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43話 妖精は今日も知能の限界に挑む

「直談判なのです!」



 その日、男性が目覚めるといきなりそんなことを言われた。

 状況がよくわからなくってキョロキョロしてしまう。


 ベッドの上だ。

 男性は上体を起こしている。

 カーテンは閉まっていて、部屋は暗い。


 だが、男性の視界はハッキリしていた。

 なにせ吸血鬼である――その目は月なくして闇夜を見通すことも可能なのだ。


 部屋を見回してわかったことは二つだった。

 飼い犬(ドラゴン)がいないこと。

 そして、眷属と、その肩の上の妖精が、ベッドのすぐ横に立っていることだった。


 ちなみに『直談判』と言ったのは妖精の方だ。

 眷属は基本的にしゃべらないのだ――めんどうらしくて。



「……なにかね、直談判とは?」

「なんなのです?」



 妖精が眷属に向けてたずねた。

 眷属が横を向き、小さな声でなにかを言った。

 妖精が、ベッドの上の男性を見て、



「我々は労働環境の改善を求めているのです!」

「眷属よ、言いたいことがあるなら妖精を通さずに直接話しなさい。めんどうくさい予感がするのだが」

「違うのです! 眷属さんはなにも言ってないのです。これからする頭よさそうな発言は全部妖精さんが一人で考えて一人で言っているのです! 眷属の立場で主に意見などとてもとてもできないからそういう設定なのです!」

「設定……いや、だったら私の目の前で耳打ちするのはやめたまえよ」

「妖精さんの知能では事前に言われても覚えきれないので苦肉の策なのです! くにくのさく? それはなんなのです?」

「つまりけっきょく、眷属の意見というわけではないか」

「違うのです! 黙って妖精さんの話を聞くのです! 吸血鬼さん、マッスル!」

「『シャラップ』みたいに言わないでくれないか?」

「とにかく黙って妖精さんの直談判を聞くのです! 大事な話なのです!」

「……まあ、わかったよ」



 どうやら今日はそういう遊びをしているらしい。

 男性は素直にめんどうそうな会話に付き合うことにした。


 眷属はやっぱり小さな声で妖精になにか言う。

 妖精はうなずいてから男性の方を見て――



「ここ最近の近年まれに見る労働環境の劣悪化には閉口するばかりである。第一に自分の職務は主に『掃除』『料理』『介護』の三点であるからして――」

「待ちたまえ」

「なにかあるなら妖精さんが言われたことを覚えていられるうちにお願いするのです」

「それは本当に眷属が耳打ちしているのか? 今?」

「妖精さんが一人で全部考えているのです! 頭がいい!」

「設定はいいから」

「え? 妖精さんが考えてしゃべっているですよ?」

「……」



 耳打ちされた事実を忘却しているようだった。

 自己暗示が強すぎる。



「……まあ、いい、続けなさい。まずは最後まで聞こう」

「では。――『掃除』『料理』『介護』の三点であるからして主の世話であればそれは職務上なんら問題のない手間と言えよう。しかしその中に主のペットの世話というものが含まれるかどうかについては苦言を呈さざるを得ない。そも『ペット』というものは――ああああああ! 来る! 来る!」

「いきなりどうしたのだね!?」

「頭の底から妖精さんのおバカな部分がやってくるのです! スクワット! スクワットを!」



 妖精が眷属の肩でスクワットした。

 眷属も同時にスクワットした。

 そして。



「おバカがさよならしていったのです! ――そも『ペット』というものは」

「待ちたまえ」

「知能がもつうちにお願いするのです」

「黙って聞こうかと思ったが無理だった。気になって仕方ない。妖精が筋トレで頭がよくなると思いこんでいる点については今さらなにも言いたくないが、眷属はなぜスクワットをするのだね? 意味がないだろう」

「わかるー」

「いや、わからないという話をしているのだが」

「わからないー」

「貴様には聞いていない! いいから、答えてくれ! 気になって話に集中できない!」



 眷属がイヤそうな顔をした。

 しばしの間があって――


 眷属が妖精に耳打ちする。

 妖精はうなずいた。



「その疑問に答えるためには多くの前置きが必要だろう。まず筋肉というものについての考察である。我らヒトならざる者どもにとり、筋肉の大きさというのはさしたる意味を持たない。だから生まれから筋肉が大きくなる………………………………マッスル!」

「まあ、とりあえずスクワットをしたまえ」

「お言葉に甘えてスクワットをするのです。はい、いーち」



 妖精が眷属の肩でスクワットした。

 眷属も同時にスクワットした。



「………………ハァ……ハァ……ハァ……」

「疲労困憊ではないか! たった二回のスクワットで!」

「ふ、ふ、ふ……今日の妖精さんはひと味違うのです……さっきまでしていた打ち合わせでもすでに何度か腕立て腹筋背筋スクワットを行っているのです……今、妖精さんは限界の向こう側にいるのです…………あれ? げんかいのむこう? 妖精さんはなんでこんなに疲れて……」

「……そうか。もう、なにか、もう……」



 涙が出そうだった。

 誰か『筋トレをしても頭がよくなりはしない』と教えてあげろ、と男性は思った。


 男性は教えたくなかった。

 だって残酷すぎるから。



「……なあ眷属、直接話してはくれまいか? 私はその生き物を見ると涙で前が見えなくなりそうなのだ」

「…………きんとれ、せが、のびる。だから、いっしょにやる、です」

「そんなに簡潔に述べることができるなら、最初からそうしなさい!」



 世の中、難しくもないことを難しく言いたがる者が多すぎると男性は思った。

 簡単に言えることは、簡単に言えばいい。

 妖精(バカ)がそのことをみんなに伝えてくれたのだ。



「……妖精さんは、まだいけるです……妖精さん、頭がいい、しゃべり方、マッスルしてる……のうみそ、ばんぷあっぷ……」



 もはやなにを言っているかわからない。

 男性は目頭をおさえながら――



「つまり、なにが言いたかったのだね? 簡潔に」



 眷属が耳打ちする。

 妖精が弱々しくうなずき――



「どらごん、さいきん、うざい」

「そうか。よくわかった。妖精は頭がいいな」

「あたまがいい……妖精さん……褒められたです……」



 えへへ、と笑った。

 妖精以外みんな泣いた。

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