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49話 ドラゴンは世間に適応を続けている

「全裸で表に出ることができぬとは、哀れよな」



 ドラゴンは言った。

 場所は男性の私室である――掃除を終えられた部屋は、心なしか綺麗なような、しかし普段とそう変わらないような、不思議な感じがした。


 聖女はとうに帰宅しており、時間はそろそろ昼になろうかというころだった。

 男性は早速ガウンに着替えてベッドにインしている。


 眠いわけではなかった。

 部屋で一番落ち着くのが、ベッドの上なのである。


 その癒やしの時間を渋い声で邪魔するのが、ドラゴンとかいう生物だった。

 この赤い、亀に蛇を突き刺したような、翼と角の生えた毛のない生命体は、世間には子犬に見えるらしい。

 なので男性は、目の前でホバリングするドラゴンに言う。



「それは、君は世間から子犬扱いされているのだから、服を着ていたらおかしいだろう。普通、犬猫は服を着ないものだ。だが、私はそうもいかない。私の『世間』は、私が全裸でうろうろすることを許さないのだ――部屋では全裸でいたいのだがね、本当は」

「聞き捨てならんことを言ったな」

「ああ、部屋で全裸のことかな? 実はだね、昔、眷属に――」

「犬猫が服を着ていたらおかしいだと?」



 そこなのか。

 だが、よくよく考えれば、このドラゴンは自分に関係ない話題にはとことん食いつかない性格をしていたので、なにもおかしくなかった。


 愛されたいとか言っているわりに、そのあたりは変わらないようだ。

 愛されドラゴンへの道のりは遠い。



「最近の犬猫は服を着るのだぞ。そうだ、ちょうどいい、今日は貴様に話しておきたいことがあったのだ」

「なんだね」

「我の服を買え」

「自分で買いたまえ」

「それもいいのだが、主な収入源である大道芸ができなくなったのでな」

「ああ、眷属が付き合わなければならないのか、そういえば……私が『付き合わなくていい』と許可したからね……」

「いや、最近は無断で大道芸をやっていると国家権力が止めに入るのだ」

「……」

「なんでもかんでも決まり決まりでイヤになる。公園にペットを連れて入ってはならんとか、子供は昼に学校に行かなければならんとか、散歩の際には首輪とリードをつけねばならんとか、まったくもって生きにくい世になったものよ」

「そういえば君、散歩の際はリードをつけているのかね?」

「当たり前であろう」

「全裸でか」

「当たり前であろう」



 全裸で首輪とリードをつける老人。

 おぞましいとか怖ろしいとかを通り越して、胸が締め付けられる切なさがあった。



「……たしかに、君が全裸だと意識させられた今、君には是非とも服を着てほしい気分になってきたよ」

「そうか。ならば我に服を与えるのだ」

「わかった。しかし、私は自分の服を買いに行く服もないぐらいなのだ。そもそも外には出ない。それでどうやって君に服を買い与えればいいのかね?」

「通販があろう」

「…………つうはん?」

「知らんのか。注文した品を家まで届けてくれるのである。貴様のケイタイにアプリを入れて、住所などの登録はすでにすませてある。あとは貴様の口座番号かカード番号があれば、自動で商品の代金が引き落とされるという寸法よ」

「君がなにを言っているのかわからない」

「とにかく我に口座番号を教えよ。なあに、悪いようにはせん」

「悪いようにしかならない気がするのだが……あとね、それがなにか知らないが、そんなものは持っていないぞ、私は」

「……なんだと……貴様、貯金とかせんのか……?」

「しているだろう、宝物庫に」

「…………そうであったな」



 ドラゴンがよろめく。

 なにかショックを受けているらしいが、男性にはよくわからない。



「つまり、なんだ、私の持っていないなんらかの手段でしか、商品代金を支払えないので、君の服を『通販』では買えないと、そういうことかね?」

「うむ。こうなるとタッチペン同様、『店先で物欲しげな顔をしたり該当商品をつついたりして与えてくれる物好きが来るのを待つ』という戦法をとるしかない……だが、我の服はタッチペンより高いゆえ、それだけ物好きが通りかかる確率も下がるであろう」

「君、物乞いをしてタッチペンを手に入れていたのか……」

「物乞いではない。カワイさを売ってタッチペンを買ったのだ。等価交換である。しかしそもそも通販サイトでは人が通りがからぬゆえ、我のカワイさに値段をつけてくれる者もおらんか……」

