるのを嫌うことは重々承知しているのだが、なにを言いたいのかわからないから言葉で説明したまえよ」

「…………ハァ」



 眷属はため息をついた。

 そして――



「へやに、なんか、でた」

「……虫かね?」

「ごはん、では、ない、です」

「では、なにかね?」

「ふゆかいな、もの」

「ドラゴンか?」



 眷属はうなずいた。

『不愉快なもの』ですぐドラゴンだとわかるのも、なんだか切ないが……



「お前の部屋にドラゴンが? なぜ?」

「……」



 眷属は『そんなの自分がわかるか』というような顔をした。

 たしかにそうだなと男性は思った。



「まあ、なににせよ迷惑なことだったね。それで私のベッドで――いやまあ、私のベッドで寝る理由にはなっていない気がするのだが、ともあれわかった。ドラゴンには私から、眷属の部屋に立ち入るなと言っておこう」

「……しろから、でていけ」

「お前のドラゴン嫌いはあいかわらずだね……まあ、たしかにアレと付き合うにはコツがいるのだけれど、せっかく同じ屋根の下に住んでいるのだし、もう少し仲よくできるといいのだが」

「無理」



 かつてないほどハッキリした語調で言われた。

 小説でたとえるならば、今までセリフが全部ひらがなだったのに、そのセリフだけ漢字になったかのようだ。



「ふーむ……なにか、お前とドラゴンとで共通の趣味でもあるといいのだが」

「…………」

「お前の趣味はなにかね?」

「……………………しずかに、すること」

「それ以外に」

「……」



 眷属が鼻にシワを寄せて上唇をわずかにあげ、『いー』とでも言うように歯を露出させた。

 超イヤそうな顔だった。


 しかしここで引き下がっては、眷属とのコミュニケーションはできない。

 男性は食い下がった。



「まあ、ドラゴンと仲よくするのはおいておくとしても、私個人も、お前がなにを趣味にしているかは興味があるのだ」

「……?」

「我らは長い付き合いになるが――なにせお前は私にとって肉体の一部だし、最近まで『付き合い』という感じさえなかったが、ともあれ長くともにいるだろう?」

「……」

「しかし、私はお前のことをほとんど知らないのだ。今まではそれでよかったが、お前をいち個人と扱わないと聖女ちゃんが色々心配するのもあるし、この機にお前という存在を見つめ直そうと、私はそう思うのだよ」

「……せいじょ、ゆうはんに、しても?」

「暴力による解決はよくない。私と彼女の戦いは、非暴力的に、相手の心をくじくことで決着となるのだ」

「…………ハァ」

「めんどうがらずに」

「……せ」

「せ?」

「しんちょう、のばす」

「それ以上大きくなる気なのか……」



 もともと普通のコウモリだった。

 それがいつしかニンゲンみたいな姿になっていたのだ――質量も体積も当時の何倍かもわからぬほど増えに増えている。

 このままのペースで増え続けたら三千年後ぐらいには眷属の質量で大陸がヤバくなりそうだ。



「……そうだ、最近、ドラゴンの付き合いで動画にも出て――わかった、この話題はやめよう」



 詳しくお伝えしてはいけない表情をされた。

 よほどイヤらしい。



「……よし、ではこうしよう」

「……?」

「ドラゴンについてでも、他のことでもいい。夜、私が眠る前に、お前から不満や相談を受け付ける時間を設けよう」

「……」

「お前は話すのがめんどうなのかもしれないが、私はお前の言葉を聞きたい。ただ、お前に命令してなんでもいいから話させるというのもよろしくないだろう。そこで折衷案というわけだ。どうだね?」



 眷属は――ちょっとだけ迷う素振りを見せたあと、うなずいた。

 男性は眷属の頭をポンポンとなでる。



「では、まだ夜ではないが、いい機会だ。さっそく相談はあるかね?」

「……あるじは、どうやって、おおきくなったのか」

「…………」

「主は如何にして大きくなられたのか、その理由をお尋ねしたく候」

「ハッキリ言い直さないでも聞こえている。どうやって……どうやってと言われても気付けばこうなっていたという感じだからね……」

「よるまでに、まとめておいて」

「……」

「ください、ませませ」

「…………まあ努力しよう」



 男性はため息をつきながら述べた。

 ひょっとしたら、『しゃべること』を求められた時の眷属も、こんな気持ちなのかもしれない。

 めんどくさいことになった。

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