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44話 ドラゴン、新たなる旅立ち

「見ろ、この動画を」



 男性がベッドでちょうど上体を起こしたタイミングで、そんなことを言う輩がいた。

 この低くて渋い声は姿を見るまでもなく――子犬だ。


 起き抜けに子犬がはばたきながら男性の前でホバリングし、ケイタイ伝話を両前足で挟んで見せつけてくる。

 おまけにそのケイタイを操作しているのが四枚羽根の生えた手のひらサイズの女の子――妖精であるのだから、常人ならば『なんだ夢か』と二度寝しそうな光景だった。


 しかし男性は常人ではない。

 吸血鬼である。

 最近は朝早く目覚めるし、血もちっとも飲まないし、酒もタバコもやめたし、趣味は日用大工だし、コウモリだった眷属はいつの間にかヒトのような姿になっているし、外に出てなくて社会情勢がちっともわからないけれど、吸血鬼なのだった。


 だから子犬がドラゴンの変わり果てた姿であることもわかるし、妖精が本当に妖精で、ある意味成れの果てと呼べる存在であることもわかるのだ。

 しかしいきなり動画を見せられる状況はよくわからなかった。

 とりあえず男性は黙ったままボーッと映し出される動画をながめる。


 動画の中では仔猫が飼い主にじゃれついていた。

 見ているだけで口角が上がりそうになるほのぼのアニマルビデオである。



「……それで、これがなんなのかね?」



 男性はドラゴンを見た。

 ドラゴンは重苦しくうなずき――



「この動画は警句に満ちている」

「……飼い主と仲むつまじく遊ぶ仔猫の様子が映っているようにしか見えなかったのだが」

「そうだな。貴様にとってはそうかもしれん。だが、我にとっては違う」

「つまり、なんなのだね?」

「我は目的を見失っていた」



 ドラゴンは男性のふとももあたりに着地する。

 そして四肢と顎をべったりとシーツにくっつけて、伏せた――たしか『反省の型』だったか。



「君、私の体の上に乗るのはやめたまえ。同性のお年寄りに過度のスキンシップをされるのはあまり好きではないのだ」

「我がカワイイ生物たらんとしていた理由を、我は見失っていたのだ」

「話を聞け」

「我は生き残るためにカワイイ生物たろうとしていた。もとより我の行動の目的はすべて『生存』に向けられている。黄金を集めるのをやめ、酒を断ち、長き午睡にまどろんだのも、すべては生存するためであった」

「その話は私のふとももの上でしかできないのかね?」

「しかし、最近の我はその目的を見失っていたのだ……! カワイイ生き物たちを配下とし、カワイイカワイイと人里で褒められ、我自身も自分をカワイイと思い、カワイさに磨きをかけるために邁進していた」

「…………まあ、そうだね」



 ドラゴンが自分の世界に入っているので、男性はあきらめた。

 とりあえずさっさと話を終わりまで語らせた方がよさそうだ。

 さもなくば、ドラゴンは人の話を聞かない。

 ドラゴンは両前足で挟んだケイタイ伝話をシーツの上に落として、語る。



「我はただ、生きていきたかったのだ」

「……ふむ」

「カワイくなるのはその手段にしか過ぎなかったはずなのに……! 我はいつのまにか、カワイさを磨き、カワイくなることを目的にしていた……! 我が本当に欲しかったのは、世界一のカワイさではなく、生きていける環境だったというのに!」

「なんらかのショックを受けているのはわかるのだが、君がなにを言いたいかが未だ見えてこないな。つまり、なんだね?」

「生きるにはカワイくなくていい。愛されさえすれば、我ら愛玩動物は生きていける」

「……そうか」



 ここで『そもそもドラゴンは愛玩動物なのか?』と問いかけるのは野暮だろう。

 話がいたずらに長引くだけだ。



「見たか先ほどの動画を! あのブサイクな猫だって、愛されているから生きていられるのだ」

「君の美醜に対する価値観は、私にはよくわからないが……」

「つまり――大事なのは『カワイイこと』ではない。『かわいがられること』と我は見つけたのだ」

「本題に入るにはまだ時間がかかりそうかね?」

「我は反省の意を示すぞ」

「……君が反省するのか」

「ああ、おおいに反省するとも! どうにも城の連中からの評判が悪いのでな。これからは『カワイイドラゴン』ではなく『愛され系ドラゴン』を目指す。貴様らにも我のことを好きになってもらえたらいいなと我は思うのだ」



