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46話 ドラゴンが闇に堕ちかけたその時――

「愛が足りぬ」



 起き抜けに低音ボイスでそんなことを言われても困るばかりだ。

 夜である。


 男性が珍しく夜に起きた――

 わけではなく、慣れない最新技術に疲れたのでお昼寝して、目覚めたら夜だったのだ。


 ベッドから上体を起こす。

 どうやら声の主は、なんというか、ドラゴンらしかった。



「やはり我の動画は伸びぬ。これは愛が足りぬ以外に理由が考えられん」

「いや、カワイくないからだろう」



 男性は頭がうまく働かないまま断じた。

 あの毛のないテカテカした、丸い体つき!

 無機質な爬虫類特有の目に、奇妙に長い首!

 オマケみたいに背中に接着された、コウモリのものにも見える翼!

 とどめとばかりにぶっとい尻尾!


 世間はコレを子犬と言う。

 だが、冷静に、他の子犬と並べて見て見てほしい――絶対犬じゃない。

 よしんば犬に見えたとしても、絶対にカワイくはない。

 だというのに――



「は? 我がカワイくないとかありえんし。絶対ないし。なに言ってんのお前?」

「だいぶ壊れているね、君……その、動画の伸びるとか伸びないとかは、そう気にすることもないと思うよ。そんなことで君自身の評価が変わるわけでもなし……」

「つまり我はカワイさは損なわれぬということだな?」

「いや……」

「損なわれぬのだな?」

「…………」

「損なわれぬのだな?」

「……まあ、そうかな」



 ドラゴンが先日から動画の再生数にショックを受けすぎている。

 彼の迷走はいつのまにか暴走に変わろうとしているような感じだ。



「おのれ犬猫め……! あんな毛むくじゃらのどこがいいのだ……! 肉球、なんとするものぞ! 潰れた鼻め……あの、濡れたような、鼻! 我は認めぬ……認めぬぞ……!」

「君、色々見失っているようだが、大丈夫かね? 動画の再生数チェックはしばらくやめた方がいいのではないか?」

「違う。今に見ていろ。世界が真実に気付き、我の動画を見始める」

「世界が真実に気付いたら、君は珍獣としてデビューすると思うのだが」

「今、世界は犬猫に騙されているのだ」

「……」

「思えばドラゴンが絶滅したのも犬猫のせいなのだろう」

「いや……」

「連中め、うまくヒトにおもねりおって……! プライドがないのか! 愛玩動物としてのプライドが!」

「君にはあるのかい、愛玩動物としてのプライド?」

「もちろんあるとも!」

「あるのか……」



 それはそれで問題だった。

 なにかこう、ドラゴンが先に進みすぎて、男性は最近元のドラゴンがどんな存在だったか思い出せなくなりつつある。



「なんだ、なんなのだ……! 犬猫にあって、我にないものとは……!」



 列挙はできないが数限りない気がした。

 でも男性は黙る。ことなかれ主義ゆえにヒキコモリ生存法を確立しているのだ。

 だから話題を変えることにした。



「……あ、そういえば、先日、妖精の動画も投稿したのではなかったのかね?」

「……ふむ。そういえば、そうだったか。まあ、妖精がやってみたいとねだるので仕方なくな」

「おや、君が妖精の要求を呑んだのかい?」

「もちろんだとも。我はみなに愛されるドラゴンを目指しているゆえな。愛さえ手に入れば動画の再生数は一気に伸び、世界が我のカワイさに支配されるのだ。我は愛のためならなんでもする。妖精の要求とて喜んで聞き入れよう」

「君、休んだ方がいいのではないか?」

「なにを休めと? 我は元気。元気いっぱい。再生数もいっぱい」

「休め」

「我はドラゴン……ああ、いや、ドラゴン……? ドラゴンとはなんだったかな……ああ、そうだ、ドラゴンとは愛と夢の伝道師だったか……」

「妖精になりかけているぞ、知能が」

「ならばスクワットを――ぬうッ!?」

「どうしたね」

「我の肉体構造的にスクワットができぬ!」

「……」



 妖精と話し続けると本当に知能が下がるかもしれない。

 男性は静かに戦慄した。



「まあ、ほら、なんだ。妖精の動画でも見て、落ち着きたまえ。きっと君の動画より再生数は少ないはずだよ」

「そうであるな。うむ。なるほど、貴様の言うこと、もっともである。自分より下の存在を見ると安堵するものな」

「いや……私は『妖精は再生数なんか気にしないだろう? だから君も、そういう賢いバカになりたまえ』と話を終わらせるつもりだったのだが」

「は? なんだその日和った意見は? 賢いバカになれ? そのようなレトリックで我を騙せると思ったか! いいか、世間に評価されぬダメージを癒すにはな、自分よりも世間に評価されていない誰かを見る以外に方法がないのだ!」

