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48話 吸血鬼は世間体を気にする

「お邪魔しま――おじさん!? どうしたんですかこんなところで!?」



 こんなところ。

 聖女がそう表現したそこは、城の玄関ホールだった。


 ワインレッドのカーペットの敷かれた、広い場所である。

 天井にはクモの巣がかかった――クモの巣のような飾りのかかった大きなシャンデリアがあり、男性の背後には、二階へとのぼる大階段がのびている。

 左右には他の部屋へ続く廊下があり、窓という窓がふさがれているせいか、奥まで見通そうと目をこらしても、闇に閉ざされていて先は見えない。


 開かれた大きな玄関ドアは手を離すと勝手に閉まる仕組みであり、その際に鳴る『ギギィ……』という音は来客を不安な気持ちにさせることだろう。

 ドアが閉じると同時に時間に関係なく柱時計の音が鳴り響く。初見だと『ビクッ』となること請け合いの、おもてなしの仕掛けである。



「やあ聖女ちゃん。おはよう。今朝も早いね」



 男性は玄関ホールでストレッチをしていた。

 服装は、普段、袖に工具を仕込んだガウンしか着ないが――今日は違う。

 シャツにズボン。

『正装』というほどではないが、部屋の外で人に見られても職務質問をされない服装だ。



「おはようございます……え、でもおじさんが、こんなところにいるだなんて――ひょっとして外に出ようと!?」

「いや」



 男性は首を横に振る。

 聖女が首をかしげた。



「ええと、では、なぜこんなところに?」

「実はね、眷属の掃除の邪魔になるので、一日に一度は部屋から出ることにしたのだよ」

「まあ、素敵な習慣です! 一歩一歩お外に近付いていますね!」

「……」



 たしかにそうだが、絶対防衛ライン(げんかん)から外には出ない覚悟があった。

 ここが最終防衛線なのである。



「そういうわけで、今は眷属が部屋掃除をしていて私の部屋には入れないのだ。申し訳ないが」

「いえそんな、立ち話でも全然大丈夫です! ここなら『ちょっと外に出よう』ってなった時にもすぐに出かけることができますし!」

「そんな展開はないが、君がいいと言うのなら、今日は立ち話でもいいだろう。だが――私は外に出ないぞ。ここが我が城、我が世界だからね」

「そんなおじさんに、本日は素敵なお知らせを持ってきました!」



 聖女が背中からなにかを取り出す。

 しかし聖女の背中にはバッグらしきものがないので、いつもどこから取り出しているのか、ささやかではあるがちょっとした謎ではあった。


 とりだされた物は、一枚の紙だ。

 そこにはこんな文章が書かれている。

『神殿合唱団シニア部門 新メンバー募集中!』



「……なんだね神殿合唱団とは」

「はい。神殿では、ちょっとした催しの時などに聖歌を歌うのですが、その合唱をするメンバーを募集しているのです」

「……聖歌ねえ」

「『ジュニア部門』『ティーン部門』『社会人部門』『シニア部門』がありまして、おじさんでしたらシニア部門かなと思って、持ってきました! ちなみにわたしも、ジュニア部門から始めて、今はティーン部門で歌っているんですよ」

