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5話 実際吸血鬼は外に出るヒマがない

「朝ですよー!」



 ガッシャアア!

 分厚く黒い遮光カーテンが一気に引き開けられる。



「ギャアアアアアアア……あああああ……ふう」

「おじさん、疲れてません!?」

「いや……どんなに朝日を嫌がってみても、君は全然、私を吸血鬼と認めてくれないからねえ」



 ブランケットからもぞもぞと出て、ベッドのふちに腰かける。

 タバコ、酒――それらは彼女の前ではよしているので、なんとなく口寂しい。


 男性はチラリと部屋の片隅を見た。

 そこには壁と壁のまじわる場所、部屋の角にぴったりと背中をつけて、メイド服の少女――眷属が控えている。


 口寂しい時には眷属を甘噛みしたりもするのだが――

 今はなんとなく、やめた方がいいだろう。


 男性は深く息をつく。

 そして聖女へ向き直った。



「それでお嬢ちゃん、今日はどんなご用件かな?」

「今日はですね、このあいだお休みをした日の成果を活かしてみようと思ったんです」

「お休みをした日? ……ああ、そういえば、珍しく来ない日があったねえ。なにをしていたんだい?」

「吸血鬼について調べてました!」

「ほう」



 男性は少しだけ身を乗り出す。

 そして、たずねた。



「君は吸血鬼を信じていないのではなかったのかな?」

「信じてません! でも、おじさんが吸血鬼を名乗るなら、わたしも勉強した方がいいと思いまして!」

「なるほど。……それで現在、人の社会において『吸血鬼』というのはどのように伝わっているのかな?」

「はい。まずは――前々から言ってますけど、基本的に『いないもの』とされてます。というか、おじさんもわかってますよね、本当は」

「……争うのがめんどうで、だいたい折れるおじさんにも、ゆずれないものはあるんだよ。吸血鬼の存在まで『まあ、いないことでいいかな』と折れてしまうことはできないねえ」

「むむむ……でも、今日はわたしの調査した『吸血鬼』の設定をもとに、おじさんの設定の矛盾を突く方向ですからね! 聖女、容赦しません! あなたの妄想を浄化します!」



 ビシッ、と彼女は男性を指さす。

 男性はわずかに笑った。



「ふむ、なかなか面白い趣向だ。それで?」

「まず吸血鬼は日の光に弱い――これは、おじさんがいつもアピールしている通りですね」

「そうだねえ。弱い個体になると日光を浴びただけで体が灰になったりもしたものだ……私ぐらいになると全身が燃え上がるぐらいですむがね。仲間とともによく『度胸試し』と称して太陽の下でダンスなど踊ったものだよ」



 懐かしく麗しき日々を思い出す。

『闇夜に踊る者』と謳われていたあのころ――昔は仲間も大勢いたものだ。


 今は一人だが、男性としては『まあそんなものだろう』と受け入れている。

 もともと日差しの下を歩けない種族の寿命など、それほど長くないと思っていたのだ。



「あとは……流水を渡れない……渡ったところを見たことないですけど……」

「ふむ、それも合っているね。川の向こうなどに行きたい時には、よく流れを止めてから渡ったものだよ……」



 うっかり流れを戻し忘れると、水がせき止められてしまって、流れを戻した時、大洪水が起こったりもした。

 それで村の一つ二つ壊滅させてしまったこともあったような気がする――若いころは人の迷惑をかんがみずに色々やっていたなあと懐かしい気持ちだ。



「そして――血を吸う! 吸ったところ見たことないですよ!」

「そうだねえ。けれど、歳をとるにつれ食欲がなくなっていてね。最近はもう、年に二回も血を飲めばそれで事足りるよ」

「つまりおじさんは、年に二回は若い女性を襲っているんですね!? そんなことをしていて神殿騎士が見逃すはずありません! つまりおじさんは血を吸っていない! よって吸血鬼ではない! どうです!?」