「くっ……!? 闇のパワーを君から感じる……! だがその闇は違う! 思い出すのだ、我らが身を寄せていた静かで優しき闇を!」

「バカめ! 闇とは相手も己も等しく傷つけるものよ! 炎上している誰かを第三者視点で見ては心安らぎ、自分よりヒットしている動画を『なんだコレつまんねーな俺でもできるわ』と見下すことで自信をつけるのだ! 踊るアホウと見るアホウを第三者視点から見て己を賢いと錯覚することこそ、闇の本質である!」

「違う! 闇とはもっと孤独なものだ! 誰も見下さず、誰も傷つけず、誰ともかかわらない、独りであるがゆえに平等なものこそ、闇の本当の姿だ!」

「ハッハッハァ! 平等!? ないわそんなもの! 宿敵よ、貴様がそのような甘っちょろい幻想を抱いていたとはなあ! まさか貴様を『青臭い』と評さねばならんとは、五百年前は思いもよらなかったぞ!」

「戻ってこい……! 昔の君は、もっと気高かった……! 孤高なる竜王よ、どうか思い出すのだ、かつての君の姿を!」

「気高きゆえに、我は愛されなかった」

「……」

「だから犬猫に絶滅させられたのだ!」

「いや、たぶんドラゴン絶滅の原因は犬猫にはない!」

「ええい黙れ! 最近妙に蒸し暑いのも、ドラゴンが絶滅危惧種になったのも、我の動画がいまいち伸びんのも、聖女の髪が桃色なのも、昼の空が青いのも、ニンゲンどもが平和を謳歌しているのも、すべて犬猫のせいだ!」

「絶対に違う! 最後のは合っているかもしれないが、それ以外は犬猫、悪くない!」

「黙れェッ! 我は妖精の動画を見るぞ! そして再生数が我以下なのを確認し暗い安堵を覚えるのだ! 自分以下を見下し、我は自信を取り戻す!」

「やめろ!」

「我は止まらぬ! 動画を再生してやるぞ――この『タッチペン』でなァ!」

「やめろォォォォ!」



 男性は止めようとするが、間に合わない(ベッドから出ないので)。

 そのあいだにもドラゴンは慣れた手つきで両前足に挟んだ『タッチペン』を用い、ケイタイ伝話(でんわ)を操作し――



『妖精さんと、いっしょにトレーニングをするのです。まずは大胸筋から――』



 妖精の動画が再生された。

 ドラゴンはすぐにでも高笑いするだろう。自分より再生されていない動画を見て、暗い安堵を覚えるのだ。


 ――そうして闇に堕ちていく。

 その闇は、間違った闇だった。底のない闇だった。


 だから男性は歯噛みする。

 ――けれど。



「……は、は、は」

「……ドラゴンよ、どうした?」

「これが、これが笑わずにいられるか。妖精の動画は――我の動画より再生されていた」

「……」

「『かわいい』とか『大道具をしっかり作り込んでいて本当に妖精サイズの子がやってるみたい』とか、賞賛コメントでいっぱいではないか」

「……そう、か」

「……なあ、宿敵よ。教えてくれぬか?」

「なんだね?」

「我は――カワイくないのか?」



 爬虫類の瞳が、男性を見ていた。

 男性は考える。本音で語るか、嘘でも励ますか。

 そして、短いが、真剣な逡巡の末――



「――言うほどカワイくない」

「そうか」



 ドラゴンが笑う。

 爬虫類の表情なのでぶっちゃけよくわからないが、笑ったような感じだった。



「どうやら、我は一から修行をし直さねばならんようだな」



 ピッコピコと――カーペットの上ではありえない足音を立てつつ、ドラゴンが歩いて行く。

 それは久々に聞く足音だった。

 動画投稿をし始めてから――『愛され系ドラゴン』を目指してから、彼が立てることはなかった足音だ。



「打ちのめされたよ。だが、これで我は学習した。学習すれば、成長できる」

「……そうか」

「見ておれ。我はカワイくなるぞ。世界で一番、カワイくなるのだ。そのために、一から学び直すぞ」

「…………そ、そうか」

「ではな、宿敵よ。――明日までには戻る」

「どこに行くのかね?」

「決まっているだろう。――三番街のブサイク猫に、頭を下げてカワイさを伝授してもらいに行くのだ」

「……そうか」



 去りゆくドラゴンの背中には、どこか安堵したような空気があった。

 男性はペット用出入り口から出て行くドラゴンを、黙って見送った。


 かける言葉はない。

 なにも。

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