「ふむ」

「どうでしょう? おじさんも合唱団に入ってみませんが? おじさんと同じぐらいの年齢の人もたくさんいるので、話も合うと思いますよ!」

「……私と同じぐらいの年齢の者がたくさんいるのか」



 それが本当なら、人外の集いだった。

 なにせ男性は六百年前から生きている吸血鬼である。

 ちなみにヒキコモリ歴はだいたい五百年だ。


 まあ、世間ではもはや『吸血鬼』などは『いないもの』扱いらしい。

 なので男性が何度聖女に『私は吸血鬼だ』とうったえようと、いっこうに信じてもらえず、普通のお年寄り扱いされる日々が続いているわけだが……



「……ともあれ、私は聖歌はちょっとね」

「え、なんでですか?」

「いや……そう、宗教上の理由でね」



 神に会ったことはないが……

『神にさえ逆らう真なる化け物』とか呼ばれた身である。

 どのツラさげて神を讃える歌を歌えばいいのだ。



「大丈夫ですよ! うちの神殿、そんなにガチの宗教じゃないですから!」



 聖女が力強く言った。

 男性は苦笑する。



「君の立場はなんなのだね……君は『聖女』だろう?」

「はい。でも、今はかなり、宗教的な縛りはゆるいんですよ? 戒律通りにやってると、私、一歩も外に出られなくなっちゃいますし」

「そうなのかね」

「はい。聖女は決まった時しか外に出ちゃいけない――みたいな戒律があるんです。あと、食べる物とか日々やることとか、色々戒律がありまして」

「そうなのか」

「ええ。すっごい窮屈なんです! だから本気で戒律を守り始めたら、わたしみたいなのなんて、すぐに聖女失格になっちゃいますよ!」

「……」



 それはどうだろう、と男性は疑問に思った。

 これだけ光属性の人類も、彼女を除いて他にはいまい。

 話しているだけで溶けそうになる相手を、少なくとも男性は他に知らない。



「そういうわけで、聖歌はたしかに神への賛美歌ですけれど、深く考えずに、みんなで練習したり、緊張しつつも本番に挑んだり、拍手をもらってその喜びをわかちあったり、あと発表会のあとに打ち上げしたり、そういうのでいいんです」

「しかしだね……」

「もしそういうのが軽くてイヤなら、こう考えましょう。『神はあなたの笑顔を見て微笑まれます。だから、あなたの喜びが、すなわち神への賛美なのです』と」

「おお……宗教っぽい……」

「では、早速行きましょうか!」

「いや、行かないけれどね?」

「ええええ……! 今、興味ある感じだったのに!」



 興味はないでもない。

 が、やはり外には出たくなかった。



「おじさん、いい声なんですから、きっといけます! ソロパートいけますよ!」

「今ので心は決まったよ。絶対に聖歌隊には参加しない」

「なんで!? ソロパートですよ!? みんなに注目されますよ!?」

「だからイヤなのだよ」



 どうにも聖女は『みんなに注目される』をいいことだと思っている節があった。

 やはり光の者。闇の気持ちはわからないのだ。



「うーん、じゃあ、次のお祭りの時に、わたしがティーン部門のソロパートをまかされているので、見に来てくださいよ」

「先ほどの誘い文句よりだいぶいい。しかし私は外に出ない」

「なぜですか!」

「なぜ、か」



 男性は考える。

 理由は――まあ、なくもないのだ。


『五百年も引きこもっていて出るタイミングを逸した』とか『めんどう』とか……

 もっとしっかりした理由もないでもない。考えればいくつか思いつく。

 だが、今、聖女に言って納得してもらえる理由がなにか考えて――



「着ていく服がないのだ」

「えっ、いえ、おじさん、いけますよ! その服でいけますよ!」

「いや、シャツなどはたしかに百年経とうが二百年経とうが、なんなら五百年経とうが大まかなデザインには変更がないのかもしれない。しかし、時代に合わせたマイナーチェンジは繰り返されているはずだ。そういう細かい点を外すと、逆に恥ずかしいのだよ」

「誰も気にしませんって!」

「私が気にする」

「大丈夫ですって! 格好いいですよ! 世間のみんなもそう思いますよ!」

「いいや、思わない!」

「思いますよ!」

「思わない。いいかい聖女ちゃん、『世間』というのは己の中にあるのだ。己の中にある『バカにされるかもしれない』とか、『笑われるかもしれない』とか、そういう妄想につきまとう『かもしれない』が『世間』なのだよ。そして私の中の『世間』は、私の服装を許しはしない」

「じゃあ、買いに行きましょうよ! 服を!」

「だめだ」

「なぜ!?」

「服を買いに行くのに着ていく服がないのだ」

「……」

「残念だよ聖女ちゃん。君がソロパートを任されるのがあと五百年早ければ私も外に出たかもしれないのだがね」

「生まれてないんですけど!」

「五百年前に出会いたかったものだね」



 男性は勝ち誇ったように言った。

 こうして今日も、吸血鬼は外には出ない。

 なぜって――世間体が気になるから。

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