 渋い声が話している内容とえらく乖離していた。

 威厳ある声で『愛されたい』とか言われると聞いている方が複雑な気分になってくる。



「……まあ、君に周囲へのリスペクトとか謙虚さが足りなかったのは本当だし、軋轢を起こさずに過ごせるようになるならば、私としては願ったり叶ったりだがね」

「うむ。これからは誰からも愛されるモテカワ系ドラゴンを目指していくぞ。そして後世に語り継がれるのだ。『ドラゴン。それは、世界でもっとも愛された生き物』と」

「まあがんばりたまえ」

「そこでだ。早速だが、愛され行動をとろうと思う。これまでは『カワイイ動作』を磨いてきたが、今後はもっと深い、『愛され系行動』を研究していこうというわけだな」

「いい心がけだ。しかし、この動画一つで改心するほど、君のタチはよくなかったと思うのだけれどね」

「我が投稿した動画がさっぱり伸びんのだ。今見せた動画の百万分の一も見られていない」

「…………ああ、なるほど」

「『丸い』『赤い』『なんの変哲もないただの犬』というコメントがつき、コメントはそれですべてだった。我よりあきらかにブサイクな犬猫は死ぬほど再生され読み切れぬほどコメントがついているというのにだ」

「そうか……」



 やはりコレはただの犬に見えるようだった。

 人類総節穴である。



「そこで我は思い知ったのだ。カワイイだけではいけない。大事なのは愛されることだ、と」

「まず、自分がそうカワイくない生き物だという可能性は考慮しないのかね?」

「は? 我はドラゴンなるぞ?」

「なんの答えにもなっていないからね?」

「いまさら説明が必要なのか……『ドラゴン』とは古い言葉で『カワイイ』という意味だとは、いちいち貴様には説明する手間はいらぬと思っていたが……存外無知なのだな」

「いや、設定だろう? 君が勝手に言っているだけだろう?」

「誰がそれを保証できる? なぜ設定だと思った? 根拠は?」

「……いや……」

「では説明してやるが、貴様の知らぬはるか太古、世界の始まりの時、神は大地を創り、天を創り、海を創り、生物を創った。一番最初に創られた生物がドラゴンである。そして創られたての生物は赤ん坊なので、カワイイ。よって『ドラゴン』は『カワイイ』という意味の言葉なのである」

「いや……」

「嘘じゃない。ドラゴンを信じよ」



 絶対嘘だと男性は思った。

 でも言えなかった。


 ドラゴンが視線を逸らさず、まばたきもせず、ジッと男性を見ているのだ。

 狂気を感じる。

 動画の再生数が伸びなかったことがよほどショックだったらしい。



「……まあ、他者の信仰にケチはつけんさ」

「そういうわけで、我を愛せ。我は向けられた愛には必ず応えるであろう」

「唐突に言われても困るのだが」

「では、貴様が我を愛せるよう、我は研究を続けよう。妖精にも、眷属にも、みなに愛され、みなの愛を独り占めする愛されカワイイドラゴンを目指す」



 ドラゴンがくるりと扉を目指す。

 そしてじゅうたんの上を無音で(当たり前だ。普通ピコピコ足音は鳴らない)歩いていった。

 ペット用出入り口を開け、長い首をかたむけて振り返り――



「では、我は愛を知りに行く」

「そ、そうか……気をつけたまえよ」

「我を気遣う。それも愛よ」



 ドラゴンが去って行く。

 どうやらまた新たなる迷走が始まりそうだった。

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