「生きにくい世の中になったようだね」

「まったくだ」

「……ああ、そうだ。財宝払いというのはできないのかね?」

「貴様はどうやら五百年前で経済が止まっているようだな。今の世の中は価値のはっきりせん金銀財宝なんぞより、現金なのである」

「黄金はいつの世も変わらずきらめいているのだがね」

「話の隙間にポエムを挟むのはよせ。我が恥ずかしい」

「ポエムなど挟んでいないが……ともあれ、わかった。君のたっての頼みだ。眷属に財宝をお金に換えさせ、現金は用意しよう。それでダメなら知らないが」

「いやだから……まあ……代金引換というシステムもあるので、店によっては大丈夫だろうか」

「店によっては? 『通販』という店で買うのではないのかね?」

「『デリバリー』が店の名前ではないように、『通販』は店の名前ではない。商売形態の一種である。通販を行っている店は無数にあるのだ」

「では、その無数に店がある場所に行って購入はできないのかね?」

「概念上の店なのだ。実店舗もあるのだろうが、乗りこんだから買えるというものではない」

「……すまないが、意味がよく……」

「そうだな。今の一連の話をわかりやすくまとめると、『説明がめんどうだからおじいちゃんは黙ってて』になる。貴様はただ『わかるー』と言えばよい」

「君におじいちゃんと呼ばれる筋合いはないが、まあ、意見はわかった」



 時代はどうにも物凄い勢いで進歩しているようだった。

 新しい単語が一つ生まれるたびに、年寄りが数万人単位で振り落とされている感じがする。



「恩に着る。貴様に買ってもらった服は大事にしよう」

「やめてくれ。なにか気持ち悪い」

「礼に、我の腹をなでてもいいぞ」

「やめてくれ! 『全裸』という言葉がまだ私の中で響き続けているのだ!」

「ドラゴンは裸族ゆえに問題はないが」

「それでも……それでもこう……とにかく、今日は君を直視できそうもない。目から入って脳が穢れそうな気がするのだ」

「カワイさによる汚染か……」

「もうそれでいい」

「ではケイタイ伝話(でんわ)を借りるぞ」

「またそれを使うのか……最近、私はそのケイタイ伝話こそあらゆる諸悪の根源なのではないかと思うようになってきたよ」

「ケイタイ伝話は端末――すなわち道具にしかすぎん。善悪は使う者の側にこそあるのだ」

「そうは言うがね、道具には道具ごとに性能というものがあるのだ。ハンマーがハサミの代わりにならぬように、その道具にできないことは、できない。だというのに善悪を使用者にすべて委ねるという考えは、あまりに製作者側に有利すぎる。ヒトに大事なのは、便利すぎる道具を作らぬ自制心ではないかと、私はケイタイ伝話を見ていて強く思うのだよ」

「わかるーであるー」

「妖精でもギリギリなのに、君が言うといっそうムカつくのだが。しかもこしゃくな改造をしてオリジナルぶるな」

「妖精と我のユニット――『筋肉カワイイ』は近々本格活動を開始するのだ。妖精の言葉は我の言葉であり、我の言葉は我の言葉だ」

「君の全取りではないか!」

「違うな。我らの動画は貴様のアカウントで投稿されるのだ。つまり貴様の全取りである。カワイイという評価は我がもらい、面白いという評価も我がもらい、それ以外はすべてくれてやる」



 最低発言だが、堂々と言い過ぎてなにも言えなかった。

 男性は閉口するしかない。



「さらに妖精は最近眷属を落としつつある……『メイドと筋肉カワイイ』のデビューもそう遠い話しではないな……クックック」

「君には色々言いたいが……とりあえず、ユニット名はそれでいいのかね?」

「む? そういえばそうであったな。実はこれは『(仮)』なのだ。ゆえに正確に述べれば『メイドと筋肉カワイイ(仮)』となるし、他に思いつかなければ『(仮)』のままデビューする。――よし、手続きが終わったぞ。明後日ぐらいにとどくようだ。代金引換でな」

「私と話しながら服を買っていたのか!? 君はいつの間に、そこまでケイタイ伝話の操作に慣れたというかね!?」

「貴様が立ち止まっているあいだに、我は前に進んでいるのだ」



 前ではなく斜め下じゃないかと男性は思った。

 あと、今の発言は、とりもなおさず『男性に無断で普段からケイタイ伝話を使っている』という自白なのだが、ドラゴンはそのあたりわかって言ったのか、わかって言っていないのか……



「では、我の服がとどくまで二日間、外出を控えて待つがいい――ああいや、貴様には言うまでもないことであったか」



 ドラゴンが部屋から出て行こうとする。

 男性はたずねた。



「今日はどこに行くのかね?」

「ばあさんと話してくるのだ」

「……ばあさん?」

「三番街の動画で有名な猫である。ではな」



 ピコピコ足音を立てながら、ドラゴンが出て行く。

 ケイタイ伝話の操作に慣れ始めている点といい、いつの間にか『ブサイク猫』と呼んでいた猫と仲良しになっている点といい――



「君はすっかり世間に染まってしまったのだね」



 パタンと閉じるペット用ドアに語りかける。

 わかっていたことだが、返事はない。


 男性は静かに笑う。

 妙に寂しく、そして、妙に切ない気持ちだった。

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