「いや、吸ってはいるが……若い女性? ……ああ、そういえば、昔は相手の若さとか、美貌とかにこだわっていた時期もあったかなあ……」



 高い酒だけがうまい酒だと思っていたころの話だ。

 ようするに、味よりも付加価値を楽しんでいたのである――動物だって、人だって、血液は血液だし、若い女でも血がまずいヤツはいるし、そのへんの野良猫でも血がうまいやつは存在した。


 そのあたりも、仲間がいなくなってからは特にこだわっていない。

 なにせ、どれほどの美女から血を吸っても、自慢する相手がいないのだから。


 まあ、健康には気遣うようになっている。

 最近は主にニワトリの血で生きているが、眷属に買いに行かせる時などは、産地に気をつけさせているし、シメたては体に悪いので、少々熟成させるなどの健康法も行っている。



「まあ、人様に迷惑はかけていないよ。ニワトリの血も、なかなかいいものだからね」

「……のらりくらりと……よく考えたらおじさん、おうちから出ないから、水を渡るところを見る機会も、日光の下で燃えるのを見る機会も、血を吸ってないのだっていくらでもごまかしがきくじゃないですか……!」

「そうだねえ」

「と、いうわけでですね」



 聖女が背後からなにかを取り出す。

 それは――蓋付きのカゴだった。


 なんとも中途半端な大きさだ――手のひら二つを合わせたより、少々大きいだろうか。

 今までどこに持っていたのか、男性視点ではうかがえなかった。



「そのカゴはなんだい?」

「今日はおじさんにお弁当を持ってきたんですよ」

「ふむ? 血液かね? それを飲むことで吸血鬼だと信じてもらえるならば、空腹は感じていないが食事にしてもいい」

「違います。お弁当は、これです!」



 カパッとカゴの蓋が開けられる。

 入っていたのは――



「ニンニクです! 吸血鬼はニンニクが苦手! どうですか!?」



 言葉の通りの物体だった。

 マジで言葉の通りである――調理もなにもされていない、生のニンニクなのだから。



「……どうと言われてもねえ。おじさん、リアクションに困るな。どう反応したら、おじさんを吸血鬼と認めてくれるんだい?」

「…………そういえばそうですね」

「だいたい、生のままのニンニクなんて、吸血鬼じゃなくても苦手だろうに。それにね、吸血鬼はニンニクが嫌いというのは、我々は人に比べて感覚が鋭いから最初『ウッ』ってなるだけで、別に食べたり嗅いだりしたら実害があるというわけではないんだよ。だから、ニンニクなんて、若い吸血鬼をおどろかせる程度の効果しかない」

「むむむむ……」

「あと、おじさん、どうにも君たちの知る吸血鬼より上位の存在っぽいから、君の言う方法では判別できないと思うんだけどねえ……鏡にも映ることができるし、影もあるし」

「それ、それズルいですよ!」

「ズルいと言われてもねえ……」

「だって、『上位の存在』とか言い出したら、あとは言いたい放題じゃないですか!」

「事実なんだからしょうがない。大人しくおじさんを説得するのはやめて、よそへ行ったらどうかね?」

「いーえ、あきらめません! あ、じゃあ、太陽の下で燃えてるところ! 見せてください! 出ましょう外に!」

「嫌だよ。だいたい君ねえ、それで本当に私が燃え尽きて死んだらどうするんだい?」

「……それは困りますけど……」

「だいたい、おじさんは外には出ないと何度も何度も言ってるんだがねえ……」

「……ぐぬぬぬぬ」



 聖女が聖女らしからぬ声を出した。

 そして――



「次! 次こそはもっと色々作戦を練ってきますからね! 今回は詰めが甘かったっていうか、調べただけではしゃいじゃいましたけど、次は絶対、おじさんが吸血鬼じゃないことを証明してみせます!」

「まあ、がんばってくれたまえ」

「では今日は掃除の続きをしましょう」

「…………」



 そういえば前回、けっきょく途中で終わったのだった。

 だって城が広いんだもん。


 そういうわけで、今日も吸血鬼は家を掃除する。

 外に出る暇なんか、ない。

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