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53話 吸血鬼は闇をこじらせている

「おじさん、おはようございます!」



 ギギィィィィィィ……

 ゴーン、ゴーン、ゴーン……


 開かれた扉は中に人が入ると日光避けのためきしみながら閉まった。

 ドアが閉まると同時に鳴り響く時計の音は、初見の人をびっくりさせる匠の遊び心である。


 玄関ホール。

 二階へと続く大階段を正面に見るそこで、今日も男性と聖女は出会う。


 白髪の男性はシャツにズボンという服装でポケットに手を突っこんで立っていた。

 キメ顔だったが聖女が特にリアクションしてくれないので、そのままの表情であいさつを返す。



「やあ、おはよう、聖女ちゃん」

「はい、おはようございます! 今日もお部屋は掃除中ですか?」

「うむ。なにもこんな朝早くから私を追い出すように掃除をしなくてもいいと思うのだがね」

「眷属ちゃんもきっと、おじさんに外で活躍してほしいんですよ!」

「いや、それはないと思うが――ああ、そうそう。今日は君に渡す物があったのだ」



 男性はポケットから手を出す。

 その手には、木製の懐中時計が握られていた。



「あ、わたしの懐中時計ですね! 直し終わったんですか?」

「うむ。時間も正確だ。ただ――悔しいことに、これを作ったマエストロは私よりも優れた技巧の持ち主だったようでね。修理はしたが、以前よりは壊れやすくなってしまったかもしれない」

「そんな! まさか直るなんて思ってもみませんでしたから、こうしてまた動いてくれただけで充分ですよ! おじさん、ありがとうございます!」

「まあ、君にはなにかと世話になっているからね」

「いえそんな! わたしはおじさんのような優れた技能を持った人が社会に出て活躍することがなによりの望みですので! その一助になればと思っているだけです! お気になさらず!」

「そうか。だったらなおさらすまないね、無駄足を踏ませてしまって……」

「時計も直していただきましたし、今日は特に気合いを入れて社会復帰に向けて活動していきましょうね!」

「……」



 時計なんか直さなきゃよかった。

 男性はそう思いもしたが――反面、『気合いを入れた聖女』というものに興味もあった。


 昔から男性は、相手に本気を出させてそれを叩き潰すことに価値を見出す性格だった。

 そしてこの何気ない会話風景は、その実、『社会に復帰させたい聖女』と『外に出たくない男性』との戦いである。


 ならば気合いを入れてもらえたのは幸いだ。

 相手が気合いを入れ、本気になった時こそ、それを叩き潰す愉悦もまた大きくなる。



「クックック……よかろう。では聞かせてくれたまえよ! 君が『気合いを入れて』私を社会復帰させるための、策を!」

「おじさん、ノリノリですね!」

「どうやら私は、相手の本気度に応じてやる気が出るタイプらしいのでね」

「今までも本気ですよ! でも今日は必殺です!」



 必殺。

 どうやら必ず死ぬらしい。

 やっぱり社会復帰とは怖ろしいことだったのだ……!



「私は思えば、今まで、おじさんのことをよくわかっていなかったんだと思います」

「ふむ?」

「吸血鬼を自称していることと、職歴がないことと、国有のお城を勝手に占拠していることしかおじさんのことを知りませんでした……」

「……」



 ろくでもないおじさんもいたものだった。

 しかし彼女の言葉には色々と真実ではないことがふくまれている。


 まず、男性は『自称』吸血鬼ではなく、本物の吸血鬼だ。

 ただしこれは、今時の若者に信じろという方が無理だろう――なにせ吸血鬼やドラゴンや妖精などは、現在、お伽噺にその名を残すのみであり、世界のどこにもいないというのが通説なのだ。


