47話 吸血鬼は少しだけヒキコモリをやめる
ガチャリ。
部屋で作業をしていたら、予告もノックもなく部屋の扉が開いた。
男性はヤスリと木材を手に、メガネのレンズごしに(度は入っていないが気分が出るのでかけている)入って来た人物を見る。
メイド服姿の少女と――
よく見れば、その肩に手の平サイズの、四枚の羽根が生えた女の子が座っている。
眷属と妖精だ。
珍しいな、と男性は思った。
この二人の組み合わせが、ではない。
眷属がノックもせずに入って来たことが、珍しいのだ。
「どうしたのかね?」
声をかける。
二人はのんびりしていて、急ぎの用事があってノックを忘れたという様子でもない。
眷属がなにか小さな声でこしょこしょと妖精に耳打ちする。
妖精がうなずき――
「日用大工をすると言うから、いないと思ったのです」
「なるほど」
たしかに、男性は日用大工専用の部屋を持っている。
普段ならばそこでやるのだが――
「ちょっと作業に精密さを要求されるものでね。休み休みやるために、この作業は部屋で少しずつやっているのだよ」
男性が言うと――
眷属が妖精に耳打ちする。
妖精はうなずき――
「さすがです!」
「……そのめんどうな伝言システムはやめないのかね? 以前よりは妖精に配慮されているようだが……」
「全部妖精さんが考えて、妖精さんがしゃべっているのです」
「……まあ、お互いになんらかの得があるというなら、いいのだが……ところで、私の部屋にはなにをしに来たのだね?」
「なにをしに来たのです?」
妖精が眷属に聞く。
眷属が耳打ちし――
「掃除なのです!」
「……やっぱりそのシステム、めんどうではないかね?」
「妖精さんがしゃべっているです」
「……そうか。まあ、つとめて気にしないようにしよう。しかし――掃除か」
「ヒキコモリが部屋にいないタイミングを狙うのも大変なのです」
「それは眷属が言っているのかね?」
「全部妖精さんの言葉なのです!」
妖精が力強く断言する。
横で眷属が小刻みに素早い動作で何度も何度もうなずいていた。
同意が過剰過ぎて『絶対お前が言っただろ』という感じだったが……
「……まあ、わかった。たしかにそうだね。私はほとんど部屋にいるので、掃除のタイミングも大変だろう」
「そうなのです。削った木材の粉とか、着替えたあとのガウンとか、眠り続けてグチャグチャになったシーツとか、一つ一つだとそこまで気にならないけれど、全部いっぺんだと『早く部屋から出て行かないかな』という気持ちが止めどないのです」
「それは眷属が言っているのだよね?」
「全部妖精さんが考えて言っているのです」
「妖精、貴様、家事なんかしていないだろう!? いいから正直に吐け!」
「違うのです! こんなに長くて頭よさそうな言葉だって言えるのです! そう、腹筋を鍛えれば!」
「腹筋と知力には関係がない! あと、貴様は実際そこまで鍛えられていない!」
「そんなことないのです! スクワットだって十回できるようになったのですよ! ほら、いーち、にーい!」
「羽根が動いている! 浮力に頼るな!」
とんだ反則だった。
最近、妖精のスクワット回数が急速に伸びてきていると思ったが、どうやら単なるズルだったらしい。
「羽根だって体の一部なのですよ!?」
「……まあ、貴様がいいならば、いいのだが……とにかく――眷属よ、正直に言いたまえよ。別に怒らないから。私にも悪いところがあるならば、素直に受け止めるつもりはあるのだ」
「……正直に言うです。ちょっとズルいかなとは思っていたのです……」
「貴様ではないのだ」
「妖精さんは反省するのです」
「貴様ではないと言っているだろう」
「本気なのです。羽根を切り落としてでも――」
「貴様ではない!」
「でも、ズルイのはいけないことなのです」
「そのセリフをそっくりそのまま眷属に言ってあげなさい」
「でも、ズルイのはいけないことなのです」
妖精は眷属の方を見て言った。
眷属は一瞬、とてもめんどうくさそうな顔をしてから――
「……あるじ」
自分の口で、声を出した。
男性はうなずき、
「なんだね?」
「……いちにちに、いちどは、へやから、でて、ください」
「わかった」
男性は静かにうなずいた。
こうして吸血鬼はちょっとだけ引きこもらなくなった。