 あと国有のお城を勝手に占拠しているというのも間違いだ。

 もともとここは男性の所持している物件である。


 ただし男性には戸籍がないので(吸血鬼だから)、戸籍上の持ち主がいない城を国が保有しているという扱いになっているみたいな話のようだ。

 男性は社会性がないのでそのへんのことがよくわからない。

 また、現在こうむっている迷惑が『聖女が社会復帰させにくる』ぐらいなので、名義上の所有者が誰でも別にどうでもいいと思っている。


 職歴は……

 まあ、ない。



「それがなにかね?」



 男性は見下すように顎を上げた。

 会話の流れから職歴がないことを開き直っているようにしか見えなかった。

 ろくでもないおじさんもいたものだ。



「はい。でも、最近は、おじさんの趣味が日用大工ということを学びました。これはわたしにとって大きな進歩です」

「ふむ」

「というわけで、本日は、こんな物を持ってきました!」



 聖女が背中側から一枚の紙を差し出す。

 男性はその紙を受け取り――



「ぬうッ!?」



 重いボディブローを喰らったように前屈みになった。

 その紙に描かれていたものとは――



「『世界の工具展』のチラシを持ってまいりました!」

「『世界の工具』だと……!?」



 男性は食い入るようにチラシを見る。

 そこには男性の生きた時代にはなかった数々の工具が存在した。


 魔動ドリルとか!

 六角レンチとか!

 それ以外にも――



「なんだと……!? ノコギリは今、こんなに多くの種類があるのか……! それにこのハンマー! 釘がめりこまない素材だと!? 想像もつかん! ……!? このカンナ、これほどまでに薄くカンナがけすることが可能なのか!? おがくずが透けているではないか!」

「どうですおじさん、なんと、『世界の工具展』の会場では気に入った工具を購入することもできるんですよ!」

「よし、行くか!」

「やった!」

「あ、待て。待ちなさい。そうではない。そうではないのだ……」



 危なかった。

 今までで一番の危機だった――思わず本当に外に出そうだった。



「……あーその、なんだね。通販があるではないか。そう、わざわざ会場に出向かずとも、今のご時世ならば家でお買い物ができるのだよ」

「そうおっしゃることは想定していました」

「なんだと……!?」

「会場限定工具があるのです! その超薄く削れるカンナとか!」

「ぬう……!」

「それに、会場には工具作りの匠もたくさん来ていまして、なんと――オーダーメイドも可能だとか!」

「オーダーメイド!? 馬鹿な! そんなマニアックな展覧会、いったい誰が喜ぶというのだ! 私は嬉しいが!」

「どうですこの、玄人向けすぎて一般客をまったく見込んでいない展覧会! おじさん、こういうのお好きではないですか!?」



 めっちゃ好き。

 だが、しかし――『外に出たくない』という気持ちと『工具ほしい』という気持ちが、果てしなく均衡に近い状態にあるが、まだ『外に出たくない』という気持ちの方が、わずかに重い。



「くううう……! この、形状からは用途がさっぱり想像できない工具なども気になるが……! 正直知らない場所に行くとかこの年齢になるとめんどうくさいのだ……!」

「おじさん、大丈夫ですよ! わたしもご一緒しますから!」

「やめてくれ! 君に引率されて行くのは恥ずかしい!」

「思春期の男の子みたいなこと言わないでくださいよ!」

「似ているが違う! 君にはまだわからないだろうが、歳をとると若者と一緒に行動するのはなかなか勇気がいるものなのだ! 共通の話題とかないし! 話題を探すあいだの沈黙の怖さを君はまだ知らない!」

「大丈夫です! わたし、がんばりますよ!」

「そうではない!」



 若い子に気を遣わせエスコートしてもらうこと自体がイヤなのだが……

 この心理を若者に理解させるのはなかなか難しい。

 おっさんという生き物は思春期の男子の次にめんどうくさいのだ。



「とにかく……とにかく! 私は、行かない!」

「そんな! 今までになくいい感触だったのに! なにがいけなかったんですか!?」



 なにもいけなくはない。

 ただ、彼女の話も、彼女の気遣いも完璧すぎて――



「会場でよくわからない不運に見舞われる気がする。あと帰り道とかすごく憂鬱になりそう」

「ええええ……!?」



 降って湧いた『いい話』に飛び込んでいけない。

 すぎた幸運の前で足踏みをする。


 これから起こるできごとの悪い可能性ばかり頭によぎり――

 楽しんだあとの『振り戻し』がいつも脳裏にチラついている。


 それこそが闇の者。

 光の者にはきっと理解できないであろう、『弱さ』とも言える性質で――


 ようするに吸血鬼は、聖女が想像もできないほどめんどうくさい性格をしているのだった。

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